辺境のおっさんが営む道具屋は、伝説級の素材ばかりを取り揃えた神アイテムショップでした

天池のぞむ@6作品商業化

第1話 とある道具屋の最強おっさん


 道具屋の主人、グレッグ・ノイアーは自由気ままな田舎暮らしを求めていた。


 ――貴族やどこぞの富豪のような、羽振りのいい暮らしをすること。

 ――冒険者として歴戦を重ね、誰もが憧れるような英雄になること。

 ――有名なギルドに所属して成り上がり、脚光を浴びること。


 そういったものにはまるで興味がなかった。


 そんなグレッグがいるのは、近隣の小さな村からも少し離れた小高い丘。

 そこに構えた一軒の道具屋である。


 決して繁盛しているとは言えないし、たまにやって来る冒険者がアイテムの補給のために立ち寄るくらいの寂れた道具屋だ。


 ――けれど、その場所はグレッグにとって何よりも大切にしたい場所だった。


 近くの洞窟や山、森林や草原などを探索し、時には自分の腕に見合った、、、、、、、、、魔物を討伐することで得られる素材。

 それらを元にした道具を店に並べて販売し、必要としている人に役立ててもらう。


 口にのりをするような日々ではあるが、グレッグはこのささやかな暮らしが好きだった。


 しかし――。


「オイオイオイ! 何だよこのチンケな道具屋はよぉ!」


 グレッグの道具屋の店内に、ある男の声が響く。

 その男はどうやら冒険者のようで、大柄な体型に無骨な感じの戦斧せんぷを背負っていた。


 グレッグが道具屋を構えるこの土地は、基本的には、、、、、のどかな丘陵地帯である。


 しかし、時折こうして、主要の街道から外れた散策好きの冒険者が訪れたりする。


 その中にはこういった、威張りたくてウズウズしているお客様もいるのだ。


(やれやれ。今日のお客は随分と偉いご身分のようで)


 グレッグは小さく溜息をついたが、尊大な態度の冒険者に目くじらを立てるようなことはしなかった。


「いらっしゃいませー。お好きにご覧ください」


 本日最初の客に対し、当たり障りのない挨拶を口にするグレッグ。


 が――。


「クハハハハ! 冴えないおっさんが店主って、いかにも田舎って感じだなぁ!」


 どうやら冒険者の男は、「お客様は神様」という価値観をお持ちのようだった。


 初対面のグレッグを思い切り見下す言葉を吐いてケラケラと笑っている。


 何がおかしいのかグレッグには分からなかったが、きっと笑うと良いことがあるとご両親に教え込まれてきたのだろう。


 神様は、今も店内の様子を見回しながら謎の笑い声を上げていた。


(ふぅ……。ノノがお使いに出ていて良かったな。あいつがいたら今頃飛びかかっているところだ)


 グレッグはまたも溜息をつきながら、縁あってこの道具屋に住み着き、手伝いをしてくれている獣人の少女のことを思い浮かべる。


 その間にも冒険者の男は商品を見ては「おいおい、上級ポーションは置いてねえのかよ」とか、「もっとオレ様に相応しい武器とか防具を置いておけや」とか、「なんだぁ? このバカでけえ爪みたいなやつは」などとのたまい、店内を巡っていた。


