第9話 瞳に映る少年【リリアナ視点】

 約一時間前。

 【駆け出しの迷宮】の前に、二人の少女がいた。


 一人は輝くような銀髪を後ろで結い、鋭い蒼色の瞳を持つ少女――リリアナ・フォン・アイスフェルト。

 アイスフェルト皇国の第二皇女で、整った顔立ちと凛とした佇まいからは気品が感じられる。白を基調とした上質な服装は、その高貴さを際立たせていた。


 もう一人は黒色の髪を首元で切り揃え、落ち着いた表情が特徴的な女性――ローズ・ユライミ。

 リリアナに仕える専属メイドであると同時に護衛としての役割も担い、今回の留学についてきていた。

 シンプルなメイド服からは、長年の鍛錬による無駄のない動きが垣間見える。


「ここが、私たちでも挑戦可能なダンジョンなのですね」


「はい。事前に学園長にも確認し、許可をいただいております」


 ステラアカデミーにやってきたリリアナは、従者のローズとともに、力試しのためダンジョンへ潜ることに。

 準備を整えた後、二人は探索を開始した。


 しかし【駆け出しの迷宮】の出てくる魔物は非常に弱く、リリアナたちにとっては準備運動にもならなかった。

 一時間ほど探索した後、異空間の指輪から荷物袋を取り出す。

 持参したマジックアイテムが遠方でも使えるか試すためだ。


 すると、中に見慣れないお守りを見つける。

 深紅の布地に金糸で刺繍が施された、一見すると美しいそれは、しかし不穏な空気を纏っていた。


「これは何でしょうか?」


 皇国を出発する際、従者が入れてくれたものだとは思うが、手に取った瞬間から違和感が拭えない。

 そんなリリアナを見て不思議に思ったのか、ローズが首を傾げながら問いかける。


「殿下、いかがされましたか?」


「ええ、それが――え?」


 その時だった。

 突如としてお守りが、禍々しい黒色の魔力を纏い始める。


「殿下!? ……きゃぁぁぁあああああ!」


「――――!?」


 直後だった。

 魔力が解放されたその場所に、得体のしれない怪物がいた。

 三メートルを超える巨体。漆黒の体毛に覆われた人型の魔物は、その頭部に巨大な山羊の頭を持ち、背後では長大な尻尾が不規則に蠢いていた。


 そのあまりの異質さに、ローズは悲鳴を上げ、リリアナは固唾を呑み込む。


(これはいったい――!? いいえ、状況を整理している余裕はありません)


 優れた才能を持ち、幼少期からの英才教育によって既にレベル40の実力を有するリリアナ。

 しかし目の前の敵が纏うオーラは、そんな自分でも太刀打ちできないと思わせられるほどにまで強力だった。

 それにこの闇属性特有の嫌な感覚。瘴気のような黒い靄が、まるで生命そのものを蝕もうとするかのように広がっている。


 間違いない、悪魔種だ。


『ァァァァァアアアアアアアア!』


「殿下、お下がりください! ――くぅっ!」


 分析する間もなく、その魔物は闇魔法による刃を放ってくる。

 反射的に動いたローズは、魔力を纏わせた双剣で対応するも、防ぎきれず幾つも傷を負った。


(そんな、ローズが一方的にやられるなんて……)


 ローズはリリアナ以上の実力者であり、特に守りを得意としている。

 そんな彼女でも防ぎきれないことから、魔物の実力がうかがい知れる。

 

 ここから二人ともが逃げることはまず不可能。

 なら、助けを呼ぶか?

 いや、ここは初心者用のダンジョン。

 あれだけの強敵と戦える者などいるはずがない。

 最大火力の魔法――フロストノヴァを使って自分が倒すしかないと決断する。


 フロストノヴァは全MPの90%を使用する代わり、格上相手でも大ダメージを与えることが可能な、リリアナが使用可能な魔法の中で最大火力の奥義。

 この魔法なら、闇属性の抵抗力を貫けるはずだ。


「ローズ! 時間を!」


「承知しました!」


 ローズの返事と共に、リリアナは術式の構築を開始する。

 幾重にも重なる魔法陣が虚空に浮かび上がり、周囲の空気が一気に凍てつく。

 その流れのまま放たれたフロストノヴァは見事に命中し、魔物の巨躯に大穴を開けてみせた。


 しかし、喜んでいられるのも一瞬だけ。

 魔物はすぐに再生を始める。


「そんな……!」


「これだけでは、足りないというのですね」


 ダメージ自体は入っている。

 あと一押し、同じ魔法を使えば倒し切れる。

 既に体は重いが、無理を承知で二発目のフロストノヴァを発動することを決断。


 しかし、肝心の術式構築が間に合わない。

 このままでは魔法を発動するより早く、ローズがやられてしまう。


(早く! 早くしなくては!)


 覚悟を決め、リリアナが魔力の先にあるエネルギー源――命を燃やそうとした、その瞬間だった。



「ファイアボール!」


「…………え?」



 何者かの声が鳴り響くと共に、炎の球が魔物の背中に命中する。

 微弱でありながら、確かに強敵へと抵抗する意思ねつを感じさせる魔法だった。


 リリアナは戸惑いながら、声のした方向に視線を向ける。

 そして、その蒼色の瞳に、決死の表情でこちらに駆け寄ろうとする黒髪の少年を映し出した。

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