第35話 アレンの可能性


 ――――数分前。



「ユイナが魔物を引き連れて、転移魔法陣を使った!?」



 簡潔に二人の説明を聞いた俺は、驚愕とともにそう叫んだ。


 特徴からして、その魔物は間違いなくワーライガー。

 ダンジョン実習編のボスを担う、レベル35の強力なモンスターだ。


 しかし、本来なら襲われるのはグレイたちだけで、他のモブクラスメイトには影響がなかったはず。

 となるとルクシアの発言通り、ゲームでは登場しなかったはずの二体目がいるのだろう。


(何でそんな事態になっている……? いや、今は考えている余裕はない!)


 一刻を争う事態。

 この先の対応を考えつつ、俺は二人に告げる。


「二人は上に戻ってリオン先生に報告してくれ。俺たちはユイナを探しに行く」


「っ……わ、わかった」


「急いで助けを呼んできます!」


 二人は一瞬だけ逡巡するも、ルクシアがいるという事実に少しだけ希望を見出したのか、コクリと頷いて駆け出して行った。

 恐らく、上でも似たような騒ぎが――本来のゲームイベントが発生しているはずなので、二人の助けが間に合うことはまずありえないだろう。


 となると、一刻も早く俺たちだけでユイナを探し出す必要がある。

 問題は、ユイナとワーライガーがどこに転移したかだ。

 一時間前の説明時、リオンは転移先がランダムと言っていたが、正確には数か所の中から一つが選ばれる。

 そのことは『ダンアカ』を散々やり込んだ俺が一番知っていた。


 ただ、数が多い。

 しらみつぶしに探すとなると、時間がかかりすぎる。


「せめて、大雑把な位置だけでも分かれば……!」


 対象範囲を絞れれば、数分で向かうことができる。

 無いものねだりをするように呟いた直後だった。


「分かった」


「え?」


 俺の背中にいたルクシアがぴょこんっと地面に降りると、目を閉じ右手の平を上に向ける。

 直後、彼女の体を中心に大量の魔力が拡散された。


「これは……」


 【魔力反響ソナー】。

 その名の通り魔力を反響させ、対象の位置を探る魔法だ。

 数秒後、ルクシアはゆっくりと目を開けた。


「見つけたよ。ここは……三つ下の階層の、右端あたりかな。そこにユイナと大きな反応がある」


「――――!」


「他にも色々と小さな反応があって……この様子なら大きいのと戦ってるのかな。ユイナも多分、まだ生きてるはず」


「本当か!」


 希望が出てきた。

 ユイナがまだ生きているという事実と、ルクシアが語った場所。

 前世のゲーム知識と照らし合わせ、俺は把握する。

 間違いない。ユイナたちが飛ばされたのは第5階層に存在する魔力溜まりだ。

 そこまでの最短ルートも把握しているため、これで向かうことができる!


 だが、ここで新たに問題が一つ発生する。


「あっ、と……」


「ルクシア!?」


 ふらつく彼女の体を抱きしめる。

 【天雷】の反動によるデバフ状態かつ、魔力も僅かしかない状態で【魔力反響ソナー】を使った彼女は、満足に動ける様子ではなかった。

 少なくとも身体能力においては俺以下だろう。


「大丈夫か?」


「そんなことより……早く行かなきゃ、アレン」


 ルクシアは俺の腕を払うと、驚くほど優しい声で告げる。


「この先にいる魔物はアレンより強いけど……でもきっと、アレンなら勝てるよ」


「……ああ」


 ルクシアの言う通りだった。

 これ以上、考え込む時間も、ルクシアの体調が戻るまで待つ余裕もない。

 俺一人で、ユイナの元に向かう必要がある。


「行ってくる」


「うん」


 そう言い残し、俺は駆け出した。




 ダンジョン内を駆け抜ける中、俺は考えていた。

 なぜ、こんな状況になっているのかを。


 そもそも『ダンジョン・アカデミア』におけるこのイベントはどういうものだったのか。

 それはステラアカデミー内部に存在する魔族の内通者が、グレイを――ジョブなしにもかかわらず、学園長の独断によって合格が決まったその少年に隠された才能を確かめるため、魔物を召喚するマジックアイテムを使用したことで発生した事件だった。


 魔物召喚といえば、リリアナを襲ったバフォールを思い出すが、あの時とは違う点が一つある。

 バフォールを呼び出すためのマジックアイテムには初めから召喚に必要な魔力が込められており、ダンジョンなどの濃密度な魔力空間に足を踏み入れた際、起動する仕組みになっていた。

 つまり、ダンジョン内の魔力はあくまで呼び水でしかなかったのだ。


 対して、ダンジョン実習で使われたマジックアイテムは、周囲から吸収した魔力と引き換えに、複数体の魔物を召喚するというものだった。

 そのため、『ダンアカ』ではグレイたちEクラスの面々とダンジョン内の魔力を吸収した結果、のみワーライガーが出現した。



 しかし今、状況シナリオは変わった。



 原作時点よりもアレンのレベルが高いことに加え――何より、本来のシナリオではここにいなかったはずの最強ルクシアがいる。

 それによって吸収する魔力量が増加し、二体目の召喚に必要な分が溜まってしまったのだろう。


 そして、そもそもルクシアがここにいるのは、俺がスリを捕まえたことで彼女の行動を変えてしまったから。

 ユイナが今、危機に瀕している始まりのきっかけは、俺の存在ということになる。


 正直、心苦しい気持ちはある。

 だけど、


(悔やむのも、反省するのも後だ。今はただ、一秒でも早くユイナのもとへ――)


 速度を上げ疾走する。

 そうしてたどり着いたのは、第4階層の右端。

 目標の第5階層ではないが、このルートで正しいのは分かっていた。


「っ、あった!」


 通路の先には巨大な穴があった。

 辿りつき下を見ると、そこには傷を負ったユイナがいる。

 そして、そんな彼女にワーライガーがゆっくりと迫っていた。


(させるか――!)