 そうして、冒険者の男は商品の中から一束の薬草を手にすると、グレッグのいるカウンターへと歩いてくる。


「よぅおっさん。これだけくれや」

「お買い上げありがとうございます。10,000ルドーですね」


 冒険者の男は「ただの薬草が1万もすんのかよ」などと値段にボヤきつつ、麻袋から硬貨取り出して無造作にカウンターの上へと置く。


 これでこの面倒な客も出ていくだろうとグレッグは息をついたが、まだ終わりではなかった。


 冒険者の男がカウンターの上に肘をつき、ズイっと体を乗り出してくる。


「そういえばおっさん、ちょっと聞きてえことがあるんだがよ」

「はい、なんでしょう?」

「この近くに赤い竜の出る洞窟があるって聞いたんだが、場所を知らねえか?」

「赤い竜の出る洞窟? ああ、《マラーナ溶岩窟》のことですね。ここから南東に一時間ほど歩けばありますが……」


 グレッグの答えに、冒険者の男はニヤリと口角を上げてみせた。


「フハハハハ! そうかいそうかい。それならちょっくら行ってくるかな!」

「あの、お客様。もしかして『ラーヴァドラゴン』を狩るおつもりですか?」

「そうだが? なんだよ、危ねえって言いてえのか?」

「はい。正直危険かと」


 グレッグがはっきりと告げると、冒険者の男は見くびられたとでも思ったのか、不快感をあらわにする。

 舌打ちをして、ジロリと睨みつけるような視線をグレッグに送ってきた。


「これだからド素人は困るぜ。オレはな、王都ではB級のライセンスを持つ冒険者なんだぜ?」

「はぁ……」

「ここまで足を運んでやったのも、赤い竜の鱗が高値で売れるって聞いたからだ。こんな田舎に出る竜なんざ、オレ様のこの斧で真っ二つにしてやらあ」

「……」


 これは止めても無駄だなと、グレッグは何度目か分からない溜息をつく。


 始めからそうだったが、この冒険者の男は自分の威光をギラギラに誇示したくてたまらないタイプらしい。

 ある意味、冒険者に向いているとも言えるが……。


「分かりました。ラーヴァドラゴンは強力な火炎攻撃と尾撃を連続で放ってきますのでお気をつけて」

「ガハハハハ! まるで見てきたように言うじゃねえか! 心配なんざいるかよ!」

「……」

「ま、素材が採れたらこの店におろしてやってもいいぜ! ってそんな大金、おっさんには払えねえか! フハハハハ!」

「ご心配なく。当店の商品は自前で揃えておりますので」


 やっぱりよく笑う客だなと、そんなことを考えながらグレッグは去っていく冒険者の男を見送る。


 そして、その冒険者の男が店を出ていく間際――。


「にしてもこの薬草、なんかでけえな」


 先ほど買った薬草をしげしげと見ながら、冒険者の男がぽつりと呟く。


「ええ、ウチの薬草は上質ですから。よく効きますよ」


 グレッグはそう伝えたが、冒険者の男は興味なさそうにヒラヒラと手を振りながら去っていった。


   ***


「ただいまですー!」

「お帰り、ノノ」


 冒険者の男が出ていってから少しして。

 扉をバンッと勢いよく開けて、獣人の少女が店内へと入ってきた。


 グレッグの道具屋の手伝いをしている獣人の少女、ノノである。


 ノノがぱたぱたと駆けてきて、両手に抱えた麻袋をカウンターの上に置く……には身長が足らず、結局グレッグが受け取ることになった。


「どれどれ。ひい、ふう、みい……。よし、ちゃんとあるな」

「ふひひ。ちゃんとお使いできたノノはえれーです。頭をナデナデするです、ご主人」

「はいはい。ご苦労さん」


 せがまれるがまま、グレッグはノノの頭を撫でてやる。


 褒められたのが嬉しかったのか、ノノの頭から生えた獣耳はピンと立ち、モフモフの尻尾はパタパタと揺れてご機嫌な様子だった。


「およ? ご主人、剣なんか用意して、出かけるです?」

「ああ、素材回収がてらちょっとな。悪いがまた店番を頼めるか?」

「あいあいさーです! ばっちし店番しとくですよ!」


 微妙に変な言葉遣いをしながら、ノノが元気よく返事をする。


 グレッグはいつも素材回収の時に使用する広刃剣ブロードソードを準備しており、出かける身支度を整えていた。


 グレッグの広刃剣ブロードソードは黒光りしており、普通の金属であしらえた剣ではないことがうかがえる。


「夕飯どきまでには戻るから。……と、何かリクエストあるか?」

「ん……。あ! そんならあれがいいです! でっかいジューシーおにく! それから骨をダシにしたスープなんかもすてがてーです!」

「了解。それならちょうど良いから両方取ってくるよ」

「んふふ。ワクワクです」


 よだれが垂れているノノの口元を拭いてやり、グレッグは外套がいとうを身に纏う。


 そして、念のための薬草を何束か腰のポーチに詰め、他にもいくつかの道具を収めて準備は完了だ。


「それじゃ気をつけ……なくていいですね。ご主人ですし」

「いやいや、油断は禁物さ。行ってくるよ」

「いってら、ですー」


 まるで心配していない様子のノノに見送られ、グレッグはある場所を目指して出かけることにした。


   ***


「うぉおおおおおっ!? そ、そんな馬鹿なぁあああああっ!」


 マラーナ溶岩窟、その第5階層にて。


 灼熱色の鱗を持った溶岩竜・ラーヴァドラゴンを前に、先ほどグレッグの道具屋を訪れた冒険者の男が絶叫していた。


 冒険者の男はラーヴァドラゴンの繰り出した尾撃によってあっけなく吹き飛び、洞窟の壁面に激突させられる。


「ち、畜生がぁ!」


 冒険者の男もB級ライセンスを持っていると豪語するだけあって、平均以上の戦闘能力を持っているようだ。

 ラーヴァドラゴンの一撃だけでは沈まず、反撃を繰り出そうと戦斧を振りかざす。


「どぉりゃあああああっ!」


 しかし、ラーヴァドラゴンの脅威はそれ以上だった。


 斧の刃先はラーヴァドラゴンの体に食い込むことなく、硬い鱗により弾かれてしまう。


「な……んだと。オレの斧が効かねえなんて、そんなハズは……」


 そこで勝負は決着だった。


 冒険者の男は戦意喪失し足が動かない。

 ラーヴァドラゴンが黒い鉤爪かぎづめのついた前足を大きく振り上げるのを、呆然と見ることしかできなかった。


「くそ……。くそぉおおおおお!」


 しかし――。


「ほっ」


 冒険者の男は信じられないものを見た。


 緊張感のない声とともに黒い光が走ったかと思うと、ラーヴァドラゴンの前足、その半分が何かに切断されたのだ。


「な、なァ――!?」


 冒険者の男にとっては、助かったという安堵よりも衝撃の方が上だった。


 そこに立っていたのは、先ほど自分が見下しまくっていた道具屋の店主だったからだ。


「大丈夫ですか? お客様」

「あ、あ、アンタ、何でここに……。というか、あのクソ硬い竜をどうやって……」

「んー。それにお答えするよりも、まずはアレを倒しちゃいますね」


 グレッグは平然と言って、傷つけられたことで激昂しているラーヴァドラゴンと対峙する。


 ――グゴァアアアアアッ!!!


