第36話 モブヒーラーの戦い

 俺とワーライガーの戦いの火蓋が切られる。

 初手を掴んだのはワーライガーだった。


「ヴァァァァァ!」


「――――――」


 ワーライガーは馬鹿げた身体能力に頼った猛攻で、大剣を力強く振るってくる。

 その度に大気を揺らし、ゴウッと爆音を鳴らしていた。


「くっ!」


 ワーライガーの特徴は何といってもその膂力であり、速度が秀でているという訳ではない。

 そのため、辛うじてとはいえ全てを回避できているのだが……そんなことなどお構いなしと言わんばかりに、風圧だけで押し切られてしまいそうだった。

 事実として、風切りによって斬撃の衝撃波が届き、俺の体には切り傷が刻まれていく一方。

 一応、ヒールを使えば回復させられるが、そうするだけの余裕はない。


(致命傷以外は無視でいい。今は、敵が隙を作る瞬間を見逃すな!)


 その直後だった。

 ワーライガーが強引に振るった大剣が横にずれ、敵の右脇が空く。

 俺は流れに身を任せるように左手に持つエンチャント・ナイフを振るうが、ガンッ! という鈍い音と共に弾かれてしまう。

 ワーライガーの毛皮は硬く、ただの斬撃では通じないことの証明だった。


「……ヴィィィ」


 俺の攻撃力が、自分にダメージを与える水準に達していないと分かったのか、ワーライガーが意地の悪い笑みを浮かべる。


 しかし俺に動揺はなかった。

 今のはあくまで様子見。

 本命はこっちだと、右手に持ったナイトブリンガーを振るう。


「――瞬刃!」


「ッ!? ヴァァァアアア!」


 スキル発動と共に放たれた黒い刃が、今度は深くその皮膚を切り裂く。

 血が噴き出し、ワーライガーは痛みに叫び声を上げた。

 俺を見ながら、なぜこんな矮小な存在にやられたか、理解できないとばかりの表情を浮かべていた。


(――よし、いける!)


 俺は手応えを感じると共に、ナイトブリンガーの情報ステータスを確認する。


――――――――――――――――――――


【ナイトブリンガー】

 攻撃力:+90

 効果:敵の防御力を100%貫通する一撃を与えることができ、代償として敵に闇属性が付与される。人間や魔族、一部の魔物には効果がない。


――――――――――――――――――――


 【ナイトブリンガー】。

 その効果は敵の防御力を100%無視する、防御不可の短剣。

 振るう回数が増えるほど効果は減衰していくが、少なくとも一振り目については大ダメージを与えることができる。


 そんな見るからに強力な効果を持つ短剣だが、『ダンアカ』において、この武器には大きなデメリットが存在していた。


「……ヴゥゥゥゥ」


 その時だった。

 斬撃を浴びた箇所を起点とし、ワーライガーの全身に黒い紋様が浮かび上がった。

 直後、ワーライガーは高揚するように雄叫びを上げる。


「ヴァァァアアアアア!」


 ――恐らく今、ヤツは全能感を抱いているのだろう。


 ナイトブリンガーで攻撃を与えた際、敵には闇属性が付与される。

 そして既に知っての通り、闇属性の持ち主は、それ以外の基本属性に対して有利を取ることができる。

 ダメージを与えるほどその倍率は上がっていくため、貫通力の減衰とあわせ、ナイトブリンガーで戦えば戦うほど、実質的に魔物が強力になってしまうのだ。

 そのため『ダンアカ』では一部の雑魚モンスターを殲滅する時など、限られた短期決戦の場面でしか使われず、無用の長物と化してしまっていた。


 だけど、アレンに限っては違う――


「ヴァァアアア!」


「――!」


 再び叫び声を上げ、襲ってくるワーライガー。

 俺は攻撃をかいくぐりながら、「ヒール」と唱える。

 直後、淡い光は俺やワーライガーではなく、エンチャント・ナイフに吸い込まれていった。


――――――――――――――――――――


【エンチャント・ナイフ】

 攻撃力:+60

 効果:自身の発動した魔法を内部に封じ込め、意図的なタイミングで発動可能。


――――――――――――――――――――


 そしてその流れのまま、俺はワーライガーの傷跡をなぞるように、エンチャント・ナイフを振るい――


放出リブレート!」


 そう叫ぶ。

 すると次の瞬間、


「ヴゥッ!? ァァァァァ!?!?!?」


 ワーライガーは動きを止め、を上げた。


 それを見た俺は笑みを深める。


(――――成功だ!)


