第3話 幻獣討伐へ


「ふふーん♪ おいしーお肉♪ ほっぺた落ちちゃうでりしゃすお肉ー♪」

「やれやれ、すっかりそっちに興味を持っていかれてるな」


 まもなく陽が沈もうかという時間帯――。


 エミル村の裏手にある門を抜け、グレッグは夕陽に染まる山道を進んでいた。


 グレッグの隣ではノノが上機嫌に鼻唄を歌っており、これから強力な魔物を狩りに行くとは思えない緊張感のなさである。


「どうだ、ノノ。匂いは追えそうか?」

「ばっちしです。山の上の方からしますです」

「やっぱり頂上か。グリフォンもまだその場所に留まってくれていると良いんだが、残り香の可能性もあるからな」

「いてくれねーと困るです。ノノのお肉がなくなっちゃうです」


 相変わらずノノは食欲全開の様子だ。


 グレッグはそんなノノに苦笑しつつ、山道を進む。


「……」


 途中で別の魔物が出るということもなく、探索は順調に思えたのだが、中腹を超えた辺りでグレッグは険しい顔を浮かべていた。


「どーしたです、ご主人?」

「いや、他の魔物が出ないと思ってな」

「……? いーことじゃないです?」

「エミル村の裏手にあった門や木柵もくさくはな、本来、山から降りてきた魔物が村に入らないようにするためのものなんだ。なのに、ここまでそういう魔物が出てきていない。それが何を意味するかというと――」

「はっ……! とゆーことは、グリフォンが全部食べちゃったですね! なんて羨ましい!」


 そういう感想になるのかと、肩を落とすグレッグ。


 それでも緊張しすぎるよりはいいだろうと思い直し、グレッグは咳払いを挟んでから話を続けた。


「まあ、グリフォンに一掃されたか、恐れをなして姿を隠しているんだろう……。いずれにせよそれだけグリフォンの脅威度が高いということだな」

「ふむ。これは激戦の予感、ってーやつですね」


 状況を理解したノノがふんすと鼻息を荒くする。


(初めて戦う魔物だからな。実際に見ながら対応するか)


 グレッグもまた辺りを警戒しつつ、腰に携えた黒い広刃剣ブロードソードをそっとなぞった。



 そうして、山道を進むこと少しして――。


「ここが山頂だな」

「そーみたいです。あのでっかい樹から甘い香りがするです。でも……」

「肝心のグリフォンが見当たらない……」


 二人は無事山頂へと到着した。

 到着したが、そこにグリフォンの姿はなかった。


「ひょっとすると、既にどこかへ移動しちゃったのかもな。グリフォンは各地を渡っている魔物だし」

「がーん! これじゃお肉が……」

「少し拍子抜けしたけど、いなくなったならそれはそれで、かな。村の人たちは安心するだろうし」

「それは甘いですよご主人。悪というのは根絶しない限り復活するです。だから、仕留められるときに仕留めないといけねーです」

「……それ、本かなにかで読んだのか?」

「村のおばちゃんが言ってたです。畑に生えた雑草をブチブチ抜きながら」

「そうか……」


 グリフォンが見つからなかったことは残念だが仕方ない。


 グレッグはそのように割り切って、肩を落としているノノを慰めようとした。


 その時だった――。


「あれ? なんか辺りが急に真っ暗になったです」

「む……」


 グレッグたちのいる周囲が突然暗くなる。

 突如光が遮られたようで、グレッグは陽が落ちたのかと一瞬錯覚したが、そうではなかった。


(これは…………影か!)


