第20話 因縁の始まり

 鍛錬場に入って来たのはユーリ・シュテルクストと、取り巻きが数人。

 いずれもAクラスに所属する生徒だった。



「おい、あれってユーリ・シュテルクストだよな? シュテルクスト家の才女として有名な……」


「他の奴らも、Aクラスのお貴族様ばかりだぞ……」


「いったい何が目的なんだ?」



 疑問を口にするEクラスの面々。

 そんな中、俺は神妙な面持ちでユーリたち一行を見つめていた。


(ようやく、シナリオが本格的に動き始めるのか)


 『ダンアカ』の一年次は、Aクラスをライバルとした成り上がりストーリーが中心に展開される。

 これは、その因縁が生まれるきっかけとなるチュートリアルイベントだ。


「ここがEクラス用の鍛錬場か。みすぼらしいな」


 鍛錬場内を見渡しながら、そう呟くユーリ。

 改めて聞いても、とは思えない口振りである。


 彼女はユーリ・シュテルクスト。ジョブは【剣士】。

 Aクラスのリーダー的存在で、入学試験の順位は次席。

 実力は高く、その代わりプライドも高い。

 将来的にある大きな挫折を味わい、それを機に心身共に成長して聖人となる、『ダンアカ』でもトップクラスに人気なヒロインだ。


 しかし現段階では、才ある貴族としての責務に縛られ、自分を高めるためには他者を顧みない傲慢なキャラとなっている。

 その分、一度主人公にデレた時の破壊力はとてつもなく――って、今はそんな話はどうでもよくて。


「な、何かご用でしょうか……?」


 ゲームを振り返っているうちに、主人公の幼なじみであり、メインヒロインの一人であるミク・アドレットが応対していた。

 ユーリは冷たい翠眼でミクを睨み、口を開く。


「端的に告げる。君たちの『不死人形』を貰い受けに来た」


「えっ? ど、どういうことですか?」


 戸惑うミクに対し、ユーリは流れるように説明する。


 『不死人形』はSランク魔物の煌血竜こうけつりゅうを素材にしていることから非常に貴重。

 生産可能数は限られており、生徒一人につき一つしか配布されない。

 しかしその事実に、Aクラスの生徒たちは不満を抱いている。

 実力がある彼らの方が与えるダメージ量が多く、『不死人形』を扱える時間が短いという理由からだ。


 ユーリが一通りの説明を終えると、取り巻きの一人が前に出て、乱暴な物言いで告げる。


「だーかーら! せっかくの貴重なアイテムを、オレ達エリートが大切に使ってやろうって言ってるんだよ。オレたちなら二つ三つあっても足りねぇくらいだが、テメェらみたいな平民の落ちこぼれが使うにゃ勿体ないだろ?」


 その発言を聞き、生徒たちから批判的な声が飛ぶ。



「俺たちから『不死人形』を奪うつもりか!?」


「横暴だ!」


「誰が渡すかよ! これは俺たちの物だ!」



 すると、そんな彼らに続くように、隣にいるユイナも納得いかない様子で呟く。


「皆、同じ条件で努力しようとしてるのに……自分だけ得しようだなんてひどいよ。ね、アレンくん?」


「……ああ、まったくだ」


 そう返しつつ、俺はさりげなく自分の『不死人形』を後ろに隠す。

 さすがにこの流れで、俺の裏技チートがバレるわけにはいかないし――


「ハッ! そうは言っても、誰一人として大したダメージを与えられてねぇじゃねえか! ほら、見てみろ! あそこの奴に限っちゃ、傷一つ与えられてねぇぞ!?」


 ――あっ、気付かれた。

 アルバートの野郎め、何でゲームと違って目ざといんだよ。


 ただ都合のいい方向に勘違いされたようなので、ここは無言を貫いておく。

 ヒールを使った裏技さえバレなければ何も問題ないからな。

 とはいえ一応、痛いところを刺された風に悲しそうな表情だけ作っておこう。


 俺が必死に演技力を鍛えている一方。

 重たい流れを断ち切るように、先頭に立つミクが声を上げる。


「そんなの関係ありません! そもそもこのアカデミーでは、貴族も平民もなくみんな平等なはずです! そちらの言うことに従う義務なんて――」


「平等か。確かに君の言う通りだ」


「――……え?」


 ユーリからの想定外の返答に、ミクは目を丸くする。

 しかし、ユーリは決して、ミクの言葉を文字通り受け入れたわけではない。


「確かにこのステラアカデミーでは、身分など関係ない。ただ求められるのは、平等に実力のみ――」


 そう言いながら、ユーリは腰の剣を抜いた。

 その瞬間、一気に鍛錬場内の重圧が強くなる。


「その流儀に従い、しっかりと実力で決めるとしよう。お互いの『不死人形』をかけての決闘だ。それなら問題あるまい」


「そ、それは……」


「こちらはまず、私から出よう。そちらは君でいいのか?」


「っ」


 押し切られるように、一歩後ずさるミク。

 客観的には、ただ断ればいいとしか思えない状況だが、ユーリの纏う尋常ならざる剣気がそれを許してはくれなかった。


 鍛錬場内の生徒全員が圧倒され、誰一人として動き出せない中――



「僕が受けます」



 その一言は、重苦しい空気を切り裂くように響いた。

 誰も動けなかった空間で、ただ一人、グレイだけが前に踏み出していた。


 ゲームで幾度となく見たその光景を、俺は隣にいるユイナと、そして――


「むにゃむにゃ……もう食べられないよう……」


 ――いつのまにか俺たちの足元に来て、気持ちよさそうに寝ているルクシアと共に(共に?)見つめていた。

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