第7話 第二皇女リリアナ
そこにいたのは間違いなく、『ダンアカ』におけるメインヒロインの一人。
ここアストラル王国の隣国、アイスフェルト皇国の第二皇女リリアナ・フォン・アイスフェルトだった。
普段は後ろで束ねているはずの髪が、戦闘の影響で解けているせいか、気付くのが遅くなってしまった。
けれど、おかしい。
リリアナは本来であれば、二年次から登場するキャラクター。
それがどうしてこんなところにいるのか。
(落ち着け、情報を整理しろ)
小さく息を吐き、ゲームにおける彼女の情報を思い出す。
リリアナ・フォン・アイスフェルト。
主人公や
誰もが見惚れるほどの美貌に、皇女としての気高さと正義感を持つ、まさに貴族然とした女性。
銀髪碧眼お嬢様なんて全員が大好物だろ! ということで、プレイヤーたちからの人気も非常に高かった。
そんなリリアナだが、彼女は『ダンアカ』に登場するキャラクターの中でも特別な立ち位置である。
二年次の魔族との戦闘パートにおいて、選択次第では封印されていた魔王が復活し主人公たちと戦うことになるのだが、500年前、魔王を封印するために使われた特別な氷魔法――それをリリアナは引き継いでいるのだ。
そして数年前、その事実をリリアナ本人よりも早く察知した魔族側は、リリアナの殺害を計画し、何度も実行に起こした。
辛うじてその全てを回避したリリアナだったが、彼女やその周囲は、それを皇位継承権を巡った暗殺と予測。
そこから逃れるため、隣国のアストラル王国にあるステラアカデミーに留学した――そういう流れだったはず。
しかしリリアナの予想とは違い、実際に狙われていたのは皇位継承権などではなく彼女の命そのもの。
皇国に刺客を送り込んでいた魔族は、リリアナたちが出発する際の荷物の中に、お守りと偽り、ある特殊なマジックアイテムを仕込ませていた。
それはダンジョンなどの濃密度な魔力空間に足を踏み入れた際、起動する魔物召喚のアイテム。
そして入学直前、リリアナはその魔物と戦う羽目になったと――そんな過去エピソードが存在していた。
(間違いない。今ここで、そのエピソードが進行しているんだ)
ざっくりと状況を把握できたところで、改めて観察に務める。
リリアナの氷魔法は、バフォールに深く突き刺さり大ダメージを与えていた。
一見、このまま押し切れてしまいそうだが――
「くぅっ!」
「大丈夫ですか、殿下!?」
直後、リリアナが険しい表情で膝をつく。
フロストノヴァは全MPの90%を使用する大技で、反動が非常に大きいのだ。
そんな中、さらなる絶望が追い打ちをかける。
『ガァァァァァ!』
バフォールに刺さっていた氷が、闇の瘴気に溶けるように消滅していく。
さらに自動再生によって、少しずつだが傷が癒え始めていた。
「そんな……!」
「これだけでは、足りないというのですね」
リリアナは落ち着きつつも、その声は小さく震えていた。
(そうだ。今ので勝てるようなら、
ゲームで、リリアナが二年次から登場した理由。
それはこの戦いで、強力な魔物を倒すために、氷属性(水の上位属性)の最上級魔法フロストノヴァを二回発動したからだと語っていた。
本来であれば、全MPの90%が必要となるフロストノヴァだが、MPが足りなかった場合、HPと生命力を代償とすることで一度だけ発動が可能となる。
しかし、残存MPが10%を切っている状態で再び放つとなると、その代償は計り知れない。
現に、ゲームにおいてリリアナは魔物を無事に倒すことができたが、反動で一年間昏睡状態になり、それにより登場が遅れてしまったのだ。
「もう一撃、フロストノヴァを使います」
「そんな! これ以上は無茶です――」
「ローズ!」
従者の名を強く呼ぶリリアナ。
その表情には、もはや迷いなど微塵も感じられなかった。
「この相手に生半可な攻撃は通用しません」
「っ! ……承知いたしました。でしたら、私が時間を稼ぎます」
ローズと呼ばれた黒髪のメイドは、全身の傷を押して再び短剣を構える。
その姿勢からは、主のために命を投げ出す覚悟すら感じられた。
今にも第二ラウンドが始まろうとしている。
しかし俺はまだ、どう動くべきか悩んでいた。
助けに入りたいところだが、今の俺のレベルは10と、バフォールと戦うには力不足もいいところ。
ゲームのストーリーからして、俺が参戦しなくてもリリアナが命を落とすことはない。
むしろ、ここでリリアナを助けてしまうと、今後のシナリオが大きく分岐する可能性がある。
ただでさえ死にゲーと名高く、過酷なこの世界の未来がどうなるか分からなくなるのだ。
だけど、俺は――
(大好きなヒロインが傷付くのを、分かった上で見捨てるなんてできない)
前世でどれだけリリアナの物語に心を寄せ、彼女の苦悩に共感してきただろう。
昏睡状態から復活後もしばらくは、苦しそうに重たい体を引きずっていたリリアナの姿を思い出す。
何より、魔物との戦いで大切な友人を亡くしたとも語っており――彼女はその時、最も悲しそうな顔をしていた。
ローズと呼ばれたあの女性のことを俺は知らない。
ゲームで登場しない以上、ここで命を落とす運命なのだろう。
――――答えなど、きっと初めから決まっていた。
「――やるしかない」
覚悟を決め、俺は駆け出した。
レベル10の俺が、推定レベル60の魔物を倒せる手段など存在しない。
しかしバフォールは、聖属性とは対極に位置する、闇属性の魔物。
なら、
ぶっつけ本番だが、試すしかない。
信じるんだ――
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