13話 笑い声



 ウルベルトに案内され国王ヴォルトの自室へと向かう。王弟と行動しているからか、精霊事件解決の噂のおかげか、すれ違う者に止められることもなかった。

 部屋の中に入ってみても様子のおかしい精霊がいる、なんてことはない。美しく整えられ品のある部屋である。

 ヴォルトの部屋の出入り口は二つ。廊下と繋がる正面扉と、奥の夫婦の寝室へとつながる扉だ。その寝室を挟んだ隣には王妃の部屋がある構造となっている。

 昨日のヴォルトは夫婦の寝室ではなく、こちらの自室の寝台で眠った。そして朝、彼を起こしに来た側仕えの者と天幕越しにいくつか言葉を交わした後、そのまま消えてしまったという。

 私たちはヴォルトが消える寸前までいたはずの寝台を見てみた。人が寝ていた中心だけ歪んだシーツをみれば、そこから急に消えただろうことは想像できる。……が、それ以外の手がかりはなさそうだ。



「……寝台にはおかしなところは見当たりませんね」


『そうだな……この後はどう調べるべきか……』



 今までは事件の現場の付近で問題の原因となっている精霊がすぐに見つかっていた。しかし今回の盗難騒動は王城中で起きている。広い城の中、動き回っているだろう犯行精霊を見つけるのは至難の業だ。何せ、私たちはその相手の姿すら分からないのだから。

 二人でどこから探すべきか、まずは紛失した物がある場所を一つずつ見ていくかと話していた時だった。私たちの間をすぅっとメイド服姿の者が通り抜けていく。



「っ……城付きの家事の精霊ですね……驚きました」



 家事を手伝う精霊たちは人間の服装を真似していることがある。そうして家の使用人に紛れて働いているため、顔を知らない新人かと思い呼びかけても答えないので初めて「精霊だった」と気づく、なんてこともあるくらいだ。

 この精霊もメイドの恰好をしており、私たちの間を無言で通り抜けるなんてことをしなければ人間に見えただろう。そんな彼女は私たちを気にせずベッドメイクをし始めた。……もしかするとこの部屋を担当しているのだろうか。



「ウルベルト様、彼女に訊いてみませんか? 頻繁に部屋を訪れる精霊なら何か知っているかもしれません」


『他に手がかりもないからな……そこの精霊、ちょっといいか』



 声を掛けられたメイド姿の精霊は驚いたように振り返った。人間から声を掛けられることなどないだろうから、それは当然の反応だ。



『あら、声の君。貴方から声を掛けられるなんて思わなかったわ。どうしたの、またシーツを濡らしたの? 新しいものに交換してあげましょうか?』



 シーツを濡らした、という言葉の意味を少し考えてしまった。精霊は人間よりもずっと長く生きている。城付きの精霊ならウルベルトのことを生まれた頃から知っているだろう。

 幼いウルベルトは寝台の中でたくさん泣いていたのかもしれない。そのシーツを交換していた記憶があるのではないだろうか。……本人に聞こえていないので、私もあえて触れないでおくことにした。きっと知られたら恥ずかしいだろうから。



「ウルベルト様、どうしたのかと尋ねているので質問をお願いします」


『兄上……ここで眠っていた人間を知らないか? 今朝、急に消えてしまったらしい』


『ああ、あの人間ね。笑い声の子が連れて行ったのでしょう、最近寂しがっていたから』


「笑い声の子が連れて行った……?」



 ベッドメイクをしながら答えた精霊の妙な言い回しに首を傾げる。ウルベルトにも精霊の言葉をそのまま伝えると、不可解そうな顔をした。

 笑い声の子は最近寂しがっていたので国王であるヴォルトを連れて行った。それはつまり、友達欲しさの誘拐ということなのだろうか。



『笑い声の子とは? どんな姿をしている?』


『声だけの精霊よ。姿は見えないけれど、いつも笑っているからすぐ分かるわ』



 姿が見えず、声だけの精霊がいるらしい。それなら精霊の声が聞こえない人間には見つけられないだろう。現場でも誰も見たことがないはずである。……私たちはその精霊をこれから探さなければならないわけだが。