 最初に気づいたグレッグは上空に顔を向ける。


 すると、空から一体の魔物が滑空してくるところだった。


「ノノ! 上だ!」


 その声でノノも顔を上げ、そして気づく。

 魔物はノノめがけて勢いよく迫っており、奇襲を仕掛けようとしていた。


「ぎゃー!」

「くっ――」


 グレッグは素早くノノの元へと駆け寄ると、ノノを脇に抱えてその場から離脱する。


 直後、巨大な魔物がノノのいた場所に勢いよく落下し、大きな地響きを立てた。


 その衝撃と風圧で周りの木々が揺れ、魔物の繰り出してきた攻撃の苛烈さを物語っている。


「出たな……」


 土煙が収まり、そこから姿を現したのは、鳥と獣をかけ合わせたかのような出で立ちの魔物――幻獣・グリフォンだった。


 ――フシュルルルルル。


 地面に降り立ったグリフォンは翼を大きく広げ、高い位置からグレッグたちのことを見下ろしている。

 悠々と構えてはいるが、その場にいる者全てをすくませるかのような圧を放っていた。


「この圧力、さすが伝説と言われる魔物だな。ラーヴァドラゴンを遥かに上回りそうだ」


 グレッグはノノを地に降ろし、腰から黒い広刃剣ブロードソードを抜く。


 おそらく、並の冒険者などであれば、巨大なグリフォンの放つ圧だけで尻込みするか逃げ出すかだろう。


 しかし、グレッグは剣の切っ先をグリフォンに向けると、静かに息を吐きだしながら臨戦態勢を取った。


「あ、危なかったです。ご主人、助かりましたです」

「ああ、無理はするなよ」

「いきなしでちょっと驚いたですが、今度はそう簡単にやられねーです!」


 グレッグに続いてノノも隣に立ち、グリフォンに対して鋭い目つきを向けている。


 普段の可愛らしい外見からは想像もできないことだが、獣人であるノノは高い戦闘力を持っている。

 にもかかわらず、グリフォンに不覚を取ったことが悔しかったのだろう。


「この魔物め、許さねーですよ!」


 ノノは四つん這いの状態から獣のように跳躍し、グリフォンの上を取る。


 そして、胸いっぱいに息を吸い込んだかと思うと、それをそのまま吐き出すかのように雄叫びを上げた。


「だぁーーーーーーーっ!!!」


 ノノが思い切り叫ぶと、音による衝撃波が発生し、グリフォンに襲いかかる。


 古くから獣人が使用できる能力であり、「咆哮波ほうこうは」というものなのだが、ノノ自身にも原理は分からないらしい。


 ただ、その威力は折り紙付きだ。


 ――グ、ガァ……!


 ノノよりも遥かに大きい体躯を持つグリフォンが、咆哮波の衝撃を受けて後退させられている。


 グリフォンは頭をもたげ、これ以上押されまいと防御姿勢を取った。


 動きが止まったのは一瞬。


 しかし、グレッグはそれを勝機と捉えた。


 一足飛びにグリフォンの至近距離まで接近し、グリフォンの首めがけて黒い広刃剣ブロードソードを振るう。


 が――。


 ――ギャアウ!


 グリフォンは大きな翼を羽ばたかせ、上空へと逃げおおせた。


「ああ、惜しーです! というか空に逃げるなんてずりーです!」

「仕留めきれなかったか。飛行能力があるのは厄介だな」


 上空に羽ばたくグリフォンを見上げ、グレッグとノノの二人は険しい顔を浮かべる。


 そして、さすがに伝説と謳われる魔物といったところか。

 グリフォンは上空にいながらにして、攻撃できる手段を持っていた。


 ――フシャアアアアッ!


 グリフォンがこれまで以上に翼を羽ばたかせると、局所的な旋風が発生し、それはさながら風の刃と化した。


「わぁああああ!」

「っと――」


 上空から遠距離攻撃を放たれ、グレッグとノノは揃って回避行動を取る。


 幸い直撃は避けられたものの、周辺にある木々をなぎ倒すほどの破壊力だ。


 このままの位置関係で戦闘を継続するのは厳しく、いかにグレッグといえども攻撃の範囲外に逃げる魔物を相手に戦うのは困難かと思われた。


「くっそー。どうしますです、ご主人」

「そうだな……」


 グレッグはそこであるものに気づく。

 そして、グリフォンの位置を確認し、ノノに語りかけた。


「ノノ、さっきの咆哮波をもう一度グリフォンに放ってくれるか?」

「え? でもさっきの感じだと仕留めきれねーですよ?」

「大丈夫だ。あの位置に留めてくれれば俺が一撃を食らわせてやる」

「お、何か作戦があるですね。そしたら、ご主人にお願いするですよ」

「任せてくれ。せっかくの美味しい食材を逃すわけにはいかないしな」

「おお、そーでした。村の人たちがお祝いの準備して待ってるって言ってましたですしね!」


 グレッグとノノは言葉を交わし、そしてグリフォン討伐のための作戦を実行することにした。


「だぁーーーーーーーっ!!!」


 まず始めに、ノノが咆哮波を放つ。


 広範囲の攻撃は上空まで及び、グレッグの目論見通りグリフォンの動きを停止させることができた。


「よしっ」


 その隙に、グレッグは近くにあった大樹を駆け上がる。


 ――グリフォンが上空に逃げるなら、その位置まで飛べばいい。


 そういう酷く単純な思考に達したグレッグだったが、垂直に立つ大樹を駆け上がるなどという芸当ができる人間がどれくらいいるだろうか。


 グレッグは大樹の上の方まで登ると、最後の一歩を踏み込みグリフォンの方へと跳躍した。


 そして――。


 ――ガルァアアアアッ!


 一閃。


 グレッグの放った黒い剣撃はグリフォンの胴を捉え、初撃にして致命の一撃を与えることに成功する。


「やった! やりましたです、ご主人!」


「ふぅ……」


 上空から着地したグレッグは、幻の魔物グリフォンの討伐達成を実感し、静かに息を吐くのだった。


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