第8話 ヒーラーの可能性

「――やるしかない!」


 覚悟を決めた俺は、一気に駆け出した。

 今にもリリアナやローズに攻撃を仕掛けようとしているバフォールに向け、左手を伸ばしながら叫ぶ。


「ファイアボール!」


 左手から放たれた炎の球が、バフォールの漆黒の体毛に当たる。

 しかし、


『…………ゥゥ?』


 まるで小石を投げつけたかのように、そこに傷一つ残すことはできなかった。

 通常の魔法では、とてもじゃないがレベル差がありすぎて通用しない。

 それはヒールを重ね掛けしたファイアボールでも同様だろう。


「貴方は……? っ、それよりも危険です! 早く逃げてください!」


 俺の存在に気付いたリリアナが、焦りの色を滲ませた声で叫ぶ。

 こんな時でも、他者を思いやるところがとても彼女らしい。

 だけど俺は、その声に応じることなく、前に進みながら叫び返した。


「拘束用の魔法を準備してください!」


「――――!?」


 それ以上、意図を伝える余裕はなかった。

 巨大な山羊の頭を持つバフォールが肩越しに俺を見たからだ。

 黄金の瞳から放たれる圧倒的な威圧感に、思わず背筋が凍るのを感じる。


(落ち着け! ここで恐怖に飲まれるわけにはいかない)


 全身が震えるような感覚に襲われながらも、俺は冷静に思考を巡らせる。


 ゲームの知識を思い出せ。

 バフォールの行動パターンならよく知っている。

 通常なら遭遇すると同時に闇魔法を放ってくるが、相手が10レベル以上格下の場合、奴はまず尻尾による薙ぎ払いを選択するはず――


『グァァァァァ!』


「――――!」


 黒い影が迫る。

 バフォールは俺から視線を外すと、興味のない有象無象を薙ぎ払うように、巨大な尻尾を横なぎに振るってきた。


(ここだ!)


 俺はタイミングを見計らい、その場で低く身を屈める。

 するとバフォールの巨大な尻尾が、強烈な烈風を巻き起こしながら、俺の頭上を素通りしていった。


(よし、うまくいったぞ!)


 ゲームのパターン通りだったおかげで、無事に初撃を躱すことができた。

 そして俺を敵とすら思っていないバフォールは、躱されたことを気にも留めず、視線をリリアナたちに戻したままだ。


 その隙を突いて、俺はバフォールの体に肉薄する。

 リリアナの氷魔法によって開かれた傷口に、右手を押し当てた。


 そのまま、俺は告げる。



「――ヒール!」


『グルゥゥゥ!?』



 予想以上の手応えと共に、バフォールが苦痛に呻くような声を上げた。

 その反応を見て、俺は作戦がうまくいったことを確信する。



(成功だ! やっぱりなら通用する!)



 この世界には、基本属性である火、水、土、風の他、聖属性と闇属性が存在する。

 聖属性には基本属性を強める効果があり、ヒーラーやバッファーのスキルがプラスに働くのはそのためだ。


 対して闇属性は違う。

 聖属性の対極に位置するその属性は通常から反転した、いわばマイナスの性質を持っており、基本属性を弱める効果がある。

 そのため闇属性の使い手は、基本属性の使い手に対し有利を取れるのだが――聖属性の、中でも例外となっている。


 マイナスの値が大きくなるほど強力になる闇属性にヒールを発動した場合、マイナスからニュートラルな状態に戻るべく復元力が働く。


 その結果、どうなるのか。

 その答えは今、目の前の光景が教えてくれていた。

 闇属性の魔力による自動再生は中断され、さらには治癒の魔法が敵の体内を駆け巡り、そのままダメージにも繋がっている。


 一言でまとめるなら、ヒールは闇属性の相手に使用した場合のみ、効果が反転して攻撃魔法へと変貌するのだ。


(畳み掛けるなら、今しかない!)


 確信と共に、俺は力強く両手を押し付けた。



「ヒール!」


 再び詠唱を行うと、バフォールの漆黒の体表から黒い靄のようなものが立ち昇り始めた。


「ヒール!」


 今度は膝を折り、巨体が崩れそうになる。

 魔物の体内で、相反する力がせめぎ合っているかのようだ。


「ヒール! ヒール! ――ヒール!」


『グゥゥ!?』


 その後も連続で、ただひたすらにヒールを発動していく。



 ここで特筆すべきは、ヒールは相手の魔力そのものに干渉し、その復元力を強化するという性質を持つこと。

 一度、抵抗を潜り抜けてしまえば、後の効果は敵の力量によって大きく変動する。

 元から強力な魔力を持っている存在――たとえば圧倒的格上に対しても、十分な効果を発するのである。


 そして今、俺のレベルが10なのに対し、バフォールは60。

 ただファイアボールを放っただけの時とは比べ物にならないほどの火力が、内側から敵に襲い掛かっていた。

 特に、体内の魔力全てが闇属性で構成されている悪魔種のバフォールにとっては、地獄のような苦しみだろう。


『グヴァァァアアアアアアアア!!!』


 さすがにこのままではまずいと理解したのか、バフォールは黄金の瞳で俺を睨みつけ、巨腕を大きく振り上げる。

 このまま振り下ろされれば、間違いなく俺の体は八つ裂きにされるだろう。


 しかし、


「アイシクルバインド!」


『――グゥゥ!?!?!?』


 次の瞬間、透き通るような声と共に出現した氷の鎖が、バフォールの四肢を捕らえていた。

 リリアナの拘束魔法が間に合ったのだ。

 稼げるのはほんの数秒だろうが、それさえあれば十分。


(これで――終わりだ!)


 俺は残された魔力を全て注ぎ込み、渾身の詠唱を放つ。




「――――ヒールッッッッッ!」




 轟音と共に、バフォールの体が内側から崩壊していく。

 おぞましい姿をした巨大な魔物は、やがて光の粒子となって四散し、その場に魔石を残して消え去った。


 ――――討伐完了だ。


「はぁっ、はぁっ、よか……っ!?」


 途端、全身から力が抜ける。

 視界が歪み、ふらつく体を支えきれず、膝から崩れ落ちる。

 どうやら限界を超えて魔力を消費してしまったようだ。

 リリアナにはフロストノヴァを使わせないよう立ち振る舞ったのに、これでは本末転倒かもしれない。


「大丈夫ですか!?」


「まさか、攻撃を受けたんじゃ……!」


 こちらを心配して駆け寄ってくるリリアナとローズの姿がうっすらと見える。

 二人とも無事のようだ。


(…………よかった)


 そのことに安堵しつつ、俺はゆっくりと意識を手放すのだった――――




『経験値獲得 レベルが11アップしました』


『ジョブ熟練度獲得 ジョブレベルが1アップしました』

『ジョブスキルの補正値が上昇します』

『ジョブスキル【ディスペル】を習得しました』


『スキル熟練度獲得 【ヒール】のレベルが2アップしました』

『スキル効果が上昇します』



――――――――――――――――――――


 アレン・クロード

 性別:男性

 年齢:15歳

 ジョブ:【ヒーラー】

 ジョブレベル:2


 レベル:21

 HP:1482/1610

 MP:0/490

 攻撃力:213

 防御力:175

 速 度:202

 知 力:288

 器 用:180

 幸 運:202


 ジョブスキル:ヒールLV5、ディスペルLV1

 汎用スキル:ファイアボールLV1、瞬刃しゅんじんLV1


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