第4話 宴と、賢者の来訪


「グレッグさんたち、本当にありがとうございました! それでは、グリフォン討伐を祝して――乾杯!」


 夜のエミル村――。


 若い男性が音頭を取り、集まっていた他の村人たちもそれに続く。


 村の広場中央に焚き火のあか煌々こうこうと揺らめき、グリフォン討伐に湧く村人たちがそれを取り囲んでいた。


「グレッグさん、ありがとう。近頃オラの畑が荒らされた痕跡があったから助かったべ」

「これで子どもたちを安心して外に出すことができます!」

「グレッグのおじちゃん、ありがとう! ボクが大きくなったら剣を教えてね!」

「ノノちゃんも大活躍だったみたいだねぇ。本当にお疲れ様ねぇ」


 村人たちが訪れてはそんな調子でグレッグたちにお礼を伝えていく。


 普段は客商売で腰を低くするグレッグにとって、礼を言われるというのはなかなかに新鮮な状況である。


「ふひひ。ご主人、感謝されまくりです」

「はは……。こういうのはどうも慣れないな。村の人たちのためになったのなら何よりだが」

「ですね」


 グレッグとノノは広場の端の方に座り、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。


 村で採れた新鮮な野菜や川魚、脂身の乗った獣肉などなど。

 グレッグとノノに差し出されたのはそんな食材を利用した料理の品々だ。


 決して珍しい食材が利用されていたわけではなかったものの、ひと仕事を終えたグレッグたちにとって、それらは特別なご馳走だった。


 そうして少し時間が経った頃だろうか。

 一人の村人が皆に聞こえるよう大声を上げた。


「グリフォンの肉が焼けたぞぉーっ!」


 その報せに村人たちがワッと歓声を上げる。


「待ってましたです! 待ってましたです!!!」


 グレッグの隣にいたノノなどは大はしゃぎで、尻尾が取れてしまうのではないか心配になる勢いでブンブンと振り回されていた。


「さて、それじゃあいただきますか」

「どんな味がするのかワクワクです!」


 程なくしてその場にいた全員に肉が配られ、皆で幻と言われるグリフォンの肉を食すことになった。


 そのお味はというと――。


「ふわぁ……。何これぇ……。ほっぺたが一緒になってとろけちゃうみたいですぅ……」


 ノノ曰く、そんな感想だった。


 グレッグもまた、これまで味わったことのない料理に目を見開く。


「こ、これは、凄いな。獣肉と鶏肉の旨味が合わさって別物になっているというか……。美味しい……という言葉で表現するのが勿体ないくらいだ」

「そーいえばグリフォンは鳥と獣が合体したような見た目でしたです。お口の中に美味しいが広がるですぅ……。しあわせですぅ……」

「ヤバいな。麦酒エールが、めちゃくちゃ合う」

「こんなの食べたら他のお肉がもう食べられねーですぅ……」


 言葉だけでなく顔までがとろけた表情になっており、ノノも痛くお気に召した様子だ。

 これは苦労して討伐した甲斐があったなと、グレッグもまた麦酒とグリフォン肉の往復に忙しかった。


「グレッグ殿、この度は本当にお世話になりました」

「あ、村長さん」


 ふと、グレッグとノノの元へエミル村の村長が訪れる。


 村長が改めて礼を言った後、グレッグは恐縮した様子で、ノノは自慢げな顔を浮かべて言葉を交わした。


「しかし、良かったのですかな? これだけの食材、王都などに持ち込めば金と同じか、それ以上の値がつくでしょう。それを私どもに振る舞ってくださるなど……」

「ははは。俺、そういうものにはあまり興味がなくて。この地での自由気ままな暮らしが好きなだけですから」

「ふむ……」

「エミル村は温かい人たちばかりですし、普段からノノにも良く接してもらっています。ですから、これは日頃のお礼と思っていただければ」

「日頃からお世話になっているのはむしろこちらの気がしますが……。ですが分かりました。このご厚意、ありがたく受け取っておきましょう」


 村長の老人はそう言って、グレッグに対して感謝の念を伝える。


「そうしていただけると。それに、俺としても今回のグリフォン討伐で得られたものはありますからね」

「そう言えばグレッグ殿はグリフォンのクチバシと瞳を持ち帰られたのでしたか。私のような者にはその価値が分かりませぬが、何かの素材になるような代物なのですか?」

「みたいです。道具屋で売るというわけじゃないんですが、以前からこれが手に入ったら譲ってほしいという人がいましてね」」

「……ひょっとすると、それはかの有名な大賢者様ですかな?」


 グレッグはその質問に対して首を縦に落とした。


 村長が口にした大賢者という人物は、この辺境の地の更に奥地に暮らすような変わり者である。


 グレッグもかねてより交流があり……というより、何かと無理難題を押し付けられてきたのだが、それなりに恩もあるため、今回のグリフォン討伐によって得られた素材がその恩返しになればと考えたのだ。


「なるほど。それは大賢者様もお喜びになるでしょうな」

「ハハ……、だといいんですが」

「とにかく、此度の件、村を代表して改めて感謝を申し上げます。グレッグ殿、ノノ殿、本当にありがとうございました」


 そのような言葉を残し、村長はまた深々と腰を折った。


 それから村人たちと一緒になって料理を味わい、グリフォンの討伐を祝い、そんな和やかな時間とともに夜は更けていった。



 そして、その数日後――。



「フーハハハハッ! 聞いたぞグレッグ君! グリフォンのクチバシと瞳を手に入れたそうじゃないか! 素晴らしいっ! 本っ当に素晴らしいぞ、グレッグ君!」


 グレッグの道具屋をある女性が訪れる。


 その人物は黒いローブに身を纏い、かなりつばの広い魔女帽子を被っていた。


 帽子の端からは金の髪が覗き、整った顔立ちとも相まってかなりの美女であることが窺える。

 ……のだが、珍妙な言動のせいでどう見ても怪しい人物にしか見えない。


「ご主人。このすごく元気で残念なおねーさんは誰です?」


 突然の来訪者に怪訝けげんな顔を浮かべながら、ノノがグレッグに尋ねる。


 一方でグレッグは、相変わらずなその女性の様子に溜息をつき、その問いに答えることにした。


「この人がかの有名な大賢者、フラム・リレーヌ様だよ――」


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