第34話 視線の先【ユイナ視点】
順調に第2階層の探索を進めるユイナたち。
もうすぐ一時間が経過しようとしたその時、突如として
ドシン、ドシンと。
重々しい音を鳴らしながら、何かが近付いてくる。
「これは……」
まるで地響きのような音に、ユイナは固唾を呑む。
いったい何がやってくるのか、警戒した次の瞬間だった。
「ヴルァァァアアアアアア!」
「「「――――――!」」」
獰猛な咆哮が通路に響き渡る。
そうして姿を現したのは、2メートル50センチほどの異形の怪物。
獅子と虎が混ざったような顔を持つ人型の獣が、ゆっくりとその巨体を現した。
手には歪な形をした大剣が握られており、放たれる威圧感からして、間違ってもこのダンジョンで遭遇していい敵ではない。
その全容を見上げ、ユイナは戦慄と共に目を見開いた。
(そんな……まさか、ワーライガー!?)
昔、魔物図鑑で見たその姿を思い出し、ユイナの背筋が凍る。
ワーライガー。力と獰猛さを兼ね備えた非常に強力な魔物。
レベルは最低でも25……いや、このサイズだと30レベル以上は間違いない。
「なんでここに、こんな化け物が……?」
「ありえません!」
前に立つ友人二人の声が震えている。
それも当然だろう。
あまりの威圧感に圧倒され、震える足は逃げることすら許してくれない。
しかしそんなユイナたちをただ見逃してくれるわけもなく、ワーライガーは獲物を見つけたとばかりに鋭い眼光を向けてくる。
(このままじゃダメだよ!)
そんな中、いの一番に動いたのはユイナだった。
「ウィングアップ!」
勇気を振り絞り、自分を含めた全員に風属性の強化魔法【ウィングアップ】を発動した。
速度上昇の魔法であり、倍率は下がるとはいえ仲間にも最低限の効果がある。
「二人とも、逃げよう!」
「う、うん!」
「早く上層に行って、先生に助けを!」
二人はようやく状況を呑み込んだのか、ユイナの指示に従う。
しかし、次の瞬間だった。
ワーライガーは鋭い眼光を揺らし、前衛の二人――ではなく、後衛のユイナに迫ってくる。
「ユイナ!」
「――――!」
大きく振り上げられた大剣を見て、ユイナは反射的に飛び退いた。
紙一重で回避に成功すると、その直後、轟音と共に背後の壁が粉々に破壊されてガラガラと崩れ落ちる。
(一瞬でも遅れていたら、今ごろ私は……)
粉々になった破片を見て、冷や汗を流すユイナ。
そんな彼女の前では、
「何で、私たちじゃなくてユイナに……」
「こっちを向いてください!」
二人は勇気を振り絞り、そう叫ぶ。
後衛職のユイナが躱し続けることは不可能だと分かっていたからだろう。
だが、ワーライガーはユイナから視線を外さない。
まるで真っ先に倒すべき対象と定めているように。
体中から放たれる威圧により、二人から仕掛けることもできなかった。
(そういえば……)
そこでユイナは思い出す。
支援職が不遇とされるもう一つの理由。
それは、魔物の攻撃対象になりやすいということ。
他者を支援するはずの者たちが真っ先に狙われ、彼らを無理に守ろうとすれば陣形が瓦解。
そうして全滅したパーティーが過去に幾つもあると聞いたことがあった。
そもそもこの魔物は、全員でかかったところで勝ち目などない。
一人でも多く逃げられるかが重要なのだ。
だけど、このままだと全滅は免れない――
(――っ、そうだ!)
瞬間、脳裏に浮かんだのは突拍子の無い方法。
しかし、それ以上の良案は思いつかなかった。
(……勇気を、出すんだ!)
