第2話

 で、話は冒頭に戻る。


「ほら、私こんな見た目だし……嫌でしょ? こんなのと付き合うとか。ああ、それとも今はやりのウソ告白とか? あはは……そうだよね、でなきゃ私なんかに告白してくるとか、あり得ないし……」


 俺から目を背けたまま、早口で藤堂さんがそんなことを口にする。

 そんな彼女に、俺は言った。


「ウソじゃない!!!!!! 俺は!!!!!!!!! 藤堂さんのことが好きです!!!!!!!!!!!!」

「でも……」

「でもじゃない! 好きだ! 俺と付き合ってくれ! いや、付き合え!!」

「き、急すぎるよ……」

「俺の心は準備万端だ!!!!」

「う、うぅ……ううううう……」

「よーしあと一息だ、続きは『ん』だぞ! 『う』の続きは当然、『ん』、だよな!!??」

「まだ『うん』って言ってないよ!?」


 思わずといった様子で、そう突っ込んでくる藤堂さん。

 その拍子に顔を上げた彼女の目を、俺は正面から真っ直ぐ見つめる。


 それからさらに、言葉を重ねた。


「好 き だ」

「……っ」

「本当に、君のこと、好きなんだよ。俺は」


 握った彼女の手を、さらに強くギュッと握る。

 すると彼女は頬を赤らめ、そっと視線を俯けて、言った。


「……じゃあ、証明してよ」

「証明?」

「これがウソじゃないって……本当に私のこと、辻宮君が好きだと思ってるってこと、証明して」


  ***


『好き』の証明。

 悪魔の証明にも似た難問である。


 好意、愛情といった概念は、物質的ではない分、その証明が難しい。

 そもそも『愛』の定義は人によってそれこそ千差万別で、金銭的な証明を求めるものもいれば、手間や時間といった証明にこそ愛を見出す人間もいる。


 だからこそ、俺は藤堂さんに『好き』の証明を求められ、どうしたものかと一瞬黙り込んでしまった。

 そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか、藤堂さんがどこか醒めた口調になって、言い放つ。


「ほらね……証明できないでしょ? 私のこと好きなんて……ウソでも嬉しかったけど、でもウソは良くないよ……


 そう言って、俺から身を離そうとする藤堂さん。

 このままでは、彼女にこのままフラれてしまう。そう感じた俺の頭の中で、一つの言葉が俺の頭の中を駆け抜けていった。


『貞操逆転世界』


 貞操逆転世界では、男にとっての性的価値観が、女性にとっての性的価値観になるというわけで、それはすなわち……?


「藤堂さんっ!」

「――っ、んぷっ!?」


 藤堂さんが俺から離れるその刹那、俺は彼女を強引に抱き寄せ、無理やりその唇を奪った。

 俺が元いた世界では、女の方から情熱的にキスを求めてくるのが嫌という男はなかなかいない。


「ん、はぁ……ゃあ、んっ……辻、宮く……ぅん♡」

「はぁ、はぁ、んちゅ、藤堂さん……」

「そんな……はぁ、こんな漫画みたいなことが……んちゅぅぅ♡」


 藤堂さんが、すぐに熱い吐息を漏らし始める。

 おまけに目つきまで、どこかうっとりと陶酔していた。


 ……俺の思った通りの反応である。


 この世界の女性は、性欲が強い。

 そして他人から恐れられ避けられる美女・美少女というのは、要するに若い性欲を持て余した非モテ童貞メンタルの持ち主に他ならないはず。


 つまり、男から本気で求められると、口ではなんと言おうが身体は拒めないはずなのである!


「んちゅ、ちゅぷ……ぷぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……♡」


 やがて唇を離すと、藤堂さんはすっかり顔つきになっていた。

 それからどこかぼんやりとした口調で、


「……なんれぇ? てこんにゃこと……」


 と、呟く。


「それはもちろん、証明のためだよ」

「証明?」

「うん。『好き』の証明」


 言いながら俺は、藤堂さんの両手を俺の股間へと導いてあげる。

 すると、ぼんやりとした彼女の目に、やがて徐々に理解の色が滲んでいった。


「これって……まさか」

「そう。だよ。藤堂さんのことが好きだから、こうなったんだ」


 非モテ童貞男子にとって、異性が自分に対して濡れていることほど分かりやすい『好意』の証明は存在しない。


 当然、藤堂さんもまた、そうなる。


「どう? これで俺が藤堂さんのこと好きだって、信じてくれた?」

「へぁ!? え、あ、う、うん……でも……」

「これで信じてもらえないなら、俺はもっとすごいことを藤堂さんにしないといけなくなる」

「はわわわわわわわっ」


 とどめとばかりに藤堂さんの耳元でそう囁きかけると、彼女の顔が瞬く間に赤く染まり上がっていく。

 それから目をきょろきょろさせ、口をパクパクと開けたり閉じたりした末に、ぽつり、と彼女は呟いた。


「ひ、ひゃい……信じましゅ……」

「じゃあ、俺と付き合ってくれる?」

「ぁぅ……そ、それとこれとは……ひぅぅんっ♡」


 問答無用とばかりにぐいっとさらに強く腰を落ち着けると、分かりやすく藤堂さんが動揺した。

 と、思うと、今度はまるでそういう玩具みたいにぶんぶんとすごい勢いで首を縦に振りながら、彼女は答える。


「わ、わ、分かりましたからぁ♡ つ、付き合いますから、あの、しょの……し、刺激強すぎるからやめて……」


 ――こうして、俺と藤堂さんは恋人同士になった。

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