第52話 アレンとグレイ②

 突如として始まった戦い。

 グレイは困惑に満ちた表情を浮かべながらも、木剣を構えて俺の攻撃を受け止める。


 木と木がぶつかり合う鈍い音が、静まり返った鍛錬場に響き渡っていた。


「どうして、こんなことに……!」


「――シィッ!」


「くぅっ!」


 俺が振るった強力な一撃が、木剣ごとグレイの体を吹き飛ばす。

 距離が空いたタイミングで、俺は一度自身のステータスを確認した。



――――――――――――――――――――


 アレン・クロード

 性別:男性

 年齢:15歳

 ジョブ:【ヒーラー】

 ジョブレベル:3


 レベル:30

 HP:2468/2280(+188)

 MP:792/720(+72)

 攻撃力:312(+35)

 防御力:268(+22)

 速 度:287(+31)

 知 力:401(+42)

 器 用:252(+25)

 幸 運:280(+29)


 ジョブスキル:ヒールLV8、ディスペルLV2、プロテクトLV1

 汎用スキル:ファイアボールLV5、ウォーターアローLV1、瞬刃しゅんじんLV5


――――――――――――――――――――



 俺のレベルが30なのに対し、グレイのレベルは20手前(のはず)。

 レベルだけを見れば、俺の圧倒的優位は明らかだ。

 しかしジョブによる補正があるせいか、動き自体はほとんど同じ。

 改めて、ジョブによる格差を実感させられてしまうが――


(――やっぱり、まだ足りないな)


 グレイのポテンシャルなら、この程度のレベル差なんて簡単に覆せるはず。

 にもかかわらず、どうして俺と互角の戦いを繰り広げているのか。

 その理由には既に察しがついていた。


(――交流戦で、アルバートと戦わなかったからだ)


 そもそもグレイは、ジョブに目覚めていない時から最低限の剣術スキルと魔法スキルを習得していた(アレンが瞬刃やファイアボールを使えたように)。

 そのためジョブ獲得後も基本的には【魔法剣士】として戦い、【バッファー】としての力を磨くのを後回しにしていたのだ。


 とはいえ、それを踏まえてもグレイは十分強く、『ダンアカ』の交流戦において、序盤は剣と魔法だけでアルバートを圧倒した。

 その後、追い詰められたアルバートはファイアージャベリンを発動。

 それに対し剣と魔法だけでは足りないと考えたグレイは、さらに強化魔法を重ね合わせる新たな必殺技を生み出してファイアージャベリンを打ち破った。


 しかし、だ。

 現実の交流戦ではゲームのアルバート戦のようなイレギュラーは発生せず……最終的には【魔法剣士】としての力だけで圧倒してしまい、【バッファー】としての才能を開花させるきっかけがなかった。

 まずはそこから修正する必要がある。


「くそっ――ファイアアロー!」


 俺の分析を遮るように、グレイが魔法を放つ。

 赤い光を纏った矢が、空気を切り裂きながら迫ってきた。


 しかし――遅い。

 俺は軽やかに体を傾け、迫り来る火矢を躱す。

 同時に間合いを詰め、慌てて長剣を構え直そうとするグレイに向かって突進した。


「瞬刃」


「な――がはっ!」


 グレイの体勢が整う前に、俺の短剣が横腹を捉えた。

 衝撃と共にグレイの体が吹き飛び、背中から壁に叩きつけられる。


「ごほっ」


 肺から絞り出されるような咳込み。

 だがこの程度で終わらせるつもりなど、俺にはなかった。


「どうした? せっかくのジョブスキルすら満足に通用していないみたいだが」


 冷淡な声で煽ると、グレイの目が鋭く変化する。

 当初の戸惑いは消え失せ、純粋な戦士の眼差しへと変わっていた。


「まだ、だ……まだ、僕は負けていない!」


 その反応に内心で満足しながらも、俺は表情を引き締める。

 ここからが本番。

 本当の意味で、グレイを追い込まなければならない。


「意気込んだところで無駄だ。それを今からはっきり教えてやる――ファイアボール、ヒール」


「っ! それ、は……」


 出現した強化ファイアボールを前に、グレイの瞳が大きく見開かれる。

 先ほどの交流戦で、この魔法がファイアージャベリンを打ち破る様を目の当たりにしていたからだ。

 今の自分には、これを防ぐ手段がないことを悟ったような表情。


「それでも否定するというのなら、これくらいには抗ってみせろ――いけ」


「――――――!」


 解き放たれた炎球が、轟音と共に放たれる。

 グレイは必死に長剣を構えるものの、その表情には焦りの色が浮かんでいた。

 ワーライガーを倒した時の力を引き出そうとするも、それが叶わない現実に直面しているのだろう。


(そうじゃない……使、グレイ)