 ラーヴァドラゴンは突如現れた男を脅威とみなしたのか、大口を開けて炎を吐いてきた。


 凄まじい熱量。

 直撃すれば一瞬で灰になるのではないかという火炎攻撃が、グレッグに迫ってくる。


「ひ、ヒィ……!」


 後ろにいた冒険者の男が情けない悲鳴を上げたが、一方でグレッグは悠々と構えていた。


 そして、ラーヴァドラゴンの放った炎が触れようかという刹那せつな

 グレッグは弧を描くように、黒光りした剣を振ってみせた。


「は、はぁ!?」


 冒険者の男が驚いたのも無理はない。


 絶体絶命の一撃かと思われた火炎攻撃が、グレッグが振るった剣により音もなく消失していたからだ。


「それじゃ悪いが、晩飯になってもらうとするか。ウチの可愛いチビが腹を空かせて待ってるんでね」


 グレッグが剣を振るい、ラーヴァドラゴンの体が細かく分断されるまでは一瞬だった。


 ラーヴァドラゴンは断末魔の声を上げることすらなく、大きな地響きを立てて地面にその屍を晒すことになる。


「あ、あ……」


 化け物が、それを上回る化け物によって倒された。


 冒険者の男はその状況をすぐに理解できず、あんぐりと口を開けて驚くことしかできない。


 一方でグレッグは、ひと仕事を終えたとばかりに短く息を吐く。


 そのままラーヴァドラゴンの死骸へと近づき、前足の一部と巨大な鉤爪を拝借した。


「さて、お客様。いくつかお知らせしておきましょうか」

「な、何を?」


 ラーヴァドラゴンの骨つき肉と黒く巨大な爪を背負ったグレッグが戻ってきて、冒険者の男はビクリと反応する。


「まず、お客様が高値で売れると言っていたあのドラゴンの鱗ですが、実はもっと価値の高いものがあります」

「へ……?」

「それがこの鉤爪です。この黒い爪はそこら辺の金属なんかよりも硬い素材でしてね。俺の剣の素材にもなっています」

「爪……。爪だと……?」


 待てよ、と。


 落ち着いて見てみれば、ラーヴァドラゴンの黒い爪には見覚えがあるぞ、と冒険者の男は記憶を掘り起こす。


 先ほど訪れた道具屋にも、この爪が商品として置かれていなかったか、と。

 確か、この目の前に立つ道具屋の店主は、商品を自前で揃えていると言っていなかったか、と。


 そこまで考えて、冒険者の男は戦慄する。


「ま、まさかアンタ……。普段からあの竜を狩って……」

「そうですね。道具屋は、素材を集めないと仕事になりませんから」


 冒険者の男はグレッグの答えを受けてヘナヘナとへたり込む。

 何で田舎にある道具屋の店主がこんな実力を持っているのか、理解の範疇を超えていた。


「あ、つうぅ……」


 緊張感が解けたことでラーヴァドラゴンにやられた傷が傷んだのか、冒険者の男は足を抑えて痛がる様子を見せる。


「ぐ、う……。足が、足が動かねえ」

「それでしたらお客様、薬草を使われてはいかがですか?」

「薬草?」

「はい。ウチでお買い上げになっていましたよね」

「ハハ……。馬鹿言うなよ。たぶんこりゃあ骨が折れてる。そこまで治せる効果を持った薬草なんてあるわけねえだろ」

「まあまあ、騙されたと思って」


 冒険者の男はグレッグに促され、しぶしぶと懐から薬草を取り出す。


 そのままモシャモシャと口にして、少しすると……。


「なっ……。う、動く! 動くぞ!」

「ね? だから言ったでしょう。ウチの薬草は上質なんですよ。前に北の方へ遠征して採ってきた《メルノア大森林》のものですからね」

「め、メルノア大森林!? 確かそれって、世界樹があるっていう……」

「ですね。その薬草は世界樹の幹の元で採れたやつなんですが」


 冒険者の男は口をパクパクと動かし、声を出すことができなかった。


 メルノア大森林というのは、A級以上のライセンスを持つ冒険者が束になっても攻略できるかという危険度極大の秘境なのである。


 それだけ恐ろしい魔物が跋扈ばっこしている地ということなのだが、そこへ行ってきたなどと軽々しく言うグレッグに、冒険者の男は驚く以外の反応ができなかった。


「さて、それじゃあ後はお一人で帰れますよね」

「あ、ああ。本当に、恩に着るよ。変な態度とってて悪かったな」

「いえいえ。どうぞ、これからもウチの道具屋をご贔屓に」

「……」


 冒険者の男は驚きのあまり呆然としていたが、グレッグが去った後で一言呟いた。


「あれが、道具屋のおっさんだと? 最強じゃねえか……」




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