 迷うことなく地を蹴り、俺は急落下に身を任せる。


「誰か、助けて……!」


 その時、聞こえたのはユイナが助けを求める声。

 それを聞いた俺は、


「ああ、任せろ」


「――――!? ヴゥゥ!?」


 力強くそう答え――空高くからワーライガー目掛け、【ナイトブリンガー】を振り下ろした。



 ◇◆◇



 ――そして、現在に至る。


 渾身の一撃は驚異的な反射速度によって翳された大剣で防がれてしまったが、その衝撃でワーライガーを吹き飛ばすことには成功。

 何とかギリギリで、ユイナが殺される前に辿り着くことができた。


「アレン、くん……?」


 後ろからは、困惑と安堵が入り混じった声が聞こえる。

 俺は振り向くと、ユイナのそばに近づき、彼女の傷に手を添えた。


「待たせて悪い……ヒール」


「あっ……」


 俺の方が彼女よりレベルが高いおかげか、他者であってもヒールの効果は十分に発揮され、見る見るうちに傷が癒えていく。

 ユイナはそれを見たホッとした表情を浮かべた後、慌てた様子で口を開いた。


「ど、どうしてアレンくんがここに……?」


「ユイナとパーティーを組んでいた二人から助けを求められたんだ」


「そ、そうなんだ……っ!」


 会話の途中、ユイナが目を見開く。

 肩越しに後ろを向くと、そこにはジリジリと大剣の切っ先を地面に当てながら、こちらに歩いてくるワーライガーの姿があった。


「ヴルゥゥゥゥゥ」


 俺から攻撃を受けたことが気に食わなかったのか、唸り声を上げると共に、獰猛な牙を剥き出しにしている。

 明らかな殺意がそこにはあった。


「……まあ、今のじゃ通用しないか」


 大剣で防がれた時点で分かっていたことだが……やはり俺のレベルとジョブでは、真正面からダメージを与えることができないらしい。

 それだけの差が、俺とワーライガーの間には存在していた。


 そのことをユイナも理解したのだろう。

 彼女は震える声で告げる。


「ご、ごめんなさい……私のせいで、アレンくんを巻き込んで……」


「いや、それは俺のセリフだ」


「……え?」


 そもそも俺がいなければ、ルクシアがダンジョン実習にやってくることも、ユイナがピンチになることもなかった。

 その状況を生み出してしまった俺にできることはただ一つ。


 全ての責任を負い――この強敵を打ち倒すことだけ。


「……ふぅ」


 正直、恐怖はある。 

 俺のレベルが23なのに対し、ワーライガーのレベルは35。

 もし俺のジョブが【ヒーラー】でなかったとしても、まともに戦うのは避けるべき格上だ。


 俺は主人公グレイじゃない。

 主人公補正なんて持ってないし、ピンチに都合よく覚醒だってできない。

 ただ積み上げてきたものをぶつけることでしか、強敵と渡り合う術はない。


「だけど、それでいい」


 そのための準備ならしてきた。

 日々の鍛錬に、ゲーム知識の応用――そして最弱ヒーラーの俺が最強に至るためのピースだって手に入れた。


 俺は右手に黒の短剣――【ナイトブリンガー】を。

 左手に白の短剣――【エンチャント・ナイフ】を構え、ワーライガーと対峙した。


 今この瞬間、俺はアレン可能性さいきょうを証明する。




「――――いくぞ」


「ッ、ヴァァァァアアアアア!」




 かくして、俺とワーライガーの死闘が幕を開けた。



――――――――――――――――――――


 ワーライガー

 レベル:35

 ・強靭な筋力と獰猛さが特徴。毛皮は非常に硬質で、並の攻撃では傷一つ与えることができない。

 ※特殊なスキルを有しているため、ソロ討伐は推奨されていません。


――――――――――――――――――――


 アレン・クロード

 性別:男性

 年齢:15歳

 ジョブ:【ヒーラー】

 ジョブレベル:2


 レベル:23

 HP:1948/1760(+188)

 MP:579/540(+72)

 攻撃力:235(+35)

 防御力:191(+22)

 速 度:225(+31)

 知 力:312(+42)

 器 用:196(+25)

 幸 運:221(+29)


 ジョブスキル:ヒールLV6、ディスペルLV1

 汎用スキル:ファイアボールLV4、ウォーターアローLV1、瞬刃しゅんじんLV3


――――――――――――――――――――


【エンチャント・ナイフ】

 攻撃力:+60

 効果:自身の発動した魔法を内部に封じ込め、意図的なタイミングで発動可能。


――――――――――――――――――――


【ナイトブリンガー】

 攻撃力:+90

 効果:敵の防御力を100%貫通する一撃を与えることができ、代償として敵に闇属性が付与される。人間や魔族、一部の魔物には効果がない。

 ※闇属性を付与された魔物は火・水・土・風および無の属性攻撃に強い耐性を持つため、ご注意ください。攻撃を与えるたびに貫通値は減少していき、敵の闇属性が強化されていくので、長期戦での運用は推奨されていません。


――――――――――――――――――――



――――――――――――――――――――――――――――


どうしてもまとめて読んでほしかったので、今回と次回はかなり長くなっています。

今回は通常の2倍以上で、次回は3倍近い分量。

全力を込めて執筆したので、どうか更新をお待ちください。


次回『第36話 モブヒーラーの戦い』

本日の12時に投稿予定です。

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