 そんなグレイの様子を無表情で眺めながら、俺は彼が特別たる所以を思い出す。



 ――500年前、魔王率いる魔族陣営の全盛期。

 そんな中、立ち上がった5大――いや、4大賢者と呼ばれる者たちがいた。


 一人は言わずと知れた大賢者ヴァールハイト。

 全知とも称される彼女は人々に知恵と力を与え、魔族に抗うための礎を築いた。

 ここステラアカデミーを設立したのも彼女であり、人々からは過去の偉人として語られているが、実のところ存命でありゲーム本編にも登場する重要キャラだ。


 一人は銀姫エーデルワイス。

 見る者全てを魅了する美貌と、冷酷無比な性格を持った女性。

 特別な氷魔法の才能があり、魔王封印の立役者となる。

 ちなみに彼女の才能は、時を経てリリアナ・フォン・アイスフェルトに引き継がれている。

 本人はまだ気付いていないが、彼女が魔族から命を狙われる理由もそれだ。


 そしてもう一人が、紅蓮の勇者レイヴァーン。

 魔を打ち払う聖なる炎魔法の使い手であり、最も多くの魔族を倒した英雄。

 そんな彼の力もまた、ある一人の少年に引き継がれていた。


 ――もう分かり切っているだろうが、その少年こそグレイ・アークである。

 ただ、エーデルワイスと違う点として、レイヴァーンは自分の力だけでなく魂ごとグレイに引き継いだ。

 そのため現在、グレイはその器の中に自分とレイヴァーン、二つの魂を有しており、それがダブル・ジョブを獲得できた理由にもなっている。


 そしてこのレイヴァーンの魂はまだ完全に目覚めてはおらず、使うのにが必要となる。

 グレイが命の危機に陥り、かつ『仲間を守りたいという強い想い』が賢者の魂に響いた瞬間のみ開花し、グレイは限界を超えた力を行使できるのだ。

 シナリオが進行すれば幾つかの継承イベントが発生し、自由自在に使えるようになるのだが……現段階ではそれは不可能。



 とまあ説明が長くなってしまったが、少なくともこんな模擬戦ごときで使える力ではない。


(というか、使われたら俺が死ぬ。普通に)


 そんな冗談はさておき(事実だけど)、グレイはここで見つけなければならない。

 得体のしれない力に頼るだけじゃなく、自分の手で道を切り開く手段を。


「僕は――負けたくない」


 その時、グレイの表情が変わったのが分かった。

 どこか遠い場所に思いを馳せるのではなく、自分自身に向き合うような。

 それは『ダンアカ』でアルバートを打ち破った時と、全く同じ表情だった。


「エンハンス――エンチャント・スペル――ファイアー・アロー――剛剣」


 次々と詠唱される初級スキル。

 それらは幾重にも重なり合い、ついに一つの名前を彼は口にした。



「――――紅蓮一閃ぐれんいっせん!」



 ――それはワーライガー戦でグレイが使用した奥義を模した、下位互換の必殺技。


 焔を纏った木剣が、真正面から炎球へと立ち向かう。

 鋭い光の中、グレイの剣筋は確かに俺の魔法を切り裂いていった。

 轟音と共に爆発が起き、灰色の煙が鍛錬場を覆い尽くす。


(そうだ、それでいい)


 これでまず一つ――グレイが自分の力に向き合うきっかけを作るという、アルバートの役目は果たせた。

 しかし、まだ終わりではない。

 続けて、ユーリの役割を担う必要がある。


 だから――


「やった……いや、まだだ! まだ勝負は終わって――え?」


 灰煙が晴れゆく中、グレイの声が困惑に満ちたものへと変わる。

 なぜなら、俺はもうそこにいなかったから。


「――どこを見ている?」


「っ!」


 強化ファイアボールが打ち破られることなど、始めから想定内。

 だからこそ俺は煙が巻き上がった瞬間から、足音を殺してグレイの死角へと回り込んでいたのだ。


「くそっ!」


 気付いた時にはもう遅い。

 グレイが慌てて長剣を振り上げようとするも――


「プロテクト」


「なっ!?」


 ――俺は透明の防壁を自分の前ではなく、グレイの手元に出現させた。

 防壁に強化された刃を止められるほどの強度はないが、その起点となる手の動きを阻むだけなら十分だった。


 一秒にも満たないその隙を突き、俺は左手でグレイの右肩を掴む。

 そのまま渾身の力で地面へと叩きつけた。


 ドンッ! という衝撃音が鳴り響く。

 そのまま俺は横たわるグレイの喉元に短剣を突きつけ、二人の動きが止まった。

 グレイは未だに何が起きたか理解できないといった様子で、呆然と俺を見上げている。


 そんなグレイに、俺は頭上から宣言する。



「――お前の負けだ、グレイ」



 かくして想定外の戦いは、俺の勝利で幕を閉じるのだった。

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