第14話 幻獣の居場所と、そこに至る方法


「ほえー。そんな不思議なことがあるですねぇ」


 夜――。


 王都から戻ったグレッグが成り行きを報告すると、ノノが獣耳をピクピクと動かしながら興味深げに話を聞いていた。


 今は遅めの夕食を取りながら、食卓を囲んでいるところだ。


 ちなみに食卓の上には、グレッグが出発前にノノと約束した「お土産」が並んでいる。


 普段この地域ではあまり見ない獣肉や果物、香草に魚介類などなど。


 それらに手を付けながら、ノノは大層ご満悦の様子だ。


「俺もびっくりしたよ。まさか本の中に人が閉じ込められているなんてな」

「しかもそれがおーじょ様とは。おっかねー話です」

「まあ、リリアム王女はあまり慌ててない様子だったけど」


 グレッグがそこまで言って、食卓の端から陽気な声が上がった。


「ハッハッハ! あの王女様はなかなか天然なところがあるからねぇ。ま、塞ぎ込まれているよりはよっぽど良いじゃないか」


 フラムである。


 フラムはグレッグを王都から送り届けた後、夕食に同席していた。


 といっても、今はひと仕事終えたとばかりに酒を呷っている最中なのだが。


「でも、おーじょ様かわいそうです。本の中にいたらおいしー料理とかくえねーです。とゆーかお腹すかないです?」

「確かに、あの本の中ってどんな風になっているんだろうか。健康状態には異常なさそうだったけど」

「その辺は考えても無駄というものだよ、グレッグ君。あの黒い本――ロスト・アーティファクトというのは未だにその原理が解明されていないものばかりなんだ。そもそも物理法則を捻じ曲げてるわけだしね」

「それは、そうかもしれませんね」

「リリアム王女は生体であの中にいる。そして、グレッグ君が集めている素材を用いて儀式を行うことが、現状判明している唯一の救出手段である。今明らかなのはこのくらいだが、シンプルでいいじゃないか」

「要は、残り2種の素材を集めれば無事一件落着というわけですね」


 フラムは「そういうことさ」と言い、酒器をぐいっと傾ける。


 既に酒瓶を一本開けたところなのだが、フラムは早くも二本目に移ろうとしていた。


「問題は残り2種をどう集めるか、ですね」


 グレッグはそう言って、ラインズ王が書き記した書状を取り出す。


 そこに書かれている素材の中で、まだ未収集のものは二つ。


 しかし、その二種にはある共通点があった。


 グレッグたちが以前討伐した、幻の名を冠するグリフォン。

 それよりも更に希少度が高いとされる魔物の部位だったのだ。


「《一角獣の角》に《一角獣のひづめ》か……。やれやれ、難儀な2つが残ったものだねぇ」


 書状に書かれた残りの素材を読み上げ、フラムが溜息をつく。


 ――幻獣・ユニコーン。


 それが、残された二種の素材の共通点だった。


(ユニコーン、か……。アイツのことを思い出すな……)


 その魔物の名前を眺めながら、グレッグは昔亡くした親友のことを思い出す。


 冒険者として活動しながらも底抜けに明るく、グレッグが道具屋を始めるきっかけをつくった人物である。


「絶対に二人で見つけてやろうぜ」などと約束を交わし、若者らしく酒場で盛り上がったものだったなと、グレッグは少し遠い目になりながら書状に目を落としていた。


 ちなみにその約束は未だ、果たされていない。


「ご主人、この魔物ってのはそんなにめずらしーです?」

「……」

「ご主人?」

「ん……? ああ、すまない」


 ノノの言葉ではっとしたグレッグは、少し頭を振って思考を戻した。


「そうだな。前に討伐したグリフォンと同じ、幻の名前が付く魔物だからな。いや、希少性で言えばグリフォンよりも上かもしれない」

「うへぇ……」

「ま、いっぺんに収集できると考えればある意味好都合かもしれないがね。問題はその希少性か……。ユニコーンというのは私も書物でしかお目にかかったことはないが」


 フラムが一度言葉を切って、グレッグをじっと見つめる。


「ふむ。どうやら君には心当たりがあるようだね、グレッグ君」


 フラムが告げると、グレッグは少し時間を置いてから首肯しゅこうした。


「はい。といっても、何年も前に痕跡を突き止めた程度ですが」

「おおー。それでもすげーです、ご主人。それなら話ははやそーです」


 ノノが可愛らしく歓声を上げたが、一方のグレッグは難しい顔を浮かべたまま語りだす。


「ただ、その場所が問題でな」

「……? なんかとんでもねー秘境とかなんです?」

「ああいや、位置自体は分かっているんだ。それに、俺がよく素材収集に出かけている場所でもある」

「え、それってひょっとして……」

「そう。《マラーナ溶岩窟》さ」


 グレッグのその言葉を聞いたノノもフラムも、驚いたような表情を浮かべた。


 ――マラーナ溶岩窟。


 グレッグがラーヴァドラゴンの素材収集などを目的として、日頃から探索に向かう場所だ。

 以前、グレッグが冒険者ドレンを救出した際に向かった場所でもある。


「昔、俺が冒険者稼業をやっている時にユニコーンの行方を追っていたことがあるんだ。その時は親友と一緒だったけどな」

「ご主人の親友さん……。この道具屋をやるきっかけになったって言ってた人です?」

「ああ」


 ノノの言葉にグレッグは頷き、少し昔を懐かしむように目を細める。


 が、今はそれよりもと、先程の話を続けることにした。


「ただ、その時に見つけたのはユニコーンの痕跡までで、実際にその姿を拝むことまではできなかった」

「もしかして、ご主人がよくあそこに出かけるのって、ユニコーンを捜してたのもあるんです?」

「そうだな。見つけられないままってのは少し悔しかったからな」


 グレッグはノノに対して笑みを向ける。


「……」


 きっと、グレッグが今もユニコーンを追っているのは、昔亡くした親友のことが影響しているのだろう。


 そこまで察したフラムだったが、今は深堀りするのも野暮かと、言葉には出さなかった。

 代わりに酒器を呷り、フラムはグレッグに向けて尋ねる。


「マラーナ溶岩窟というのは確か地下深くに続き、いくつもの階層に分かれている場所だったね。となると、まだ探索の及んでいない場所にユニコーンがいるのかな?」

「そうなると思います。ただ、ある場所まで行くと、噴き出す溶岩に阻まれて進めなくなっているんです。その先に進む手段をずっと考えているんですが、なかなか見つからなくて」

「なるほどな……」


 つまり、ユニコーンの居場所に目星はついているものの、そこに至る手段がないということだ。


 行く手を阻んでいる溶岩をどうにかできればユニコーンを見つけられるかもしれない、と続けたグレッグに対し、フラムはぱちんと指を鳴らした。


「よし、それなら私がひと肌脱ごうじゃないか」

「え? どうにか、できるんですか?」

「フフン。私を誰だと思ってるんだい?」


 大仰な素振りで胸に手を置き、笑みを浮かべるフラム。

 まさに自信満々という様子である。


 それを見たグレッグとノノは「そういえばこの人、大賢者だったな」と感想を抱くのだった。


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