第54話 聖錬と日課

 剣の指導を頼んだ俺に対し、リオンは両眉を僅かに寄せた。


「長剣か? 入学試験や交流戦では短剣を使用していたと記憶しているが……」


「これから使ってみようと思いまして。できればスキルも用いない、基礎的な剣術を学びたいんですが」


 すると、リオンの表情に疑問の色が浮かぶ。


「……意図が分からんな。お前の理想の戦闘スタイルは、【聖錬せいれん】を利用した魔法攻撃を主体においたバランス型ではないのか?」


 いきなり聞き慣れない単語が出てきた。


「……聖錬って何ですか?」


「なぜお前が知らん」


 リオンは一瞬だけ呆れたような表情を見せた後、説明を加える。


「魔法に回復魔法を使用し、威力を高める技術のことだ。東方の国に少し使い手がいるとの話だが……お前も交流戦で使っていただろう」


「……そんな名前があったんですね」


 ゲームではヒーラーであるアレンだけが使用可能なテクニックだったが、その名称までは記載されていなかったため初耳だった。

 どうやらリオンの説明を聞くに、この世界でも珍しい技術らしい。

 以前のダンジョン実習でルクシアが驚いていたのにも、これで納得できた。


 リオンはそのまま続ける。


「どこで知ったのかは知らんが、聖錬に目を付けたこと自体は正しいだろう。魔力消費量と発動までにかかる時間が跳ね上がるとはいえ、本職の魔法使いと同水準の火力を実現できるのだからな」


 一度言葉を切ったリオンは、その黒色の瞳で俺を射抜くように見つめる。



「だが、それで補えるのは魔法だけであり、身体能力についてはどう足掻いても【ヒーラー】の域を出ない。接近戦はあくまで補助の手段として使うべきであり、そのために必要な最低限の短剣術、スキルは既に有しているように見えた。なのに今さら、片手間に使用するには難易度の高い長剣を……それもスキルを使わないで戦う方法を学ぼうとする理由は何だ、アレン・クロード」



 最後の問いかけには、明確な意思が込められていた。

 納得のいく答えを聞かせろと、そう迫られているようだった。


 しかし求められている答えを返すのは、正直難しいかもしれない。

 俺が考えているのはこの世界にとって非常識すぎる戦闘スタイルであり、そもそも実現できるかすら未だ定かではない。


 ……それでも、俺が最強を目指すために必要なことだと思っている。

 だから、


「強くなるためです――今の自分よりも」


 俺はシンプルな言葉だけを返す。

 これで断られるようなら、また別の手段を考えるしかないだろう。


 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。

 リオンは数秒ほど沈黙した後、


「――いいだろう」


 意外にもあっさりと、承諾の言葉を口にした。


「っ、本当ですか?」


「ああ。そこまで強い意志があるようなら、他に何も言うまい。それに教師として生徒の目標を応援するのは当然のことだからな」


 意外な展開に思わず声が弾んでしまう。

 深々と頭を下げる俺を見て、リオンは微かに笑みを浮かべた。


 なんとか師匠が見つかったことに胸を撫で下ろしていると、リオンは鍛錬場に置かれている木剣の中から一振りを手に取る。


「では、さっそく始めるか」


「お願いします」


 それから一時間ほど、実戦形式での指導が始まった。

 結果はもちろん俺の惨敗。勝負にすらならなかった。


 ヒールですぐに回復できることを知っているためか、リオンの指導には容赦がなかったが、俺にとってはむしろ望むところ。

 多くの剣技をその身に受け敗北を重ねる中で、経験値を積み重ねていく。

 一人で鍛えるよりは、遥かに効率の良い鍛錬だった。


 鍛錬後、額の汗を拭う俺に向かって、リオンは告げる。


「毎日時間を作れるわけではないが、空いたタイミングにはこうして付き合ってやろう。あとは幾つか伝えた方法で日頃から鍛えてくることだ」


「分かりました」


 こうして俺の日課に、剣の素振りと、時折リオンとの実戦鍛錬が加わることに。

 長かった交流戦の一日は終わり――修行の日々が幕を開けることとなった。



 ◇◆◇



 翌日の昼休み。

 俺はルクシアとユイナを誘い、別室に移動した。

 実力を周囲に隠すため協力をお願いしていた二人に、方針を変えることを伝えるためだ。


 その経緯を説明すべく、まずは交流戦での出来事から振り返っていく。

 すると、その直後――


「ええっ!? アレンがAクラスを倒すなんて、そんな面白いことがあったの!? 見たかった! も~誘ってよ~アレン~!」


「お前が勝手に休んだんだろ」


 ――理不尽な理由で頬を膨らませるルクシア。

 そんな彼女をなだめるのに、まず5分を消費するのだった。

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