 これが今、俺の狙っていたこと。

 いや、そもそも隠し部屋を攻略してまで、ナイトブリンガーとエンチャント・ナイフを欲した理由だった。


 ナイトブリンガーの最大のデメリットでもある、闇属性の付与。

 しかしそれは俺が――ヒーラーが使用した場合のみ、逆に大きなメリットとなるのだ。


 まず、今のように防御力貫通を利用しダメージを加え、敵に闇属性を付与。

 さらにエンチャント・ナイフを活用すれば、敵に手を当てて詠唱する時間を稼がなくても、実質的にノータイムでヒールを叩き込むことができる。

 知っての通り、闇属性の相手にヒールを発動すると攻撃魔法となり、そのダメージは敵の実力に依存。

 すなわち――最弱ヒーラーが格上を倒すための、最強の武器になる!


「ヴゥゥゥゥゥ!!!」


「――――――!」


 ワーライガーの纏う気配が、魔力が、威圧感が膨れ上がる。

 鋭い眼光が、明確に俺を敵と見定めていた。

 それはつまり、俺を弱者ではなく強者ライバルと認めた証。


(――ここからが本番だ)


 俺はまだ、格上に打ち勝つ手段を手に入れただけ。

 今のはワーライガーの油断をついて命中させた攻撃に過ぎない。

 ここからは警戒される中、敵の攻撃を躱しダメージを与える必要がある。


 苦戦は必至だろう。 

 ――それでも、覚悟ならとうにできている。


「――――」


「――――」


 言葉を交わすことなく、俺とワーライガーは同時に地面を蹴る。

 剛腕を誇る獣の脅威をかいくぐりながら、俺はさらに斬撃を浴びせていった――



 ◇◆◇



「…………すごい」


 ――その一方。

 ユイナ・ネルソンは、ただただ目の前の光景に圧倒されていた。


 アレンが助けに来てくれたことに喜び、安堵したのはほんの一瞬のこと。

 ワーライガーとの戦いに巻き込んでしまった申し訳なさと、【バッファー】にもかかわらず魔力切れで支援ができない自分への情けなさ。

 本当は戦いが始まってすぐにでも、自分を置いて、アレンだけでも逃げてほしいと言うつもりだった。


 しかし、そんな気持ちはすぐに消え去ることとなった。

 それほどまでにアレンの戦う姿は勇ましく――そして、ユイナの視線を釘付けにしてしまったから。


 アレンがEクラスの中でも飛びぬけた実力者であることは、昨夜の鍛錬場で知った。

 しかしあの魔物は、それだけで勝てるような敵ではない。

 現に、大剣を直接喰らったわけでもないのに、恐ろしい勢いで彼の身には傷が刻まれていく。


 ――にもかかわらず、アレンは二振りの短剣を駆使し、怒涛の勢いでワーライガーにダメージを浴びせてみせていた。


「………………」


 正直、今アレンが何をしているのかも、その強さの理由も分からない。

 自分にできるのはただ、その戦いを見届けることだけ。


 不思議と、恐れはなかった。

 敵よりもはるかに小さいはずのその背中が、ユイナには誰よりも大きく見えたから。

 だから、


「……勝って、アレンくん」


 両手を組み、ユイナはただその結末を祈る。

 そんな彼女の言葉に応じるように、アレンの猛攻は激しさを増していった――



 ◇◆◇



「ヴァァァァァ!」


 戦闘が開始してから、早数分。

 度重なるナイトブリンガーとヒールによる攻撃を浴び続け、ワーライガーの体には明らかにダメージが蓄積していた。


 強化された闇属性の肉体に、ヒールは最大の弱点。

 内側から傷が刻まれているのか、戦闘当初の姿からは最早かけ離れている。


 とはいえ、それでも決して勝勢になった訳ではない。

 幾度となくナイトブリンガーを浴びせたことで既に貫通値は0となってしまい、今の攻撃手段はエンチャント・ナイフによるヒールしかない。

 しかしそうなると、ワーライガーは既に傷を負った部分だけを守り始め、なかなかその防御を潜り抜けられないでいた。


 さらに、ダメージが蓄積しているとはいえ、ワーライガーの馬鹿げた身体能力で振るわれる大剣は一撃で大勢を逆転させるほどの脅威。

 ゲームで見た行動パターンと照らし合わせることで辛うじて回避しつつ、俺は何とか隙を窺っていた。


(軽くでいい。あと数発ヒールを浴びせれば、それで倒せるはずだ……!)


