第8話 馬鹿にされたおっさんは実力で見返す


「なんか、道のとこに人や馬車がたくさんいるですね」


 キングトータスが出没したという街道にやってきたグレッグたち一行。


 そこは普段そこまで人が通る場所ではないのだが、今は様子が異なるようだ。


 ノノが言った通り、道の脇にはいくつもの馬車が停められている。


 見たところ行商や移動に使う馬車のようだが、その先に進む気配はなく、外に降りている者もいた。


「あの、すみません」

「ん?」

「この近くにキングトータスが出たって聞いたんですが」

「ああ、それな……」


 グレッグが外にいた男性に声をかける。


 察するに行商人のようだが、男はグレッグが問いかけに対し、溜息混じりに答え始めた。


「まいったもんだよ。どうやらこの先に現れて道をふさいでいるらしくてね。みんなここで立ち往生してるってわけさ」


 なるほど、とグレッグは辺りの状況を見渡す。

 皆が途方に暮れていて、キングトータス出現の影響を受けているようだ。


「まったく、今日中にこの積み荷を納品せにゃいかんってのに、どうしたらいいやら」

「なるほど、この先ですか。それなら、俺が倒してきますよ」


 グレッグが平然と言い放つと、行商人の男は「はぁ?」という表情を浮かべた後、慌てて止めようとした。


「ば、馬鹿なことを言うな。相手はあのキングトータスなんだぞ。言っちゃ悪いが、アンタみたいなおっさんに倒せるとは思えん」

「いや、でも――」

「第一、今は精鋭の傭兵団がキングトータスの討伐に向かってくれている。そんな所にアンタが行っても足手まといになるだけだ」

「そんなことねーです。ご主人はすげー強いです」

「ガハハハ。そうだぜ行商人さん。デカ亀なんてアニキが軽くのしちまうからよ」

「は、はぁ……」


 突然割り込んできたノノとドレンによって、行商人の男は怪訝な表情を浮かべる。


 そこの斧を背負った男の方がまだ戦えそうなんだがと、そんな困惑した表情だ。


「まあ、行くなら止めはしないが、傭兵団に任せておいた方が良いと思うがねぇ。……ちなみにアンタ、冒険者なのかい?」

「いえ。今はこの近くで道具屋をやっている者です」

「道具屋って……」


 行商人の男はそれ以上グレッグに言葉を続けてこなかった。

 やれやれと肩をすくめ、積み荷の確認へと行ってしまう。


「むぅ。ご主人がつえーのは本当ですのに」

「まあいいさ。とりあえずキングトータスの居場所は分かったんだし、街道の先へ進もう」

「ガッハッハ。まあ、ここの連中も後で大感謝するにちげえねぇですよ、アニキ」


 そうして、グレッグたちはキングトータスが現れたという場所へと進むことにした。


   ***


「見えたな。あれがキングトータスか」

「ほえー。ほんとにでっけー亀って感じです」

「アニキ、その手前には傭兵団の連中も見えますぜ。これから戦闘をおっ始める雰囲気みてえですが」


 グレッグたちが街道の先へ進むと、遠目からでも目視できるほどに巨大な魔物がいた。


 ――グルルルル。


 それは獰猛どうもうな亀型の魔物であり、人間を丸呑みできるのではないかというほどの大きさである。


 その上で特徴的なのはやはり亀型の魔物特有の甲羅だろう。

 傍目はためから見るだけでも相当な分厚さであることがうかがえる。


 亀というよりも、巨大な甲羅を背負った竜に近いかもしれない。


 キングトータスは動きこそ遅いのだが、ズシンと一歩を踏み出すごとに辺り一帯を揺るがし、地響きを起こすほどの質量を持っていた。


「よぅし! 皆、準備はいいか? 我らの手でキングトータスを討ち取るぞ!」

「「「オオ――!」」」


 キングトータスの手前にはドレンが言ったように武装した兵たちが整列しており、隊長らしき男が威勢よく指示を出している。


 まさにこれから戦闘が始まるという、そんな緊張した雰囲気だ。


「では、かかれぇい――!」


 隊長格の男が号令をかけると、兵たちはそれぞれが武器を構え、キングトータスに攻撃を開始した。


「ハァッ――!」

「どりゃ!」

「ていっ!」


 剣や槍、斧と。

 兵たちは勢いよく走り出し、それぞれの武器を手にキングトータスに迫る。


 が――。


 ――グルァ!!!


