第5話 大賢者フラム・リレーヌの依頼
「ふぉおおおおお! これが、これがグリフォンの瞳か! なんと美しい……。それに、このクチバシも完璧な形状だ。この雄々しさには惚れ惚れとしてしまうねぇ!」
「「……」」
グレッグの道具屋、その店内にて。
大賢者フラム・リレーヌが叫びまくっていた。
「ご主人。この人本当に大賢者なんです?」
「戸惑うのも無理はないがな、そうなんだよ。俺も初めて会った時には面食らったけど」
「……世の中変わった人がいるです」
大はしゃぎする大賢者様を見ながら、疲れたように息を吐くノノ。
先日グレッグが収集してきたグリフォンの素材を前に、フラムはなおも絶叫し子供のように目を輝かせている。
果てには小躍りまでしており、普通の人間がイメージするような大賢者の風格は
「まさかあの幻の魔物を討ち倒すとは、グレッグ君もやるねえ。私は鼻高々だよ」
やがてグリフォン素材の観察にも一区切りついたのか、フラムがグレッグの傍までやってきて肩をバンバンと叩く。
「フラム様、久々にお会いしましたが相変わらずですね。ある意味お元気なようで何よりです」
「ふっふっふ。実は10徹してたので、危うく死にかけてたんだけどね。グリフォンの素材が手に入ったと聞いてすっ飛んできたのさ」
「大賢者様が徹夜作業で亡くなったなんて知れたら洒落になりませんよ」
「いやぁ、今打ち込んでいる研究のキリが悪くて。でも、上級ポーションのがぶ飲みをキメてたから問題ナッシングさ!」
「問題大アリでは?」
大げさなポーズで破天荒なことを言うフラムに頭を抱えるグレッグ。
新種の鉱石を使った魔導具の開発、未知の魔物を数多く解明、それまで不治と言われていた毒に対する特効薬の調合を成功させたりと――。
これまで数々の功績を打ち立ててきたのがこのフラム・リレーヌという女性である。
それ故に彼女は大賢者と呼ばれるまでに至ったのだが、フラムの素の姿を知る者は少なく、絵本に出てくるような
確かに目鼻立ちは整いすぎているほどで、外見だけ見れば絶世の美少女と評されてもおかしくはない。
黙っていればミステリアスな雰囲気も持っているだけに、外見だけは大賢者の威厳を兼ね備えていると言って良いかもしれない。
しかし、今のグレッグの前にいる女性は世間一般のイメージとはかけ離れた人物だった。
「っと。そういえばノノはフラム様と初対面だったか。ほら、ご挨拶しな」
「大賢者さま、はじめましてです。ノノと言いますです」
グレッグに促され、ぺこりとお辞儀をするノノ。
フラムがその声に反応し、ノノを視界に収める。
すると――。
「お? おぉおおおおお!? な、な、なんだいこのおチビちゃんは! 可愛らしいにもほどがあるじゃないか!」
「ひぇ……」
ノノは思い切り食いつかれていた。
「そういえばグレッグ君、半年ほど前に獣人の子を保護したとか言ってたな! そうかそうか! 君がノノ君か! いやぁ、お会いできて光栄だよ! アハハハハッ!」
「ご主人、やべーです。ノノ、思い切り抱きしめられてるです」
「すまんな。少し我慢してくれ」
興味を持たれたを通り越し、目一杯抱きつかれるノノ。
少し……いや、かなり迷惑そうにしながら、ノノはジトッとした目を浮かべてされるがままになっていた。
「ノノ君。実は私、獣人には昔から興味があってねえ。高い身体能力と、何やら特殊な技を使うそうじゃないか。今度もしよければ私の研究所に来てじっくりこってり観察を……じゃなかった、おもてなしをさせていただきたいんだが」
「ご主人。大賢者さま、めっちゃ目がこえーです。ノノ、なんだかすごく身の危険を感じるです」
「フラム様、そろそろ抱きしめるのもその辺で。ノノも苦しがってますんで」
「フハハハ! 断るっ!」
フラムが冗談か分からないことを言うので、グレッグは無理矢理に引き剥がし、ようやくノノは解放されることとなった。
「で、このグリフォンの素材は本当に貰っても良いのかい?」
「はい、前にも手に入れたらお渡しするって約束しましたし。……というかフラム様、もう貰う気満々じゃないですか」
フラムは既にグリフォンのクチバシと瞳をそれぞれ木箱に収め、自分のものだと主張するかのように抱えている。
「それにしても、その素材、何に使うんです? ラーヴァドラゴンの爪などと違って利用方法が思いつかないんですが」
「フフン。それはそうだろうねぇ。実はコレ、古文書に記載されていた特殊な薬を調合するための素材になるんだよ」
「特殊な薬?」
「そうそう。君の店で売っている……メルノア大森林に群生する薬草でも治せない『呪い』とやらを解くための薬なのさ。まあ、他にも素材が必要になるから、すぐには完成しないんだがね」
