第18話 果たすべき約束


「よし、いくぞっ!」


 グレッグは意を決するように声を上げ、ユニコーンに向けて疾駆する。


 そして間合いまで迫ると、手にしていた剣を横にいだ。


 ――フシュルッ!


 その攻撃は十分な威力と速度を兼ね備えたものだったが、ユニコーンを捉えることはできなかった。


 ユニコーンはグレッグの攻撃に合わせ、両の前足を高々と上げることで回避する。……だけでなく、その上げた前足をグレッグに向けて振り下ろしてきた。


 受ければひとたまりもないと、容易に想像がつく攻撃。

 故に普通は後退して距離を取るのが定石だろう。


 しかし、グレッグはそのユニコーンの反撃を好機と捉えた。


 横に薙いだ剣を止め、返しで逆袈裟ぎゃくけさに一閃。


 剣の切っ先がユニコーンの胴を掠める。


(少し浅いか……!)


 グレッグの一撃は致命傷とはならなかったが、それでも強靭な体を持つユニコーンに傷をつけることに成功した。


 ――フシャア!


 ユニコーンも自身の体に傷を付けたグレッグを脅威と見たのだろう。

 残っていた後ろ足で跳躍すると、グレッグから距離のある所に着地した。


「ご主人、やったです!?」

「いや、決定打にはなっていないと思う。もう少しだったが」

「むー。あの魔物、がんじょーなくせにすばしっこいです」

「そうだな。グリフォンの時みたいに隙を作り出せれば良いんだが」


 駆け寄ってきたノノと言葉を交わし、グレッグは離れた位置でいなないているユニコーンを注視した。


 見ると、先程グレッグが与えた傷が修復されているようだ。


「再生能力か……。そういう魔物も見たことはあるが、厄介だな」

「一撃で仕留めるしかねーってことです?」

「そうなるな」


 今グレッグが戦っているのはマラーナ溶岩窟の地下10層。

 高温の溶岩に囲まれた場所である。


 故にグレッグたちの体力の消耗も激しかったが、一方で炎暑えんしょを好むユニコーンはこの状況は苦にしていないようだ。


 今は傷の治癒のためか攻撃を仕掛けてこないが、先程の俊敏な動きを見るに、接近すればまた距離を取られてしまうだろう。


(こうなると長期戦は不利、か……。しかしあの素早さと耐久性。並の攻撃では仕留められそうにないな)


 せめてユニコーンがその場に留まってくれていたらと考えるが、それは厳しいかとグレッグは考える。


 先程ノノが咆哮波を放った時も、ほとんど動きが止まらなかったのだ。

 これではグリフォンの時と同じような先方は通用しないだろう。


 ふと――。


 その時ある考えが浮かび、グレッグは自身が装備している腰のポーチへと目をやった。


(確か、今用意している道具はメルノア大森林の上薬草と、バクレツダケ、それから――)


 そしてグレッグはこの状況を打破する一手を思いつく。


「ご主人、その袋って確か……」


 グレッグが道具入れのポーチから取り出したものを見て、ノノが呟く。


 それは、手のひらに収まるくらいの小袋だった。


「ああ。《黒蛾こくがの痺れ粉》――。魔物の動きを止める道具だな」

「でも、それって弱っちい魔物に使う道具じゃなかったです? そんなのがあの魔物に効くです?」


 グレッグが手にしていたのはブラックモスという毒蛾どくがから採れる鱗粉りんぷんであり、魔物を麻痺させるためのアイテムだ。


 しかし、本来この《黒蛾の痺れ粉》というアイテムは低級の魔物を封じるために使用するアイテムである。

 一応、魔物全般に効果はあるのだが、粉状であるが故に素早さのある魔物にはそもそも命中させることが難しい。


 だから今までグレッグにはそれを使用する選択肢がなかったのだが、今はそれを使うと決めていた。


「大丈夫。良い案がある」

「む、なんですなんです?」


 グレッグはノノに耳打ちし、その作戦を伝える。;


 するとノノは両手の拳をぐっと握り「分かりましたです!」と大声で応じた。


「あの魔物をやっつけたら、戻っておいしーご飯にありつくです!」

「ハハハ、そうだな。リリアム王女を救うための素材を手に入れないといけないし、次の一撃で決着をつけるとしよう」


(そして、アイツとの約束を果たすためにもな……)


 そうして、グレッグとノノはユニコーンに正対する。


 ユニコーンもまた鋭い眼光でグレッグたちを睨めつけており、両者の間に緊張が満ちていった。


(さあ、行くぞ――)


 グレッグは一つ大きく息を吸い込むと、小袋に入った《黒蛾の痺れ粉》をその場に振りく。

 当然そのままではユニコーンに効果がない。


 しかし、グレッグが《黒蛾の痺れ粉》を撒いてすぐ、ノノがそこに咆哮波をぶつけた。


「わぁーーーーーーーっ!!!」


 すると《黒蛾の痺れ粉》がその衝撃波に乗って、ユニコーンの元へと迫る。


 ――ク、ガァ……!


 本来であれば命中させることが難しい、故に強敵との戦闘では使用できないアイテム。

 しかし、命中さえさせれば、、、、、、、、効果はあるのだ。


 咆哮波の命中を受けたユニコーンはガクリと片足を折り、体勢を崩した。


「今だっ!」


 その好機に乗じ、グレッグは即座にユニコーンとの距離を詰める。


 そのまま己の全体重を乗せ、ユニコーンに対して刺突攻撃を試みた。


 そして――。


 ――グギャァアアアアアアッ!


 グレッグの黒い広刃剣ブロードソードがユニコーンの体に深々と突き刺さる。


 それは文字通り致命の一撃となり、ユニコーンは地面に倒れ込むこととなった。


「やったやったぁ! ご主人が決めたです!」


 ノノの歓喜の声が響き渡り、グレッグは剣を鞘に収める。


 数年前に親友と夢見た、幻の魔物の討伐。


 それを果たしたグレッグは息をつき、そして目を閉じる。


(やっと、これで約束が一つ果たせたかな)


 グレッグの胸中に浮かんでいたのは、そんな感慨かんがいだった。




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