ユイナは決意を固め、ワーライガーの注意を引き付けたままその場から離れる。
「ユイナ!?」
「どこに行くつもりですか!」
「二人は先に逃げて! 私は、この魔物を引き付ける!」
無茶だと叫ぶ二人。
だが、ユイナにはある作戦があった。
(確かにこのままだと、私が一瞬でやられて、すぐに二人の元に向かってしまう――けど、
ユイナは急いで近くの小広間に逃げ込んだ。
「ヴァァァ!!!」
するとワーライガーは大剣を振るい、壁を破壊しながら入ってくる。
まるで、袋小路のネズミを追い詰めるように獰猛な牙を剥き出しにする魔物。
だけど、ユイナに戸惑いはなかった。
なぜなら――
『ダンジョンは常識が通用しないことも多く、様々な厄介なギミックを孕んでいる。落とし穴や石針といったシンプルな罠はもちろん、魔物が大量発生する魔力溜まりや、高難易度の階層まで強制的に移動させられる転移魔法陣まで、その内容は多岐にわたる』
――先ほど、リオンが告げていた言葉を思い出す。
ここに本来なら避けなければならない罠――『転移魔法陣』があると説明していたのだ。
リオンいわく行先は下層のうちランダムらしいが、転移先の環境次第では――たとえば大型の魔物は満足に動けない場所などに転移すれば、時間を稼ぐことができるかもしれない。
そこで助けが来るまで待てば、まだ生き残れる可能性はある。
「二人は逃げて!」
そう叫んだ次の瞬間、小広間に光が満ちる。
そして気が付いた時にはもう、ユイナとワーライガーは別の空間に転移していた。
一抹の期待をかけて目を開くユイナ。
しかし、
「ギィィィィ」
「バウッ!」
「ガルゥゥゥ」
ユイナを絶望のどん底に叩き落とすかのように、転移先で待ち受けていたのは魔力溜まりだった。
スケルトンナイト、オーク、レッドファングなど、15レベル前後の魔物が大量に存在し、突如として現れたユイナとワーライガーを興味深そうに見つめている。
しかも岩壁に囲まれ通路が見当たらず、逃げ出す先すら見つからない。
「そんな……」
絶望しつつ杖を構えようとするも、ドッと体が重たくなる。
一時間の探索と、先ほどの強化魔法によって魔力が尽きたのだ。
「ガァァァ!」
「っ、きゃぁっ!」
思考する間もなく、ワーライガーが接近と共に大剣を振り下ろす。
なんとか後ろに下がるも、大地を砕く衝撃で放たれた石の破片がユイナに命中し、彼女の体を弾き飛ばした。
そのまま勢いよく、背中から壁に衝突する。
「がっ!」
全身に襲い掛かる激しい痛み。
HPは今ので半分を切り、MPに至っては限界を迎えていた。
「ヴァァァァァアアア!」
「バウッ!」「ギィィ!」「シュー!」
不幸中の幸いは、元々ここにいた魔物たちがワーライガーを襲撃者と定めたこと。
既に息も絶え絶えなユイナを放置し、ワーライガーと魔物たちが戦い始めた。
しかし、それもほんの数分で終わる。
呆気なく大量の魔物を蹴散らした
(ここで、終わりなのかな……)
稼げた時間は、ほんの数分。
これでは助けなどまず間に合わない。
ここで自分は殺されてしまうのだろう。
(私、がんばったよね?)
きっと、あの二人は無事に逃げ切れたはず。
それだけでも、自分が勇気を出した甲斐があったと思いたい。
だけど、本当は……
「いやだ、死にたくないよ……」
アカデミーに通う以上、いつか危険な目に遭うことは覚悟していた。
だけどここまで呆気なく訪れるだなんて、想像もできなかった。
近付くワーライガー。
ユイナは目を閉じ、無駄だと分かった上で、それでもなお縋るようにして叫ぶ。
「誰か、助けて……!」
彼女の言葉は、虚しくも空高く搔き消えていき――――
「ああ、任せろ」
――――その声は、絶望の闇を切り裂くように響いた。
(――……え?)
遅れて、鼓膜を震わせたのは強烈な衝撃音と、ワーライガーのうめき声。
いったい何が。
困惑したまま目を見開いたユイナは、視線の先に
「……うそ……」
信じられない光景に、ユイナは目を疑った。
なぜなら、そこには確かに、ここにいるはずのない彼が――
白と黒の二振りの短剣を手に、アレン・クロードが立っていた。
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