「それは……何だか眉唾ものの話ですね」
「まあそういうわけで、グレッグ君の道具屋でもちょっと売り物にはならないかな。もちろん、ちゃんとお礼は持ってきたからね!」
そう言って、フラムはある物を取り出す。
それは、一本の
***
「くぁー! 10徹の体に酒は染みるねぇ!」
「これは……とんでもなく美味い酒ですね。というかフラム様、そんなに一気呑みして倒れないでくださいよ?」
「フフ、その時は君に介抱してもらうとするさ。夜の、大人の介抱をね♪」
「まったくこの人は……。俺だって若くはないんですから、そんな冗談は真に受けませんよ」
「むぅ。からかい甲斐がないなぁ」
夜、グレッグの道具屋の二階にて――。
フラムの持ってきた土産で酒盛りが開かれていた。
夜も遅い時間だったのでノノは隣の部屋で眠りについていたが、一方で10徹明けのはずのフラムは何故か絶好調である。
「それにしても――」
それまでの調子とは変わって、フラムが呟く。
その声がいつになく真面目なものだったので、グレッグは思わず酒器を
「君がこの道具屋をやり始めてもう3年か。おまけにあんな可愛らしい獣人の子に慕われているようだし。人生何があるか分からないものだねぇ」
フラムは酒器に視線を落とし、目を細めていた。
それは昔を懐かしむような、どこか優しくて遠い目だった。
「俺が一番驚いていますよ。冒険者として活動していた頃はそれ以外の生き方なんて思いつかなかったのに。あの頃は、童話で見るような英雄譚に憧れていたりもしましたっけ」
「強靭な竜を狩るような、かい? それなら今もやっているじゃないか」
「いえ、ただ漠然と武功を求めていた頃とはだいぶ違うと思います。何より、今は好きでこの暮らしをやっていますから」
「フフ、それは何よりだ。私としては、初めて会った時のようなギラギラした目の君も好きだったが」
言いつつ、フラムは酒器を呷る。
昔話というのはやはり酒を呑みながらでないとなと、どこか過去を慈しむような、そんな表情を浮かべながら。
「本当に、
「……君の、親友がきっかけだったか。この道具屋やり始めたのも」
「ええ。アイツとの約束です。当時は死に際にそんなものを託すのかと思ったものですが、今となっては礼を言いたいですね。もう直接伝えることはできませんが」
「……」
今度はグレッグが酒器を呷る。
美味い酒だと、そんなことを感じながら、しかし意識はグレッグがこの道具屋を始めるきっかけをつくったある人物に向いていた。
その人物はグレッグの親友であり戦友でもある。
いや、
ある依頼を通じて交流を持ち、一緒に魔物討伐をこなすようになり、そして、死に別れたのが三年前になる。
(そういえば、もう少しでアイツの命日か……)
酒器を少し傾けながら、グレッグは中に入った液体が部屋の灯りに揺らめくのを眺めていた。
もう少し過去話をしようかとも思ったが、グレッグは話題を切り替え、フラムにあることを尋ねることにする。
「さて、フラム様。感傷的な話はこれくらいにして、そろそろ本題を聞きましょうか」
「本題?」
「ええ。グリフォンの素材引き取りだけが目的なら、いつものようにフラム様が飼われている鳥を寄越せば良かったはずです。にもかかわらず直接俺のところへ来たってことは何か別に用件があったんじゃないかなと」
「フ……。ハハハハハッ! 本当に聡くなったものだ、グレッグ君。それなら単刀直入にお願いしようかな」
お願いときたかと、グレッグはやや身構える。
これまでもフラムから色々と無茶を振られてきたことがあるのだが、今回はまたどんな依頼だろうかと、グレッグは手にしていた酒器をテーブルの上に置いた。
「とりあえず、まずはこの書状に目を通してほしい。私に宛てたものなんだが、どうにも手が回らなそうでね。君に協力してもらおうかなというわけさ」
「これは、素材の収集を依頼するものですね。ミノタウロスの角に、サラマンドラの尾って、見事にレア素材ばっかりじゃないですか」
「だろう? まったく、人使いが荒いなあと思うよ」
「……」
自分は今まさにその依頼を回されているんですがと、グレッグは喉まで出かかったが、一旦それは保留にする。
「差し出し主は…………え?」
フラムが渡してきた書状に再び目を落とし、そしてグレッグは思わず声を漏らす。
そこに書かれていた差し出し主が意外すぎる人物だったからだ。
「そう。差し出しはなんと国王様。このケルバード国を治めるラインズ・ケルバード王さ」
フラムは悪戯が成功した子供のような笑みをグレッグに向け、そして再び酒の入った酒器を美味そうに呷っていた。
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