第33話 隣にいた君【ユイナ視点】
ユイナ・ネルソンは、平凡な田舎町出身の少女である。
『ダンジョン・アカデミア』では同じモブクラスメイトであるアレンと比べても悲しい境遇があるわけではなく、優しい家族に囲まれて健やかに成長した。
同年代に比べて早くにジョブを獲得した彼女は、ごく自然な流れでステラアカデミー入学を志した。
町へやってきて、魔物を倒してくれる騎士や魔導士に憧れていたからだ。
それだって、アカデミー生としてはありきたりな動機だった。
周囲からは、支援職が入学するのは難しいだろうと言われていたが、それでも折れることなく受験。
結果、見事にユイナはステラアカデミー合格を果たした。
(やった! やっぱり支援職にだって、できることはあるはずだよ)
そう意気込み入学したユイナだったが、彼女はすぐに現実を知ることになる。
寮にやって来てから入学当日までの間に、同じ新入生の人たちと交流する機会があった。
そこでユイナは、自分の実力が周囲より遥かに劣っていることを知る。
彼らは自分一人の力で戦う術を持っており、【バッファー】のスキルを発動してようやく最低限の戦いができるユイナとは違った。
ユイナが【バッファー】だと自己紹介すると、周囲から向けられるのは決まって驚きと、少しだけ蔑むような視線。
それでもと、ユイナは首を横に振る。
(ううん。私だってアカデミーに合格できたんだから、自信を持たなくちゃ!)
しかし入学式当日、彼女は再び現実を知る。
最下層のEクラスに所属する彼女が座る席は、窓際の後ろから三番目
つまりユイナの成績は、合格した150人中、下から三番目の148位。
それも筆記試験で高得点を取れたことによってのもので、単純な実力だけなら不合格になった者たちより低いことが分かった。
(本当に、やって行けるのかな……)
入学早々、不安を抱いてしまう。
そんなユイナだが、クラスに一人、気になった存在がいた。
それはユイナと同じ支援職で、彼女より一つ成績が低い【ヒーラー】の少年――アレン・クロード。
周囲のクラスメイトが、ジョブをもたないグレイに注目する中、ユイナの興味は自分と同じ境遇の彼に向けられていた。
だから、
「あの、アレンくん。少しいいかな?」
翌日の放課後、鍛錬場にて。
ユイナは勇気を出してアレンに話しかけた。
どうやら彼も同じ支援職としてユイナに興味を持っていたようで(それを確認する途中、ある勘違いで恥ずかしくなるようなこともあったが)、すごく話が弾んだ。
不思議とアレンには、話していて落ち着く何かがあった。
自分と同じ支援職だから? いや、きっと違う。
(アレンくんは……私と違う何かを持っている気がする)
その感想は、日々を過ごす中で徐々に大きくなっていった。
毎日、授業や放課後の訓練で力不足を痛感し続けるユイナ。
対して、アレンは違った。
決して授業で優れた成績を残せているわけでもなく、放課後に至っては鍛錬場にも来ない。
クラスメイトはそんなアレンを魔導図書館で見つけ、強くなることを諦めたんじゃないかと噂し始める始末。
しかしそんな噂の中(そもそも知らない可能性もあるが)、アレンは挫けることなく――それどころか、充実しているようにすら見えた。
(どうして、アレンくんはそんなに真っ直ぐでいられるんだろう)
自分が周囲より劣っている事実が、悔しくはないのだろうか。
周囲に対しては笑顔を見せても、自室では泣きだしそうになったりはしないのだろうか。
そんな疑問が、日に日に積み重なっていく。
しかし、ダンジョン実習を翌日に迎えた夜遅くのこと。
ユイナは、
「ふぅ。見つかってよかった……あれ?」
教室に置かれた忘れ物を回収したユイナはその帰り道、Eクラス用の鍛錬場の前を歩くと、光が灯っているのに気付いた。
こんな時間だというのに、まだ残っている人がいるのだろうか?
