第30話 Win-Win
視線を前にやると、地面に刻まれた魔法陣が青白い光を放つ。
報酬が出現する合図だ。
数秒後、光が収まると、そこには一振りの短剣が置かれていた。
透き通るような純白の刀身が特徴的だ。
俺はその短剣を拾い上げると、すぐに
――――――――――――――――――――
【エンチャント・ナイフ】
攻撃力:+60
効果:自身の発動した魔法を内部に封じ込め、意図的なタイミングで発動可能。
――――――――――――――――――――
その説明を見て、俺はニッと笑みを零す。
(よし、ゲームで見た通りの性能だ)
このエンチャント・ナイフこそ、俺がこの『新星の迷宮』で欲しかった
事前に魔法を封じ込めておくことで戦闘中に詠唱する必要がなくなり、さらに剣技と組み合わせて発動することで相乗効果を生み出すこともできる。
剣と魔法が使える
(もっとも、ゲームじゃとある理由から外れ装備扱いだったんだが……)
そんなことを考えていると、
「ねえアレン、それが欲しかった報酬なの?」
後ろから覗き込むようにしてルクシアがやってくる。
「ああ、そうだ」
「ふぅん。どんな効果なの?」
「それはな……」
俺はルクシアに、エンチャント・ナイフが持つ効果と使用方法を伝える。
すると、彼女はキラキラと瞳を輝かせた。
「おー! それは確かに、かなり強そうな効果だね! ……あれ?」
かと思えば、すぐに何かが引っかかったのか小首を傾げる。
「確か、似たような効果のスキルってなかったっけ?」
「……【エンチャント・スペル】のことか?」
「そう、それそれ! 魔法剣士が使えるやつ!」
ルクシアの指摘は正しい。
【魔法剣士】はジョブスキルに【エンチャント・スペル】という、自身の魔法を剣に付与するスキルを有している。
つまり、このエンチャント・ナイフと同じことを素で実現可能なのだ。
エンチャント・ナイフは効果を見て分かる通り、剣と魔法を扱える者が持った時に最大限の力を発揮する。
しかし、剣と魔法を扱える者の大半は初めから【魔法剣士】系統のジョブについているため、この効果は不要なのだ。
魔法剣士以外でも、アレンのように剣や魔法を使えるキャラはいたが、そいつらに無理やり装備させるくらいなら魔法剣士を採用した方が何倍も効率的ということもあり、『ダンアカ』では外れ武器扱いだった。
(とはいえ、ここはゲームじゃない。上位互換と入れ替わることはできないし、アレンとして戦う上でなら十分役に立つはずだ)
それに――と、俺は広間の奥の壁に埋められた大きな魔石に視線を向ける。
あの先には第二の隠し部屋が存在し、そこにもある隠しアイテムが存在する。
このエンチャント・ナイフは、その隠しアイテムと組み合わせることで最大限の効果を発揮するのだ。
今はレベルが足りないため入手できないが、近いうちに必ず手に入れてみせ――
「うぅ~ん」
その時、ルクシアが凝り固まった体をほぐすように伸びをした。
その表情にはどこか、疲労感のようなものが見える。
「疲れたのか?」
「ううん、そうじゃなくて……ちょっと退屈だな〜って」
「退屈?」
続けて尋ねると、ルクシアはぐいっと身を乗り出してくる。
「そうだよ! アレンのすごいところが見れたのはよかったけど、本当は私だって戦おうと思ってたんだよ? なんだか肩透かしって感じっ」
「……なるほど」
ルクシアの言いたいことは理解できた。
とはいえコイツの実力なら、ジャイアントウルフを相手にしたって満足感は得られないと思うが。
それこそ、この先にいる第二隠しボスでもない限り――
「――っ、そうだ!」
ここでふと、俺はある良案を思いついた。
このダンジョン実習における元々の予定は、俺が単独でジャイアントウルフを討伐し、このエンチャント・ナイフを入手するところまで。
二つ目の隠しアイテムについては現状のレベルで獲得するのが難しく、今回は諦めるつもりだった。
だけど――
(今、ここにはルクシアがいる。彼女がいれば、この先の隠しボスだって簡単に倒せるんじゃないか?)
思い立ったが吉日。
物は試しと、俺はさっそくルクシアに話を持ち掛けることにした。
「ルクシア、強敵と戦いたいか?」
「そうだね、少しは体を動かさないと鈍っちゃうから」
「だったら一つ心当たりがある。実は魔導図書館の情報によるとこの奥にはもう一つ隠し部屋があって、俺が欲しいアイテムがあるんだ。入るための方法も知っている。ただそこにいるボスはさっきのより強力で、俺一人じゃ絶対に倒せない」
「っ! うんうん、それで?」
身を乗り出してくるルクシアを見て、俺は笑みを浮かべる。
とりあえず第一関門はクリア。
この調子で畳み掛けていこう。
「そこで、だ。こういうのはどうだ? 俺が隠し部屋を開けてやるから、ボスの討伐はルクシアが担当。その後、ドロップした隠しアイテムを俺が貰う。これでWin-Winだ!」
「なるほど、Win-Win! ……あれ? 何かがおかしいような……」
自然と報酬が俺の物になるよう誘導したつもりが、違和感を抱かれてしまったようだ。
まあ、普通ならボス討伐に最も貢献した者が貰うはずだからな。
しかしここだけは譲れない。
条件がおかしいことに気付かれる前に、早く動かなければ。
両人差し指をこめかみに当て「う~ん?」と考え込むルクシアを置き、俺は奥の壁に向かう。
そしてそこに埋め込まれた魔石に手を当て、あるキーワードを唱えた。
「“我、大賢者ヴァールハイトの意志を継ぐ者なり”」
すると、魔石がひと際強い輝きを放ったかと思えば、ズズズと音を立てて壁が左右に割れていく。
(よかった、成功したか)
本来の『ダンアカ』であれば、もう少しストーリーが進み、あるイベントで今の
そのイベントをクリアしていない現状の俺が言ったところでぶっちゃけ内容的には大嘘もいいところなのだが、無事に開いてくれたようでホッと胸を撫で下ろす。
ここでも前世のゲーム知識が活きた。
何はともあれ、これで準備は整った。
「ほら、行くぞルクシア」
「え? う、うん!」
今だに唸り続けるルクシアを呼び、俺たちは中に入って行くのだった。
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