第9話 二人の夜
「ご主人……?」
「ノノか。まだ起きてたんだな」
「んむ。なんか自分のお腹が鳴る音で起きちゃったです」
「そ、そうか……」
キングトータスの討伐に成功した日の夜――。
グレッグが食卓の置かれた部屋で在庫管理をしていたところ、寝起きのノノがひょっこりと顔を出した。
ノノは眠そうな目を擦り、グレッグの向かいの椅子にちょこんと座る。
すると、ノノの腹の虫が「ぐぅー」と鳴った。
静かな夜によく響く音で、グレッグは思わず笑ってしまう。
「ハハハ。本当にお腹すいてたんだな。よし、ちょっと待ってな。何か作ってやる」
「お夜食! やった、です!」
獣耳をピンと立てるノノに笑って、グレッグは台所へと向かった。
パンを何枚かスライスし、その間にドレンから貰った新鮮な野菜と腸詰めを挟み込む。
そこにチーズを少々入れて、即席サンドイッチの出来上がりである。
「んん、おいしーです♪ ご主人、ありがとです」
「はいはい。夜も遅いからあんまり食べすぎるなよ?」
作ったサンドイッチを食卓の上に置いてやると、ノノは美味しそうに口をつけていった。
「ぷくく。そーいえば昼間のアレは傑作だったです」
「昼間のアレ、とは?」
「よーへーだんの隊長さんです。ご主人が戦おうとした時はあんなにバカにしてたくせに、でっかい亀の魔物を倒してからは急にヘコヘコしてたです。すげー手のひら返しだったです」
「ああ、あれな……」
ノノが思い出し笑いをしていたのは、キングトータスの討伐後のことである。
始めは思い切り見下した態度を取っていた猟兵団の隊長だったが、グレッグがキングトータスを圧倒する様を見た後はものすごい変わりようだったのだ。
ラインズ国王からの依頼を遂行中だと知ってからは更に腰が低くなり、グレッグのことを英雄だなどと褒め称える始末だった。
「ふっふん。ご主人のことを舐めてるからあーなるです」
「まあ、キングトータスの牙も無事回収できたし、俺としては大きな被害がなくて良かったよ」
「ふふ、ご主人らしーです」
サンドイッチを飲み込み、にんまりと笑うノノ。
「それにしても、あのでっかい亀、何であんな所にいたですかね? ご主人は海の近くにしか出ないって言ってたよーな気がするですが」
「猟兵団の隊長さん曰く、過去にどこかの商会が運んでいた卵を落としたんじゃないかって話だったな。キングトータスの卵は高値で取引されるから」
「ふーん。はためーわくな話です。というか、その卵とやらを食べてみてーです」
それからもグレッグとノノは何気ない会話を交わしながら、夜の和やかな時間が過ぎていく。
少し経って、グレッグはノノがよく眠れるようにと食後のホットミルクを作ってやった。
ノノはふーふーと息を吹きかけながら、慎重に口を付けていく。
そんな様子を見て目を細めながら、グレッグはノノに対してあることを尋ねた。
「ノノ。ここに来る前のこと、少しは思い出したか?」
「んーん。ちっともです」
「そっか」
グレッグはそれ以上問いかけることはせず、辺りは静かになった。
夜の虫も眠ってしまったのか、ノノがミルクに息を吹きかける音だけが響く。
――ノノがこの道具屋にやって来たのは、半年ほど前の、ある雨の日だった。
悪天候だったこともあって、今日は早めに店仕舞いしようかと思った矢先。
グレッグは外に何かの気配を察知し、店の扉を開けてみたのだ。
そこには、獣人の女の子が横たわっていた。
特に外傷があるわけではない。
しかし、この雨の中を移動してきたからだろうか。
獣人の少女の体は冷え切っており、衰弱しているのが明らかだった。
グレッグはその光景に驚きつつも、すぐに獣人の少女を抱え上げ、暖炉のある部屋へと運ぶ。
そうして寝ずの看病を続け、獣人の少女が目を覚ましたのは二日後のこと。
獣人の少女は自分の名前以外の記憶を失っており、どこから来たのか、どうしてこの場所にいたのかを覚えていない状態で……。
グレッグにはそれが
目覚めてからというもの、獣人の少女はとてつもない食欲を見せ、みるみる内に回復していく。
獣人の少女は底抜けの明るさで、グレッグも二人に増えた暮らしが嫌ではなかった。
ある日、助けてくれたお礼にと、獣人の少女はグレッグの店を手伝うことを申し出る。
店番をしたり、グレッグと一緒に魔物の討伐に出かけたりと、獣人の少女はとても一生懸命に働いた。
そうして、今もグレッグと共にいるのがノノだった。
(ノノには過去の記憶がない。いつかその記憶が戻ればと思うけど、ノノも無理して明るく振る舞っている感じじゃないんだよな。だったら、俺があまり深刻に考えすぎるのも違うか……)
そんなことを考えながら、グレッグはぼんやりとテーブルの上を眺める。
「ん……?」
ふと、グレッグが顔を上げると、ノノと目が合った。
ノノはカップを傾ける手を止め、グレッグのことをじぃっと見つめている。
そして――、
「ご主人。ノノはご主人と一緒にいれてすごく楽しーですよ」
そんなことを口にした。
「どうした、急に」
「んー。何となくです」
そうしてノノはまたミルクが入ったカップに口を付けていく。
グレッグはノノを見ながら呆然としていたが、やがてその顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。
「まあそうだな。俺もノノがいて楽しいよ」
「ふひひ。なら良かったです」
グレッグの言葉を受けてノノもまた笑う。
そんな風にして、二人の穏やかな夜は過ぎていった。
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