第51話 アレンとグレイ①

 想定外のグレイとの遭遇。

 同じ教室で一か月近く同じ時間を過ごしたわけだが……こうして話すのは初めてだった。

 もちろん、モブの俺が下手に主人公と関わらないよう、意図的に距離を取っていたからだ。


 少しの沈黙の後、まず口を開いたのはグレイの方だった。


「まさか、まだ残っている人がいるなんて思ってなかったからびっくりしたよ……こうして話すのは初めてだよね、アレン」


「……そうだな」


 頷いて返す。

 話すのは初めてとはいえ、お互い色んな意味で注目を浴びた人物だ。

 今さら自己紹介などをするわけもなく、いたって普通に話が進んでいく。


「普段ここでアレンを見ることはなかったけど、もしかしていつも、こんな時間から一人で特訓してるの?」


「気が向いた時だけだ。そういうそっちは?」


 『ダンアカ』で交流戦後、グレイが鍛錬場に足を運ぶイベントなどなかった。

 そのため疑問に思って尋ねると、彼は少し恥ずかしそうに答える。


「今日の交流戦で勝てたことが嬉しくてさ……さっきまでは休んでいたんだけど、やっぱりこの感覚を忘れないうちに、できるだけ鍛えた方がいいと思ったんだ」


「………………」


「あっ、そういえばアレンの交流戦も見させてもらったよ。すごかった。僕もジョブスキルを使えない気持ちはよく分かるから……攻撃スキルを持たない【ヒーラー】でありながら、剣と魔法でAクラスの相手を圧倒するなんて、本当に驚いたんだ」


 勝利したことでやる気に満ちたと語る彼は、続けて真っ直ぐ称賛の言葉を送ってくる。

 しかし、ここまでのグレイの様子を見ていた俺は――


(……これは、少しまずいかもしれないな)


 ――胸の奥で、焦燥感が膨れ上がるのを感じていた。


 『ダンジョン・アカデミア』は、死にゲーと呼ばれるほど過酷な世界で繰り広げられる物語を描いたゲーム。

 そしてグレイ・アークとは、そんな世界で挫折と成長を繰り返していき、やがて最強にたどり着く主人公だ。

 たとえば今回の交流戦においても、ゲームではアルバートに勝利した直後、過去に一度敗北したユーリに再度負けるという徹底ぶり。

 その屈辱を噛み締めることで、彼はダブル・ジョブを得たことによる慢心を捨て、再び0から努力を積み重ねるようになる。


 しかし今、リリアナがユーリを倒してしまったことで、グレイは敗北を味わえていない。

 その結果、ゲームでは悔しさを噛み締めながら高難易度ダンジョンに挑んでいたはずのグレイがこの場にいるという変化が生まれた。

 そもそも『ダンアカ』において『不死人形』とはサブコンテンツ扱いであり、成長効率を求めるならダンジョン攻略の方が上。

 にもかかわらず今日、グレイは『不死人形』相手の特訓を選択した。


 ――これは、あまりよくない兆候だ。

 今すぐに致命的な問題が発生する訳ではないが、小さな変化も積み重なれば大きなきずへと広がっていく。

 つまり、グレイがシナリオ通りの実力を身につけられない可能性が出てきてしまうのだ。


(さて、どうしたものか……)


 ……一つだけ、修正する手はある。

 しかし、これは失敗すれば取り返しがつかない可能性もある諸刃の方法だ。

 グレイの今後の成長、俺との関係性、これからのシナリオ……全てが致命的になるほど、大きく歪んでしまう恐れがある。


(――だけど、いつかは誰かが、その役目を果たさなければならない)


 そのための決意なら既に終えていた。

 俺は小さく息を吐いた後、これまでの柔らかな空気を一変させるように、できる限り冷たい声でグレイに告げる。


「――随分と上からだな」


「……え?」


 グレイの表情が一瞬で凍りつく。

 純粋な驚きと困惑が入り混じった表情で、何を言われたのか分からない様子だった。


 しかし、俺は容赦なく言葉を重ねる。


「今の発言だよ。自分が二つも……それも当たりのジョブに目覚めて、Aクラスにも危なげなく勝利して……だから、本当は俺みたいな不遇職を下に見てるんじゃないのか? よくできて偉いねってさ」


「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないよ! ただこれから一緒に、クラスメイトとして高め合えていければいいなと思っただけで……」


 グレイの発言は心からのものだろう。

 それは『ダンアカ』を何十周もプレイした俺が一番よく分かっている。

 グレイ・アークとは、正義感と優しさに満ちた立派な主人公だったから。


 それを理解した上で、俺はさらに告げた。


「……一緒に高め合う? そんな甘いことを考えていたのか?」


「――……え?」


「リリアナとユーリの戦いを見てなかったのか? ジョブを獲得して多少強くなったところで、今のお前じゃあの二人には勝てない。そのくらいお前もよく分かっているはずだ。それに……使だって、まだ再現できてないんだろ?」


「っ!」


 グレイは図星を突かれたように目を見開いた。


「ジョブもない身でアカデミーに入学したお前の目標が、交流戦で少し活躍した程度で満足できるものだって言うのならこれ以上追及するつもりはない。だけどもし、少しでも彼女たち以上の強さになりたいと思っているのなら、認識が甘すぎる。……それに、だ――」


 俺は真正面から、グレイを見据える。


「――そもそも今のお前になら、俺でも負ける気がしない」


「――――!」


 その言葉を最後の引き金として、俺は鍛錬用の短剣を手に駆けだした。

 風を切る音と共に、俺の短剣が力強く振り下ろされる。


 ガギィン!


 咄嗟にグレイが掲げた長剣によって阻まれ、周囲には鈍い音が響いた。


「アレン!? 急に何を……」


「ここまでやっても分からないか?」


 そう、俺は既に決めていた。

 俺によって生じたシナリオの変化は、全て責任を持って修正すると。

 つまり――



「俺と戦え、グレイ。お前の現在地がどこか、ここで俺がはっきりと思い知らせてやる」



 ――ユーリがグレイに与えるはずだった屈辱を、ここで俺が代わりに与えてみせる。

 たとえその結果、シナリオがより大きく歪むリスクを背負ってでも。



 かくして、原作ゲームにも――そして俺の計画にもなかった戦いが、唐突に幕を開けるのだった。

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