 ほんの少し、勝利への未来を想起した――次の瞬間だった。


「ヴァァァ!」


「――なっ!」


 ワーライガーはその場で、突如として左足を大きく振り上げた。

 ゲームでは見たことのない動きに困惑する俺の前で、ヤツは足裏で押し出すような形で地面を力強く蹴りつける。

 ワーライガーの体重と膂力から放たれる攻撃ともなれば、武器を使わずとも大火力を有する。

 結果、地面が大きく振動し、俺はぐらりと体勢を崩した。


「――ヴァァ」


 そんな俺を見たワーライガーが笑みを浮かべる。


(そうか! ヤツの狙いは、俺の動きを阻害すること――)


 ここまでは体格差を利用し、細かい足捌きで立ち回ることで、ワーライガーの動きを躱していた。

 しかし今、その利点が潰される。

 となると、次に待っているのは――


「ヴァァァァァ!」


「――――」


 蹴りつけた前足を、そのまま踏み込みに。

 ワーライガーは両腕で高く大剣を構えると、そのまま俺めがけて振り下ろしてきた。


「くぅ!」


 俺は寸前で二振りの短剣を翳す。

 しかしその程度で耐えきれるはずもなく――直撃こそ防いだものの、そのまま俺は勢いよく背中から地面に叩きつけられた。


「がはっ!」


 衝撃と激痛。

 かろうじて短剣を突破はさせなかったものの、大ダメージは免れなかったらしく、恐らく何本かの骨が砕けた。

 左腕もまともには動かず、HPが残り3割を切っているのが視界の端に見える。


 さらに、絶望は続く。

 ワーライガーは俺を大剣で抑え込んだまま、大きく口を開けた。


(これはまさか……まずい!)


 ヤツの狙いを理解した俺が動き出すよりも早く、は降り注いだ。




「ヴァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」




 放たれる咆哮。

 それを真正面から受けた俺の体はビリビリと痺れ、身動きが取れなくなる。


(やっぱり……【獣の咆哮ハウリング】か!)


 ワーライガーが使う唯一のスキル、【獣の咆哮ハウリング】。

 至近距離から全力の咆哮を浴びせることで、敵を麻痺スタン状態にする非常に厄介な攻撃だ。


 『ダンアカ』では麻痺スタン状態になるとまともに動くことはできず、アイテムも使用できなくなってしまうため、他のパーティーメンバーに助けてもらうしか対処法が存在しない。

 そのため【獣の咆哮ハウリング】を持つワーライガーは、ソロで戦ってはいけない魔物の筆頭だった。


「アレンくん!」


 後ろからは、ユイナの焦るような声が聞こえる。

 そうしている間にもワーライガーは再び大剣を高く構え、無防備な俺に振り下ろそうとしていた。


「――――――――」


 不思議とゆったりと流れる光景の中、俺は思考する。


 どうしてこんな窮地になったのだろうか。

 油断した?

 いや、違う。これが単純な実力差。

 ワーライガー相手に圧倒できるだけの力が、俺になかっただけだ。


 もし俺が主人公だったら。

 誰かを助けに颯爽と現れたその戦いで苦戦することなんてなく、かっこよく勝利を掴んでいたことだろう。

 だけど、




 ――――




 醜くても、情けなくても構わない。

 勝利さえ掴めるのなら、他の何もいらない。

 それが運命に選ばれなかった、モブの戦い方。


 ――だから!


「ディスペル」


 ヒーラーだけが使える状態異常解除の魔法――【ディスペル】を唱え、麻痺状態を解除。

 そのまま紙一重のタイミングで横に飛び退く。


「――――ヴゥ!?」


 まさかあそこから動けるとは思っていなかったのだろう。

 ワーライガーは戸惑いながらも大剣を振り下ろし、俺がいなくなった地面に力強く叩きつけた。

 そのまま切っ先が地面に埋まり、刀身にピシリとヒビが入る。


(トドメを与えるなら、ここしかない!)