「声だけの精霊がいるそうで……探すのに苦労しそうですね」


『そうか……ありがとう、探してみる』


『いいえ、まさか声の君とお話できると思っていなかったから嬉しかったわ。風の子の話の通り、聞こえる人間を見つけて一緒になったのね。とても素敵なことよ』



 精霊たちはウルベルトの存在を認識しており、「声の君」とも呼ばれているようだ。そして一応私も存在は認知されていて、一緒に行動していることは彼らにも周知の事実となっているらしい。……話を広めている風の子というのは、閉じ込められていた風の精のことだろうか。

 その精霊は仕事を終えたのがさっさと部屋を出て行った。彼女の仕事は完璧で、美しく整えられた寝台だけがその場には残されている。



『メルアン、精霊はさっき何を言っていた?』


「話ができて嬉しいと言っていましたね。私と一緒に居ることで会話ができて素敵だと」


『……精霊も人間と話したいと思うのか、意外だな』



 思い返してみればどの精霊も簡単に会話に応じてくれていた。私に声が聞こえることを知って、やたらと構おうとする精霊も過去にいたくらいだし、彼らは存外人間のことが好きで、人間とも話したがっているのかもしれない。……だからと言ってこちらの都合は考えてくれないから、私は偽耳と呼ばれるようになってしまった訳だが。



「笑い声の精霊を探しましょう。……とはいっても、探せるのはどう考えても私だけですね」


『声だけ、だからな。……いや、だが精霊なら声を聞いて居場所を把握しているかもしれない。城の中の精霊たちに訊いて回れば見つかるかもしれんぞ』


「ああ、それはそうですね。……よし、ではまずは……」



 私はそこでふと、廊下に響いていた靴音が笑い声のように聞こえた瞬間があったのを思い出した。もしかしてあの時、あの場に件の精霊はいたのではないだろうか。



「廊下で笑い声を聞いた気がしたのですが……その辺りから探してみませんか?」


『ふむ、それはいい情報だな。すぐにでも見つかりそうだ』



 行方不明の兄の手がかりを得たおかげか、ウルベルトの声色も明るくなっている。すぐにでも見つけてみせる――そう意気込んで精霊を探し始めて二時間後。

 声の精霊はあちらこちらを移動しているようで、私たちは城中を歩き回った。精霊たちに笑い声の主を知らないか尋ね、声を聞いたという場所に移動し、そこにいた精霊にまた話を聞いて別の場所に声が流れていったと言うのでまたそちらに向かって移動し――というようなことを二時間繰り返したのである。まるで鬼ごっこでもしていて逃げ続けられているようだ。



『メルアン。……少し休もう』


「けれど……追いかけなくては、またどこかに……」


『相手はずっと城の敷地内にいるようだ。移動し続けているなら留まっている時に通りかかる可能性もある。……それに、この精霊はお前にしか見つけられないんだ。お前に離脱されたら困るだろう』


「……それもそうですね。では少しだけ、休憩にしましょう」



 ちょうど近くに中庭を眺められるベンチが設置されていたので、そこへと腰を下ろした。隣に座ったウルベルトは心配そうに私を見ている。今日はマスクを着けているので彼の口の動きは見えないが、突然『カカカ』と奇妙な笑い方をしたので驚いて彼を見た。



『大事なモンの気配がするなぁ、お前の大事なモンはこれかぁ?』



 いや、これはウルベルトではない。ウルベルトの美しい声とは違う声だ。それが彼の顔の横辺りから聞こえてくる。



「……あの、ウルベルト様。たぶん、今、貴方の肩の上に居ます」


『何?』



 驚いて自分の横を見るウルベルトにも、もちろん私にも精霊の姿は見えない。しかし確かに私は声を聞いた。

 姿の見えない誘拐犯は、確実にこの場にいる。だが相手には体がないので捕まえることはできない。……さて、どうしたものか。

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