第21話 稀代の天才魔法使い
グレイが前に出ると、一気に鍛錬場内の空気が変わった。
Eクラスの面々からは無謀だという視線が、ユーリの取り巻きたちからは何者かと疑うような視線が向けられる。
すると、その直後。
取り巻きの一人が、何かを思い出したように口を開く。
「こいつ……確か、入学試験で最下位だった、ジョブを持ってないって噂のグレイ・アークじゃねぇか?」
「マジか!? ってこたぁ何だ、
「力の差も分かんねぇのか? 恥ずかしい奴だな」
この段階でグレイの噂は既に広がっており、そのことを彼らは知っていた。
それを聞いた他の取り巻きたちは嘲笑うように続ける。
しかし、次々と浴びせられる罵詈雑言にも、グレイは動じることなくその場に佇んでいた。
そんなグレイを見て、ユーリは僅かに目を細める。
「……相手など、誰であろうと構わない。すぐに始めさせてもらおうか」
こうして、ユーリとグレイは決闘を行うことに。
二人は武器を木剣に持ち替えると、鍛錬場の中心で向かい合った。
俺たちはそんな二人を取り囲むようにして、ギャラリーとなる。
「ど、どうなるんだろう。大丈夫なのかな?」
横では、ユイナが心配そうにそう呟いていた。
この決闘の勝敗を知っている俺は、口を噤んで向かい合う二人を見つめる。
本格的に始まるメインイベント。
それを前に、俺は改めて自分の行動方針を整理することにした。
(まず大前提として、俺は極力、ゲームのシナリオを変えるつもりはない)
その理由は大きく分けて二つ存在する。
まず一つ目が、シナリオが本来のルートから外れてしまうと、俺のゲーム知識が活用できなくなる恐れがあるということ。
そうなると、ヒーラーのアレンが最強を目指すのはかなり難しくなる。
そしてもう一つ、こちらが本命。
『ダンアカ』は死にゲーと呼ばれるほど無理難題や過酷なイベントが多く、純粋な強さだけでは対処することができない問題が山ほど存在するのだ。
たとえば、物語後半に登場する一部のボスキャラは、特別な才能を持つグレイしか倒すことができない。
だからこそ、この世界がハッピーエンドを迎えるためには、何としてでも本来のシナリオに沿ったグレイの成長が必須となる。
(とはいえ、だ。グレイだけがいくら強くなったところで、クラスメイトが全員生存できないことは『ダンアカ』をやり込んできた俺が一番よく分かっている)
だからこそ、アレンは多くのプレイヤーから生贄にされていたわけだし……
そこで考えたのが、メインシナリオの攻略はグレイに任せ、それ以外の死亡フラグは全て俺が破壊するという方針だ。
これならアレンとして最強を目指し、生き延びるという目的とも矛盾しない。
(何はともあれ、
その過程で、グレイは数々の挫折や苦しみを味わうことになるだろう。
このチュートリアル戦もその一つだ。
現時点のユーリのレベルは30と非常に高く、グレイが勝てる可能性は皆無。
それでも、挑んでもらわないといけない。
「始めよう」
ユーリの言葉と共に、とうとう戦いの火蓋が切られた。
勝負は一方的だった。
グレイは様々な角度から攻め込むも、それがユーリに届くことはない。
防御に関してだけは、時折神がかり的な反応で回避に成功することもあったが、勝敗は火を見るより明らかだった。
グレイの動きは次第に鈍くなり、何度目かの木剣の打ち合いで、ついに膝をつく。
(((これで終わりか……)))
誰もがそう思ったであろう、まさにその瞬間だった。
「――――!」
突如として、グレイの動きが一変する。
膝をついた体勢から、まるで跳弾するように身を躍らせ、一気にユーリの懐に飛び込んだ。
その奇襲に、鍛錬場内の誰もが息を呑む。
グレイの放った一撃は、そのままユーリの懐に吸い込まれるように直撃した。
「「「なっ!?」」」
ユーリの取り巻きや、Eクラスの面々も驚愕に目を見開く。
しかし、
「軽いな」
直撃を浴びたであろうユーリはそれだけを告げ、頭上から木剣を振り下ろした。
木剣はグレイの頭部に直撃し、そのまま彼は崩れ落ちる。
気絶こそしていないものの、これでグレイの敗北は決まった。
「ま、だ……」
「止めておけ。もっとも、その震える足では立つこともできないだろうが」
冷たくそう言い放ちながらも、ユーリは心の内で思っているはずだ。
グレイが最後に放った一撃に、異質なものを感じたと。
それはつまり、
何はともあれ、勝敗は決した。
鍛錬場内が、いっそう重たい空気に包まれる。
「そんな……本当にグレイくんの『不死人形』は取られちゃうの? それにこの調子だと、他の人まで……」
不安そうに呟くユイナ。
しかし、
「いや、それなら大丈夫だ」
「――……え?」
俺は確信とともに告げる。
なにせ、このクラスにはまだ――
「雷撃」
――刹那、どこからともなく詠唱が聞こえたかと思えば、眩い雷光が鍛錬場を駆け巡る。
まるで蛇のように蠢く雷が、奥に並べられていた『不死人形』を焼き尽くしていく。
一瞬で真っ黒に染まった『不死人形』たちが、一斉にその場に崩れ落ちた。
「「「………………」」」
突然の出来事に誰もが言葉を失い、魔法の発信源を見る。
そこには、一人の少女が立っていた。
(――――そう。なにせこのクラスにはまだ、
ルクシア・フォトン。
入学試験の午前に行われる筆記試験をまるまる寝坊ですっぽかしたためEクラスに所属するも、午後の実技試験では歴代最高点を残した稀代の天才魔法使い。
彼女の才能と実力は、ユーリ・シュテルクストを――それどころか、本来なら主席としてこのアカデミーに入学していたはずのリリアナをも大いに凌駕していた。
その圧倒的な実力者が、今、全員の視線を集めている。
「ふぁ~、おはよぉ……」
全てを焼き尽くす雷を放った張本人は、自分の口元に手を当てながら、事も無げにそう告げるのだった。
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