第2話 幻の魔物


「ご主人ご主人! 一大事ですよ!」


 ある日の昼下がり――。


 近くの村に出かけていた獣人少女ノノが、賑やかな声とともにグレッグの道具屋へと戻ってきた。


「おいおいノノ。そんなに慌ててどうした?」


 ノノは扉を開けっ放しにしたまま道具屋の店内に駆け込んできて、息を整えてから事情を説明する。


「さっき村のおばちゃんに聞いたですが、何やらこの時期にしか現れない魔物がいるらしーです。その魔物はすごく、すごーく珍しいらしくて――」

「ああ、《幻獣グリフォン》のことか。もうそんな話題が出る時期だっけな」

「むぅ……。もう知ってたですか。ご主人を驚かせようと思ったのに、つまんねーです」


 グレッグに先回りして言われてしまったのが悔しかったのか、ノノはがくりと肩を落とす。


 ついでに獣耳と尻尾も力無く垂れており、グレッグはその様子が可愛らしくて笑ってしまった。


「毎年雨季が過ぎた頃にな、この辺りにはグリフォンが出現するって言われているんだよ。といっても、俺も実際に見たことはないんだが」

「ふむふむ。そんだけレアもんってことです?」

「そういうことだな。まあ、実在するのは確からしいし、偶然出くわしたグリュプスに襲われたとか畑を荒らされたとかって被害報告も聞くな」

「ほうほう」

「あとちなみに、グリフォンの肉はほっぺたが落ちるくらい美味いらしい」

「ほっぺた、落としてみてーです!」


 グレッグが説明で食欲を刺激されたのか、ノノは思い切り尻尾を振りながら食いついてくる。

 これは余計なことを言ったなと、グレッグは頭を掻いて苦笑した。


「でもご主人、そんな悪さしてて珍しい魔物なら倒しちゃったらどーです? グリフォンのお肉も食べれるですし。素材が取れればお店で売ることできるかもですよ? あと、グリフォンのお肉が食べれるですし!」


 ノノは目をキラキラ輝かせながらグレッグを説得する構えだ。


 二回も繰り返してしまうほどグリフォンの肉を食べたいようだし、グレッグとしてもノノの願いを叶えてあげたいとも思うが、なかなか難しい理由もある。


「まあ、村の人たちも毎年この時期は不安がるし、倒してくれたら助かるって言われたことがあるよ。それに、グリフォンの素材が貴重なのも確かだ」

「それじゃあ――」

「ただ、グリフォンは見つけること自体がめちゃくちゃ難しいって言われてる魔物だ。冒険者の間で出回る討伐依頼だって何年も達成されてないって聞くしな」

「むむむ……。やっつけたらすげーと思ったですが……」


 ノノは難しい顔を浮かべ、腕組みをしながら頭をこてんと傾ける。


 確かにグリフォンは幻と称されるほどの魔物である。

 もし討伐に成功したなら、その者は多くの称賛を浴びることができるとも言われているほどだ。


 もっとも、道具屋の店主であるグレッグにとっては、名声よりもグリフォン討伐によって得られる素材の方が気になっているのだが。


(そういえば、あの人、、、もグリフォンから取れる素材を欲しがってたっけ。村の人たちのためにも討伐したいところだが、見つからないことにはなぁ……)


 と、そこまで考えたところで、グレッグはノノが握っていたある物に気づく。


「ノノ、その手に持ってるのは何だ?」

「ん? ああ、これはさっき道ばたで見つけたです。とってもきれーな羽根だったからつい拾っちゃったです。なんか良い匂いもしますです」


 ノノが手にしていたのはキラキラと輝く羽根だった。


 蒼と翠の色を溶かし込んだような、独特な色合い。

 宝飾品とも見紛みまがうほど……いや、それよりも美しいとすら思える羽根だ。


 グレッグはノノが持つその羽根をまじまじと見つめ、そして理解する。


「んふふー。これはご主人といえどもあげねーですよ。店で売るのも禁止です」

「いや、そうじゃなくてだな。それ……たぶんグリフォンの羽根だぞ」

「へ?」


 ノノから羽根を受け取り、観察するグレッグ。


「うん、間違いない。昔、王都で展示してあるのを見たことがあるが、これはグリフォンの羽根だ。しかも最近のもののようだ」

「おおー。じゃあやっぱりこの近くにいるってことです?」

「そうなるな。これは本格的に捜してみても良いかも……って待てよ。ノノ、さっき何か言ってたよな?」

「ご主人でもあげねーって言いましたです」

「いや、そこじゃなく。匂いがするとかなんとか」

「あー、ですです。なんかあまーい香りがするです」


 試しにグレッグも匂いを嗅いでみたが、特に匂いは感じない。

 おそらく獣人特有の鋭い嗅覚を持つノノだから分かったことだろう。


(しかし、甘い香りがするということは……)


 グレッグは顎に手を当てて考え込み、そして、グリフォンの居場所について思い当たる。


「それなら、グリフォンは今、村の裏山――《コレル山》にいるのかもしれない」

「どーしてそうなるです?」

「その羽根から甘い香りがするって言ってたろ? コレル山の頂上付近には香木の採れる樹があってな。そいつが強くて甘い香りを放つんだよ。たぶん、近くにいて匂いが微かに移ったんじゃないかと」

「おー。それじゃコレル山に行けば」

「ああ。グリフォンを見つけられるかもしれない」


 グレッグが頷くと、ノノがぱちんと可愛らしく手を叩く。

 お手柄だなとグレッグが頭をわしゃわしゃ撫でてやったところ、ノノは腕を組んでドヤ顔を浮かべていた。


(よし、これは狩りにいくしかないな)


 そうして、グレッグたちはコレル山に向かう準備に取り掛かることにした。


   ***


「グレッグ殿、これが門の鍵ですじゃ」

「ありがとうございます、村長さん」

「ふふん。ご主人とノノでぶっ倒してきますですよ!」


 グレッグの道具屋から歩いて30分ほどの位置にある《エミル村》。


 そこから山道へと続く門の前で、グレッグは村長の老人から鍵を受け取っていた。


 コレル山にグリフォンがいるかもしれないと報告したところ、村の代表としてもぜひ討伐をお願いしたいとお願いをされ、今に至る。


 ちなみに「今回はお手柄だからノノも一緒に行くー」と言い出したので、ノノも同行している。


「いやはや、グレッグ殿にはいつも世話になっとります。この前も村近くにウルフの群れが現れたときには助けになっていただいて……。本当に、ありがたいことです」

「いえ、そんな。俺としても道具屋の素材を集めるためには必要なことですから。いつもノノが村の人に良くしてもらっていますし、お互い様ですよ」


 グレッグとしては自分のためでもあるし、お礼を言われることではないと思っていたのだが、村長は律儀に頭を下げていた。


 それだけ村でも不安の種になっていることなのだろうと察し、グレッグは気を引き締める。


「では、村長さん。いい報告ができるよう頑張ります」

「ええ。グリフォンは傑出した強さを持つとも聞いております。どうか、お気をつけて」

「ふふん。ノノとご主人に任せておけばだいじょーぶ! 村長のおじーちゃん、おいしーお肉を取ってくるから待っててくださいです!」

「ほっほ。それでは宴の準備でもしておきますかな」


 グレッグとノノは村長の老人と出発の挨拶を交わし、コレル山へと続く山道の鍵を開けた。


 村の人たちのためにも、ノノのためにも、そして自分のためにも、と。


 グレッグは頬をばちんと叩いて気合いを入れ、幻の魔物――グリフォン討伐に向けて足を踏み出した。




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