第12話 国王の謁見と、一冊の黒い本


「ふぅ。着いたよグレッグ君。ここがラインズ王の住まう王宮だ」


 ほうきまたがることしばらくして。


 グレッグたちは王都バイデルにある王宮へと到着していた。


 まだ陽も落ちきる前の時間帯で、グレッグにとってみれば空の旅はあっという間の感覚だった。


 王宮の中庭に箒を降ろすと、フラムが一つ大きく息をつく。


「はぁ……。しかしやっぱりこの魔導具を使うのは疲れるねぇ。空をかっ飛ばすのは気持ちいいものだが、やっぱりもう少し改良が必要かな」

「本当に凄い速度でしたね。まさか本当に俺の道具屋から王都バイデルまで1時間で着いてしまうなんて」

「フフン、そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれたまえ」

「でも、良かったんですか? 王宮の中庭にいきなり着地して」

「それは大丈夫さ。ちゃんとラインズ王から許可はもらっているからね。現に巡回している兵士たちも何も言ってこないだろう? 顔パスってやつさ」


 そう言ってフラムはスタスタと歩いて先を行ってしまう。


 確かに兵たちもフラムに敬礼するばかりで、お咎めみたいなものはないようだった。


(こうして見ると権威ある大賢者らしいんだけどな……)


 グレッグは先を行くフラムの背中を見ながらそんなことを考える。


「おーい、グレッグ君。早く行くよー」

「あ、はい」


 くるりと振り返ったフラムに促され、グレッグは綺羅きらびやかな雰囲気に包まれた王宮へと向かうことにした。


   ***


「さて、それじゃグレッグ君。中に入るとしよう」

「は、はい」


 フラムの言葉に、グレッグは自然と背筋が伸びる。


 これから一国の王と面会するというのだ。

 さすがのグレッグもやや緊張した面持ちで、身なりにおかしなところがないか確認する。


 ちなみに今のグレッグは普通の村人が着るようなチュニック風の衣服を身に纏っており、もう少し余所行きの服を引っ張り出すべきだったかもしれないと後悔しているところだった。


(田舎暮らしをしているとこういう機会はないからなぁ。それに、王様と会うと言われても実感がないというか……)


 そんな考えをぐるぐると巡らせているグレッグをよそに、フラムの前にいた兵士が玉座の間に通じる扉を開く。


 グレッグは扉に刻まれた豪奢な紋様を眺めながら「やっぱり王族が住まう場所は違うよなぁ」などと現実逃避した思考を浮かべていた。


「おお、フラム殿――」


 開かれた部屋の奥にある、赤絨毯の先に据えられた玉座。

 そこに座っていた白髪の人物が声を上げる。


「今日も来てくれたか。いや、嬉しい限りだ」


 グレッグにはこの人物がラインズ王であると、すぐに分かった。


 単に玉座に腰掛け、荘厳な衣装を纏っていたからという理由ではない。


 その威厳のある佇まいから、力強さのある眼光と。

 まさに想像していた通りの、王の人物像そのものだったからだ。


「ハッハッハ! 髪の毛がまた一層白くなったようじゃないか、ラインズ王」


 しかし、グレッグの隣に立つフラムは思いっきりフランクな態度で、高らかに笑い始める。


(えぇ……)


 さしものグレッグもこれには驚き……というよりちょっと引いていた。


 国王様に対してもそんな態度なのかと、いやでも大賢者だからそういう対応でも良いのかと、でもさすがに失礼では? という思いがグレッグの頭の中を巡る。


「いやなに。大賢者であるフラム殿と違って寄る年波には勝てんよ」

「まあ、私と比べたらそうなるだろう。と、今日はラインズ王に紹介したい人物がいてね。ほらグレッグ君、挨拶したまえよ」


 この流れで振られるのかと、グレッグはフラムのあまりのマイペースさに心の中で嘆息した。


「お初にお目にかかります、ラインズ王。グレッグ・ノイアーと申します」


 とりあえずフラムの自由奔放ぶりは置いておき、ラインズ王に頭を下げるグレッグ。


 すると、ラインズ王は何かに思い当たったかのようにフラムの方へと視線を向けた。


「おお。それでは、フラム殿。彼が例の……」

「そうそう。以前より話していたグレッグ君さ。少し真面目すぎる感じもあるが、とっても腕の立つ人物でね。今日はラインズ王から受けた依頼の件もあって連れてきたのさ」

「……」


 一体どんな話をされていたんだろうと、グレッグは一気に不安になる。


「おっと、すまなかった。儂はこの国を治めているラインズ・ケルバードだ」

「は、はい。もちろん存じております」


 かしこまった口調でグレッグが言葉を返すと、その近くでフラムがケタケタと面白がっていた。


 後でフラムには物申しておこうと心に決め、グレッグは改めてラインズ王へと視線を向ける。


 ラインズ王は白い顎髭を擦りながら、微笑を浮かべ話し始めた。


「話は聞いているよ。フラム殿に依頼した素材収集の件、君が請け持ってくれているそうだな」

「はい。微力ながらお力が尽くせればと思っています」

「グレッグ君は凄くてね。あの素材ももう残り2種類のところまで集め終わっているんだよ」


 フラムが状況についての補足を入れると、ラインズ王は目を見開く。


「なんと……! もうそこまで進んでいるのか。いや、フラム殿から優秀な人物だとは聞いていたが、まさかそこまでとは」

「はは……。畏れ多いお言葉です」

「グレッグ殿、だったな。大変なお願いをしてしまっているとは思うが、ぜひ引き続き力を貸してほしい」

「ええ、それはもちろん」


 ラインズ王はうんうんと満足げに頷き、グレッグに感謝の言葉を告げる。

 やはりこういうのは慣れないなと、グレッグは恐縮しきりだった。


 そうしてしばし会話を続けた後。


 グレッグは気になっていたことを尋ねることにした。


「あの、ラインズ王。収集を依頼されている素材なのですが、一体どのような理由で集めているのでしょうか?」

「その件か……」

「はい。不躾ぶしつけな質問だとは思いますが、あれだけの特殊な素材の数々です。それをどんなことに使うのかなと気になりまして。フラム様からは、王族の方に関わる問題というところまで聞いているのですが」

「……そうだな。グレッグ殿には知っておいてもらった方がいいだろう」


 ラインズ王はそう言って、玉座の隣に置かれている小テーブルから一冊の本を持ち上げた。


 その本は古いもののようで所々が剥げ落ちている。

しかし、黒く塗りつぶされたような装丁そうていから、どこか異質な雰囲気があるように感じられた。


(黒い、本……?)


 一体なんだろうかと、グレッグは怪訝けげんな表情を浮かべる。


 そして、ラインズ王はその本をグレッグに手渡してきた。


「グレッグ殿。驚くとは思うが、その本を開いてみてほしい」

「……分かり、ました」


 グレッグは黒く染まった本を手にし、恐る恐るといった感じで開いてみる。


 すると――。


「まあ。始めまして、のお客様ですわね」

「なっ――」


 グレッグが開いた本に、銀髪の少女の絵が映し出されていた。


 いや、正確には絵ではない。


 その銀髪の少女はにこやかに微笑み、そして声を発し、グレッグに向けて手を振っていたのだ。


 それはまるで、本に囚われたお姫様のようだった。


「こ、これは、一体……」


 思わずグレッグはラインズ王に視線を投げる。


 それに対しラインズ王は玉座に深く腰掛け、ぽつりと話し始めた。


「信じられんだろうが……。そこにいるのは……いや、その本に閉じ込められているのは、儂の娘――リリアム・ケルバードなのだ」




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