第53話 師事

 グレイに勝利した俺は立ち上がると、表情を冷ややかに変えて告げた。


「ダブル・ジョブだなんだと騒がれていても、実際は俺みたいな最弱職ヒーラーに負ける程度の実力ってわけだ」


 言葉を区切り、さらに追い打ちをかける。


「いくらジョブに恵まれようと、お前自身にそれを使う才能がないんじゃ何の意味もない」


「……っ!」


 グレイの表情が大きく陰る。

 交流戦で得た自信を粉砕するという目的は、どうやら無事に達成できたようだ。


「………………」


 ゆっくりと立ち上がったグレイは、一言も俺に返すことなく去っていこうとする。

 その背中を見送りながら、俺は今後について思考を巡らせた。


(目的は果たせたとはいえ……これで俺とグレイの関係は完全にこじれるだろうな)


 主人公と敵対関係になってしまった以上、これからどんなアクシデントが生じるか分からない。

 それでも、ここでグレイが屈辱を味わうというイベントは必要だった。

 ゲームのシナリオを守るためには、避けられない選択だったのだ。


「……アレン」


 そう考えていた時、去り際にグレイが背を向けたまま俺の名を呼んだ。


「……ありがとう」


「………………」


 続けて告げたのは、まさかの感謝の言葉。

 それだけを残し、グレイは静かに立ち去っていった。


 彼の姿が見えなくなった後、俺は深いため息を吐く。


「はあ。意味があったんだか、なかったんだか……」


 もっと冷徹に、奮起できなくなるくらい叩き潰すべきだっただろうか。

 想定していた効果が得られないようであれば、ここまでの行動が全て徒労に終わってしまう。


 そう考えた末、俺は首を横に振った。


「まあ、そこまでの心配はいらないか」


 グレイが自分の立ち位置を認識するという本来の目標は果たせたし、そこに対する苦悩も見て取れた。

 あとはアイツ自身の手でなんとかしてくれるはずだ。


 ――それよりも、だ。

 今の戦いを通して、俺は急務となる課題を見つけていた。


 結果的に俺の勝利で終わった戦いだが、そう明るい要素だけではない。

 レベル差があるにもかかわらず、斬り合いは互角。

 最後の攻防も、俺が知識で上回って先読みしただけに過ぎない。

 強化魔法を使えるようになった今のグレイと再戦すれば、次は呆気なく敗北する可能性が高いだろう。


(それだけ俺とグレイのスペックには差があるってことだ)


 主人公を超え、最強を目指すための道のりはまだまだ長い。

 その事実を、今回の戦いで痛感させられた。


 そんなことを考えていた、まさにその時だった。



「随分と優しいんだな、アレン・クロード」


「――……え?」



 突然、想定していなかった凛々しい声が響く。

 入口に視線を向けると、そこには肩甲骨まで伸びる白髪と、深い黒色の瞳を持つ女性の姿があった。

 動きやすいラフな服装に身を包んだ彼女――リオンは、静かに鍛錬場の中へと歩みを進める。


「すまないな。偶然お前たちがいるところが見えたのだが……険悪な様子だったもので、問題が起こらないよう見張らせてもらった」


「……いつからそこに?」


「戦いが始まる直前だ。それにしても、なかなか面白い煽りだったな」


 普段は凛々しい表情を崩さない彼女が、珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 先ほどの言葉といい、この反応といい……どうやら俺の言葉の真意をある程度理解しているようだ。


 変な状況になってしまったと思いつつ、かといって『はいそうです! グレイを強くするためにやりました!』とも言えない。

 そのため、俺は軽くため息をつきながら返した。


「別に……唯一、自分より下の成績だった奴に見下されてるのが気に食わないだけですよ」


「だとしたら放置し、下にい続けてもらうのが一番だろう。今日の模擬戦といい、なかなか興味深い奴だ」


 クスクスと笑うリオン。

 少しだけ居心地の悪さを感じていると、彼女は続けて言う。


「言いたかったのはそれだけだ。邪魔をして悪かったな」


「いえ、気にしていません……それに俺としても、向かう手間が省けて都合のいい状況ではありますから」


「どういう意味だ?」


 俺は答えを保留し、鍛錬場に置かれていた訓練用の長剣を手に取る。

 グレイがやってくる前にも少し考えていたことだが、俺はこの武器を扱えるようになるため、誰かに師事するつもりだった

 身近にいる人物の中で剣を使えて頼みにも応じてくれそうなのは、リリアナくらいしかいない。

 しかし彼女の本質は魔法使いだし、使う剣術にしても俺の求めている方向性と少し違う。

 次点でユーリもなくはないが、そもそも教えてもらえるだけの関係値をまだ築けていない。


 ――だからこそ俺は、一人の人物に目を付けていた。

 に向かって、俺は真っ直ぐに言葉を告げる。



「リオン先生――俺に、剣を教えてくれませんか?」


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