 激震が響く中、俺は左腕を上げようとして――このままではまともに動けないことを悟った。

 なら、


「ヒール!」


 自身の左肩を瞬時に治療し、何とか動ける状態にする。

 あとはここから、もう一度ヒールを浴びせてやれば――


「ヴォォォォオオオオオオ!」


 ――しかし、ワーライガーは諦めない。

 地面に埋まった刃を抜き、そのまま薙ぐようにして俺へと大剣を振るってきた。

 回避を試みる? ――いや、違う!


「ファイアボール――ヒール――瞬刃」


 俺はすぐさま、持ちうるスキルを重ね合わせた。

 強化した全力のファイアボールをエンチャント・ナイフに付与し、瞬刃による高速の斬撃を放つ。

 そして大剣を触れるその瞬間、俺は告げた。


放出リブレート!」


「ガァァァアアアアア!」


 それはいわば、加速する爆炎の斬撃。

 俺の全てを使った全身全霊の一撃と、ワーライガーの大剣が接触した。

 直後、骨の芯まで響くほどの衝撃と、耳をつんざくような爆音が鳴り響き――


「「――――――!」」


 次の瞬間、度重なる強引な使用でヒビが入っていたワーライガーの大剣は中心から粉々に砕け、治療したばかりの俺の左腕は衝撃に耐え切れず後方へと弾き返される。

 その拍子に、エンチャント・ナイフも手から零れていった。


 残された俺の武器は、もはや貫通効果を失ったナイトブリンガーのみ。

 武器がなくとも強靭な肉体を持つワーライガーには通用しない。


 ――だけど、問題はなかった。

 ここまで来たら、


「――はぁッ!」


「!?」


 俺はナイトブリンガーを、ワーライガーの頭部に向けて投擲する。

 ダメージを与えたいわけではなく、目的はただの目くらまし。

 その狙いは的中したのか、ワーライガーは一瞬、そちらに気を取られ――


 その時にはもう、俺は右手をワーライガーの腹部に添えていた。



「――――――」


「――――――」



 刹那、俺とワーライガーの視線が交差する。

 ヤツは危険を察したように、懐にいる俺めがけて拳を振り下ろそうとした。


 だけど、もう遅い。

 既に、俺は全ての準備を終えていた。

 この体にある魔力を全て、使い果たす覚悟で――俺は告げた。






「――――――ヒールッッッッッ!!!」






 ――それが、最後の攻撃になった。

 ヒールの発動と同時に、ワーライガーの内側から体が崩壊していく音がする。


「……ァ、ァァァァァ」


 ヤツは振り下ろそうとしていた拳を止めると、断末魔を上げながらゆっくりと崩れていく。

 数秒後、ワーライガーは光の粒子となり、魔石だけを残して消え去った。


「…………ふぅ」


 次々と、レベルアップやスキルレベル上昇を告げるシステム音が脳内に響き渡る。

 それはつまり、俺がワーライガーを完全に倒した証明でもあった。


 重たい体を引きずるようにして振り向いた俺は、そこにいるユイナに向けて笑みを浮かべ――



「終わったぞ、ユイナ」



 ――そう、告げるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――


【後書きと、大切なお願い】


激闘決着。

バフォール戦のような最後の一撃だけではなく、最初から最後までアレンだけで格上を倒す初めての戦いでした。

モブとして、ヒーラーとして、どんな風にアレンの戦いを書けば面白くなるか試行錯誤しつつ全力で仕上げたものがこちらになります。

もし少しでも「面白かった」「熱かった」と思っていただけたら、全力で執筆した私としても作者冥利に尽きます。



そしてここで一つ、大切なお願いがございます。

本作最大のバトルが終わったこのタイミングで、本作に対して少しでも「面白い」「応援したい」「もっと続きを読みたい」と思っていただけたなら、


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この二つを行い、どうか本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がればより多くの読者様に本作を見つけて読んでいただくことができ、それが私の執筆するモチベーションにも繋がります。

ここ数日、怒涛の連続投稿ができたのも、皆様の応援があったおかげです!

もちろん上記の二つだけでなく、応援コメントや♡での応援、レビューについてはコメント付きで頂けたりしたら、泣いて喜びます!


皆様の応援が、作者にとって大きな励みになっています。

恐らく、皆様が思う数千倍に!

ですので、どうかよろしくお願いいたします!

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