第13話 古代遺物


「これが、リリアム王女……?」


 グレッグが開いた黒い装丁そうていの本。


 その中には、人がいた。


 しかも、それがラインズ王の一人娘にしてこの国の王女――リリアム・ケルバードなのだという。


 先程のラインズ王の言葉では、閉じ込められているとのことだが……。


「え、と。ちょっと待ってください。あまりに突然すぎて」


 予想もしていなかった状況に、グレッグはひどく困惑する。


 一方で、本の中にいた銀髪の少女リリアムはにこやかに微笑みながら手を振っていた。


 何だか本に囚われている状況なのに悲壮感がないなと、グレッグはそんな印象を抱く。


「な? 言った通りだったろう、グレッグ君」

「た、確かに言葉では伝わりにくいとか、フラム様自身もそんなことがあるのかと言っていた覚えがありますが……。しかし、人が本の中に入るなんて。これは、一体どういう……」

「それはわたくしが自分で説明いたしますわ」


 グレッグに対して言葉をかけたのは、本の中に囚われたリリアム本人だ。


 こほん、と可愛らしく咳払いを挟み、かしこまった様子で語り始める。


「実は私、大の本好きでして。ある日王宮の地下にある禁書庫へと忍び込もうと……いえ、お掃除をしようと思って足を踏み入れましたの」

「……」


 なかなかリリアムはお転婆なお姫様らしい。


 傍で聞いていたラインズ王もやれやれと肩をすくめていた。


「そうしましたら、何てことでしょう! 真っ黒な装丁がされた怪しげな本を発見しましたの!」

「は、はぁ……」

「これはもう見るしかない! そう思って、ウキウキしながら本を開きました。すると――」

「本の中に吸い込まれてしまった、と……?」

「そういうことですわ。始めのうちは大好きな本の中に入れるなんて貴重な経験だと喜んでおりましたが、ここから出ることもできず、といった感じでして。そろそろ侍女の淹れてくれた温かい紅茶が飲みたいのですが……」


 リリアムは頬に手を当てながら溜息をつく。


 困っているのは確かなようだが、やっぱりどこか天然なお姫様だなと、グレッグは感じていた。


「フラム様は、この本のことを知っていますか?」

「いや、さすがの私もこんなのは聞いたこともないねぇ。ただ、心当たりはあるかな」

「と言うと?」

「おそらくこの本は、失われた古代文明の遺物。すなわち――ロスト・アーティファクトの一種だと思う」

古代文明の遺物ロスト・アーティファクト……」


 グレッグもその言葉は聞いたことがあった。


 遥か昔、この世界には古代の文明が栄えていたとされ、その中には今の世では想像もつかない効果を発揮するアイテムがあったのだとか。


 確かに人を吸い込んでしまう本など説明のつかない代物だし、この本が古代文明の遺産である可能性は高いだろうなと、グレッグはフラムの話に深く頷いていた。


「でも、リリアム王女が本に閉じ込められたのによく発見できましたね。先程のお話からすると禁書庫の中での出来事だったようですが」

「うふふ。それは私がちょくちょく禁書庫に行っていたのを、侍女が知っていたからでしょうね。私がいないことに気づいて禁書庫を捜し、この本が落ちているのを見つけてくれたというわけですわ。開いた時は腰を抜かしていましたけれど」

「な、なるほど……」


 その開けた侍女は無事だったのかと気になったが、そこはフラムが教えてくれた。


「前に徹夜で本を解読してね。どうやらその本が一度に捕らえるのは一人までらしいんだよ」

「だから俺たちが開いても問題ないんですね。って、もしかしてフラム様、前に10徹したって言っていたのは……」

「うん。この本を解読してたからさ」

「そういう……」

「この本の解読が終わって、ラインズ王に知らせて、それでちょうど良くグレッグ君がグリフォンを討伐したとの報せを聞いて。後は今に至る、かな」


 色々と繋がったような気がするなと、グレッグは思考を整理しつつこめかみに手を当てる。


 と、そこまで聞いたところで、グレッグの頭にはまた別の疑問が浮かんできた。


「あれ? そうなるとまさか、俺に回ってきた素材収集の依頼というのは……」

「そういうことだ、グレッグ殿。貴殿に任せている素材収集。あれは、リリアムをこの本の中から救い出すために必要なものなのだ」

「なんと……」


 ラインズ王の説明にフラムが補足し、正確にはこの本に囚われた者を元に戻すための儀式で必要になる代物だということが判明する。


「つまり、俺が残り2種の素材を集めることさえできれば、リリアム王女を元に戻せるということですか」

「うむ。だからこそ、グレッグ殿にお願いしたいのだ。城の兵や冒険者たちにも当たってはいるが、極めて希少性が高いばかりなことから、中々適任者が見つからず、といった感じでな」


 ラインズ王の言葉を受け、グレッグは固唾を呑みこむ。

 どうやら想像以上に大きな案件だったようだ。


「まあ! ではグレッグ様が私を助け出してくださるのですね!」

「そういう、ことになるでしょうか」

「私の不注意で招いた結果、大変に申し訳ありませんが、ぜひよろしくお願いいたします」

「分かりました。何としても残りの素材、集めてきます」


 リリアムがぺこりとお辞儀をしたのに応じ、はっきりと宣言するグレッグ。


 そうして、これは責任重大だなと、グレッグは決意を新たにするのだった。


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