 キングトータスが前足を振り下ろすと、土砂が放射状に広がった。

 それにより兵たちは進攻を阻まれ、後ずさりさせられる。


ひるむなっ! 頭だ! 頭を狙えぃ!」


 隊長格の男が指示すると、再び兵たちはキングトータスを討ち取ろうと武器を振るう。


 今度の攻撃はキングトータスが前足を振り上げるよりも早く、甲羅に覆われていない頭部を捉えるかに思われた。


 しかし、キングトータスは瞬時に頭を甲羅の中へと引っ込めてしまう。


「ぐっ……!」

「こ、これでは攻撃が通らない!」


 結果的に兵たちの攻撃は硬く分厚い甲羅により弾かれてしまい、決定打には至らなかった。


 そして、距離を取った隙にキングトータスの反撃を許すことになり、前足の振り下ろしにより何人かが吹き飛ばされてしまう。


「う、ぬぅ……。化け物め……」


 隊長格の男が悔しそうに歯噛みし、迫りくるキングトータスを睨みつける。


 そんな攻防が繰り広げられる中、グレッグたちは傭兵団の後衛がいる位置まで到着していた。


「あのぅ、すみません」

「な、何だお前は。一般人はさっさと避難しろと伝えただろう!」


 グレッグを見るなり、隊長格の男は大声で叫ぶ。


 それも仕方ないことだろう。


 声をかけてきたグレッグは剣こそ携えているものの、どこにでもいるようなおっさんという外見なのだ。


 そんな人間がこの戦闘の最中さなかに何をしに現れたのだと、隊長格の男は怒りをあらわにした。


「いえ、苦戦している様子なので、俺も加わろうかなと」

「は? 何を馬鹿なことを。素人が出るような幕ではないわ。帰れ帰れ」


 隊長格の男はシッシと虫でも払うかのような素振りで、グレッグを邪魔者扱いする。


 その時、グレッグの後ろでドレンが「ふっ。アニキの実力を見抜けないとは、まだまだのようだな」などと偉そうに腕を組んでいたが、ノノに思いっ切りジト目で睨まれていた。


「まあまあ。俺にもちゃんと策はありますから、ここは任せてください」

「お、おいっ!」


 許可が貰えそうになかったので、グレッグはそのまま広刃剣ブロードソードを抜く。


「ノノはドレンさんと協力して負傷した兵たちを守っていてくれ。アイツは俺が倒す」

「でもご主人、どーするです? あの亀、頭をすぐ引っ込めちゃうみたいですし、甲羅はさすがのご主人でも斬れなさそーですよ?」

「キングトータスの甲羅は確かに硬いが、ちゃんと剣が通る場所があるのさ。まあ、見ていてくれ」

「ご主人がそう言うなら任されたです。あいあいさーです」

「アニキ! カッコいいところ、頼んます!」


 グレッグはノノの頭にポンと手を置き、単身でキングトータスと対峙する。


(さて、タイミングを見極めて……)


 キングトータスもグレッグを敵と定めたのか、短く咆哮した後に巨大な前足を振り下ろしてきた。


「避けろっ! 殺されるぞ!」


 隊長格の男が叫んだが、それは杞憂きゆうだった。


「ほっ――」


 グレッグは少しだけ跳んでその攻撃を躱すと、キングトータスの前足に向けて剣を払う。


 ――ギャアアアアス!


 攻撃を食らったキングトータスの体が僅かに浮くのを、グレッグは見逃さなかった。


 瞬時に腰のポーチから「ある物」を取り出し、キングトータスに向けて投げつける。


 それは、グレッグが道具屋を出る前に準備していた、赤いキノコが入った瓶だった。


 瓶はキングトータスと地面の間に入り込み、そして割れる。


 ――ッ!?


 すると、激しい爆発が起こり、キングトータスは仰向けに倒れることとなった。


「うぉおおおお!?」

「あのおっきな亀がひっくり返ったです!」


 グレッグが放ったそれは《バクレツダケ》と呼ばれるアイテムだ。


 火山地域でしか採取できない珍しいキノコであり、衝撃を与えることで爆発するという性質を持つ。


(よし、これで――)


 グレッグは高く跳躍し、倒れたキングトータスめがけ全力の一撃を振るった。


「どぉりゃあああああっ!」


 確かに、キングトータスの硬い甲羅は脅威だ。

 頭部と手足を甲羅の中へと収めれば、鉄壁の防御力を誇る要塞と化す。


 しかし、そんなキングトータスといえども弱点はあるのだ。


 それが今、グレッグが攻撃を叩き込もうとしている「腹部」である。


 通常であればまず持ち上がらないキングトータスの巨体だが、爆発の力を利用すれば話は別。


 現実にキングトータスは自身の弱点を晒しており、グレッグはその箇所へと渾身の一撃を見舞った。


 ――グギャアアアアアッ!!!


 グレッグの黒い広刃剣ブロードソードによる斬撃を喰らい、キングトータスは断末魔の叫び声を上げる。


 そうして、キングトータスはピクピクと体を震わせた後、動かなくなった。


「やったです! ご主人が勝ったです!」

「アニキぃいいいいい! 痺れるぅううううう!」


 ノノとドレンも歓喜の声を上げ、グレッグの勝利を称える。


 そしてその後ろにいた傭兵団の隊長はというと――。


「あ、が……ぐ…………」


 単なるおっさんだと思っていたグレッグの規格外すぎる戦いぶりに、変な声を漏らすことしかできなかった。


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