そう疑問に思い、彼女はゆっくりと中を覗く。
「――――!」
そして、驚きに目を見開いた。
そこにいたのはアレンだった。
彼はだだっ広い鍛錬場の中、ただ一人で『不死人形』相手に訓練をしていた。
「瞬刃! ファイアボール!」
放たれる攻撃は、授業の彼からは考えられないほどに鋭く、力強い。
少なくとも、Eクラスの中では最上位に入るだろう。
衝撃を受けるユイナ。
しかし、彼女にとっての本当の衝撃は、その次にあった。
「ふぅ。ダメージが溜まって来たな……それじゃ、ヒール」
「!?」
アレンがヒールを使うと、『不死人形』の傷が見る見るうちに治っていく。
それを見届けたアレンは再び攻撃を仕掛けていった。
(『不死人形』相手に、そんなヒールの使い方があるなんて……だけど、どうしてわざわざ、こんな夜遅くにたった一人で……)
その時、ユイナの脳裏に二週間前のやりとりがフラッシュバックする。
『皆、同じ条件で努力しようとしてるのに……自分だけ得しようだなんてひどいよ。ね、アレンくん?』
Aクラスの者たちが『不死人形』を奪い取りにやってきた時、
それを思い出したユイナは、ふるふると頭を左右に振った。
(そ、そうだよね。こんなこと周囲にバレたら何を思われるか分からないし……アレンくんが困ること、言っちゃってたかも)
実際のところ、ユイナが批判したかったのは他人から『不死人形』を奪い取ろうとする卑劣さであり、自分の力を活用して努力すること自体は否定しない。
それどころか、普通なら不遇職と言われている【ヒーラー】のジョブを活かして努力するアレンが素晴らしくすら見えた。
同時に、これまで抱いていた疑問についても腑に落ちる。
(そっか。そりゃ、あれだけの才能と実力があるんだもん。私みたいに落ち込んだりしないよね……)
それを理解した瞬間、胸中に沸いたのは少しの寂寥感。
ユイナはこれまで、アレンのことを勝手に同類だと思っていた。
しかし本当は違った。
彼は自分なんかより、最初からすごい才能を持った人だった。
(……すごいな、アレンくんは)
そんな感想を抱きつつ、ユイナはそのままアレンの特訓を眺め続け――
「いつまで、続けるの……?」
――新たに、そんな疑問を抱いた。
最初はただ、ヒールを活用して特訓するアレンの知恵に感心し、強さに圧倒されただけだった。
しかし一時間、二時間と、ポーションも活用しながらひたすらに特訓を続けるアレンを見て、それらの感情は徐々に畏怖へと塗り替えられていく。
ユイナがここに来るまでも、彼は特訓をしていたはず。
それを含めたら果たして、何時間続けているのだろうか。
(それにきっと、今日だけじゃなく毎日……だよね)
震える足を堪え、汗をぬぐい、苦しそうな表情を浮かべながらも剣を振るい、魔法を撃ち続けるアレン。
そこに普段の飄々とした姿はなく、ただ目標に向けて邁進する姿があった。
そのことに気付いた瞬間、ユイナの顔に熱が昇る。
(何で勘違いしていたんだろう。アレンくんがすごいのは才能があるからじゃなく
て、アレだけの努力を積み重ねているから。なのに私は、まだ何もしていないのに落ち込んだりして……自分が恥ずかしいよ)
支援職だからと、才能がないからと落ち込むには早すぎる。
自分と同じ立場であるはずの彼は、愚痴の一つ零すことなく努力を続けている。
(だったら私も、せめて彼に負けないくらい頑張らなくちゃ――)
そう意気込み、立ち上がろうとした瞬間だった。
ガシャッ
「――!」
立ち上がる拍子に扉にぶつかってしまい、物音が鳴る。
このままだとアレンに気付かれてしまうと考えたユイナは、足音を消したまま慌ててその場から離れた。
「気のせいか……?」
わずかに聞こえるアレンの声を背に受けながら、ユイナは覚悟を決め直し寮に戻るのだった。
そして翌朝、ダンジョン内実習当日。
アレンに話しかけたいはずだったのに、昨日の今日では上手く言葉にできず、ぎこちない対応になってしまった。
そうこうしているうちにダンジョン内実習が進み、自分たちだけでパーティーを組んで行動することに。
「ユイナ、一緒に行こ」
「サポート、よろしくおねがいします」
「うん、よろしくね」
ユイナは普段からよく行動を共にしている二人のクラスメイトと一緒に探索するごとに。
ふとアレンに視線を送ると、彼はルクシアと共に回るようだった。
本当は少し、アレンをパーティーに誘いたい気持ちもあるが……
「今の私じゃまだ、その資格はないよね。せめて今日、一生懸命頑張ってからじゃないと!」
「何か言った、ユイナ?」
「う、ううん。何でもないよ」
そう返し、ユイナたちの探索が始まった。
その少し先に待つ、絶望を知る由もないまま。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます