16話 失せ物探し




 水の精霊は、自分が水を操るために大事な物を失くしたという。それをウルベルトに説明し、探し物がどのような形のものか、私たちでも触れられるものかなどを尋ねて貰った。



『透き通った水晶玉よ。水に引き寄せられる性質があるから、どこかの水の中に落ちているかも……大きさは貴方の目と同じくらいかしら』


「透き通った水晶で、大きさは人間の目玉くらい。水に引き寄せられる性質がある、と言っています」


『ならひとまずこの屋敷中にある水の中を探してみよう。……私たちも協力する。だからもう泣くな』


『ええ……分かったわ。ありがとう……どうか、お願いね……』



 淡く微笑んだ精霊にうなずき、私たちはさっそくその水晶を探すことにした。……今日は曇り空だ。いつ天気が崩れるか分からない。

 ウルベルトにこの仕事を相談されてから今日までの十日間、雨は降っていなかった。今なら彼女の失くし物は邸の敷地内にある可能性が高い。

 しかし雨が降れば水に引き寄せられる結晶もどこにいってしまうか分からない。雨水と共にどこかに流されていく可能性がある。

 そうなれば、彼女の大事な結晶は見つからなくなってしまう。水を吸収し続けて巨大になった水の精霊がどうなるのかは分からないのだが、悲しんでいる様子から察するに彼女にとって望ましくない結果を生むに違いない。



「それにしても水ですか……外にも室内にもたくさんありそうですね」

 

『ああ……一つずつ見て回るしかないな。おそらく精霊が見える者には結晶が見えるだろう。目が良い使用人たちにも手伝わせる』


「はい。私の侍女もお使いください」



 物を探すなら大勢で探した方がいい。精霊が見える人間全員でそれぞれ分かれ、水がある場所を探していく。他人の家の中の勝手は分からないため、私は外を探した。庭で使うであろうジョウロや水のたまった桶、バケツ、鉢植え――そういう物の中を覗き、時には手を差し入れて何か触れるものがないかと確認する。

 

(……ここにもないわね……一度邸に戻って、見つけた者がいないか訊いてみましょう)


 一時間ほど探し回ったが成果はない。日傘を持ったままの右手は痺れつつあり、水に触れてまわった左手はすっかり汚れてしまっている。この辺りにはおそらく水晶はないのだろう。他の者と状況を報告し合い、別の場所を探すべきだと庭に背を向けた。

 邸の方に戻るとちょうど庭の反対側を見ていたらしいユタも戻ってきて、私を目にすると顔色を変えた。



「お嬢様……! すぐに汚れを落としますので少々お待ちを……!」



 ばたばたと走り去ったユタは、すぐに桶とタオルを持って戻ってきた。彼女が持つ桶の水で手を洗ったあとは、清潔なタオルで水気を拭く。動揺しているユタと綺麗になった自分の手を交互に見つめ、ふっと笑った。

 

(貴族らしからぬ行動だったわね。……あの精霊が、あまりにも可哀想だったから、つい)


 他の誰にも聞こえていない悲痛な声。私はそれを聞いてしまった。聞いたことを聞かなかったことにはできないし、私は困っている相手を放っておけない性分である。……それが人間であれ、精霊であれ。やれることがあるなら行動あるのみ、だ。



「少し休まれてください。前回も無理をして、熱を出されたではありませんか……」


「前は無理をしないといけない状況だったのよ。それに一日休めば治ったじゃない。……分かったわ、少し休むからそんな顔をしないでちょうだい」


「はい。私がお嬢様に代わって探しますから、しっかり休まれてくださいね」



 自分より二歳年下の侍女から心配のあまり涙目で見つめられては休まない訳にもいかない。応接室を自由に使っていいと言われているため、そこで少し休むことにした。

 ソファに腰を下ろすと自分で考えていたよりも疲労がたまっていたらしい。急に体が重くなったように感じる。


(この部屋がくつろげる空間だというのも理由の一つかしら……この梔子は本当に良い香りね)

 

 ノクシオン公爵家の紋章には梔子があしらわれているし、庭にもたくさん植えられていた。ウルベルトが好きな花なのかもしれない。……そういえば彼はよく花を贈ってくる。もしかして花好きなのだろうか。

 そう思いながら梔子が飾られている花瓶を眺めていた時だった。ふと、一輪挿しのその花瓶にも水が入っているのではないかと思いつく。


(……普通は、コインより大きな水晶なんて入らないだろうけれど……)


 花を一輪さすためだけの花瓶だ。挿し口は小さく、細長い形をしている。その瓶を手に取り軽く振ってみた。水が入っているのは分かるが、水晶が入っているかどうかまでは分からない。



『メルアン、大丈夫か? 侍女がお前を心配しているようだったが……』


「いえ、大丈夫です。……ウルベルト様、この花瓶の水を出してみてもいいでしょうか?」


『……なるほど、やってみよう』



 花を抜き、空のカップに花瓶の水をこぼしてみる。すると不思議なことに、花瓶の口の大きさを明らかに通らないであろう水晶玉がぽとりとカップの水の中に落ちた。

 私とウルベルトは思わず顔を見合わせる。この状況で見つかる不思議な水晶玉は、どう考えても水の精霊のものだろう。



「見つかりましたね、ウルベルト様……!」



 疲れも吹き飛んで嬉しくなったあまり、たおやかな表情を忘れて思いっきり笑顔になってしまい、ウルベルトが一瞬たじろいだように見えた。令嬢らしからぬ顔で驚かせてしまったようだ。軽く咳ばらいをして笑顔を引っ込め、水晶玉の入ったカップを手に取る。



「では、これをあの精霊に届けましょう。雨が降ってはいけません」


『……ああ、そうだな。……しかし何故、こんなところにあったのか。これは今朝用意したんだが』



 精霊の水晶が無くなったのは何日も前。それなのに今朝用意された花瓶に入っている、というのはおかしな話だ。

 たしかにそれは気になるが、今は困っている水の精にこの水晶を渡す方が先である。私たちは裏庭の池へと向かった。



『おい、この水晶で間違いないか確認してくれ』


『……ああ……! そう、これよ。ありがとう……!』



 ウルベルトの呼びかけで私の持つカップの中を確認した水の精は、はらはらと涙を零しながら笑う。その大きな指先がカップに触れたかと思うと、彼女の体はばしゃんと音を立てながらはじけてしまい、乾いていた池の中に透き通った水が一気に溜まった。

 驚いて固まっていると、小さく跳ねる水音が足元から聞こえてくる。目線を下に向けると、池ふちから子供の様な大きさの精霊が手を振っていた。



『ありがとう、まだ雨水にはなりたくなかったの。それから……池の生き物たちを死なせてしまった分、豊かな水を作れるよう頑張るわね』



 雨水になる、というのはおそらく水の精霊としての死を意味するのだろう。彼女を救うことができてほっとしていると、耳元にさわやかな風が吹き、何者かの囁き声が聞こえてきた。



『ほんと助かった……恩人たち、二度もありがとな。あと、彼女に聞こえないようにちょっと相談に乗ってくれ』



 耳元で囁く風。その声には聞き覚えがあった。以前、塔の中に閉じ込められて暴れていたあの風の精の声である。

 ちらりと目線を向けても姿は見えないので、透明化して隠れているようだ。



「ウルベルト様、少しお話があります。一度中に戻りましょう」


『……分かった』



 隠れているのでウルベルトには風の精の存在が分からないだろうが、私の態度から何かあると察してくれたようだった。

 水の精に聞かれたくないというので、池から離れて応接室へと戻る。……そして私は何となく、今回の事件の犯人は、私の肩の上に留まってそよ風で髪を揺らしているこの精霊なのではないかと言う気がしていた。



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