12話 盗まれた者
今、社交の場では二つの話で持ち切りだ。
一つ目は口無し公爵ことウルベルトが、無口なのではなく精霊に聞こえるという特別な声を持っており、偽耳令嬢と呼ばれていたディオット家の令嬢の「聞こえる力」も本物で、二人が精霊の起こす問題を解決してくれるという話。
二つ目は、そんな二人が公私共にパートナーである――つまり、仲のいい恋人同士であるという話。
(一つ目は事実だけれど二つ目は違うわ。……ウルベルト様にとっても迷惑でしょうに)
貴族社会の噂は一度広まると収拾がつかない。これではウルベルトも未来の公爵夫人を探せないだろう。私も「偽耳」のレッテルは剥がされつつあるが、ウルベルトが相手とされている以上縁談など来るはずもない。
「何も困らないじゃないの。ノクシオン公爵とは順調にお付き合いしているのでしょう?」
「お母様、違います。私とウルベルト様はそのような関係では……」
「恥ずかしがらなくてもいいわ。今日も贈り物が届いているもの、公爵は貴女をとても大事にしているし、結婚後も大事にしてくれそうね」
カリーナは嬉しそうに微笑んで綺麗な包みを目線で指した。母の侍女から私の侍女であるユタへと手渡されたそれを、私よりもユタの方が目を輝かせながら見ている。
ウルベルトからの贈り物はそれなりの頻度で届く。仕事関連の書類やその後の経過報告などの手紙と一緒に、恋人かと疑いたくなるような品も贈ってくるのである。
「ゆっくりプレゼントを開けるといいわ」とウィンクでもしそうなほど機嫌よく自室を出て行った母にため息をつき、ユタに贈り物の開封を任せた。
(今まで私のように交流する相手がいなかったから知られていなかっただけで、ウルベルト様は元から気障な性格なのかもしれないわね)
他に付き合いができればそちらにもまめに贈り物をするのかもしれないが、いかんせん彼と会話できるのは私だけだ。彼にちゃんとした婚約者でもできるまでこの状況は続くのかもしれない。
「わあ……お嬢様、とても素敵なカップですよ! 公爵様は本当にセンスがおありですね!」
今回の包みの中から出てきたのはティーカップだった。しかも二つで一組のセットである。……次にウルベルトが訪れた時に使え、ということだろうか。我が家のカップでは公爵家の格に不足しているのかもしれない。
夏らしくひまわりをモチーフにしたもので、ソーサーを葉、カップを花に見立てたデザインだ。正直に言えば大変可愛い。……ウルベルトはどんな顔でこれを選んだのだろう。
(それで、今回はどんな事件かしら……)
そのカップは彼が来るまでしまっておくようにとユタへ命じ、同封されていた手紙を手に取った。しかしそれを開封するより先に部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、ノクシオン公爵がお見えになったのですが……」
「……あまりにも急ね。先ぶれもなかったでしょう?」
「それが……緊急で、とにかく早くお会いしたいと」
……どうやらよほどの事件が起こったらしい。手紙をテーブルに残し、私は部屋を出た。後ろからユタも慌ててついてくる。
「おしゃれをされた方が……」
「いえ、おそらく本当に緊急よ。そんなことをしている暇はないと思うわ」
これまでディオット家を訪れるウルベルトは非常に丁寧だった。手紙で日時を伝え、当日にもこれから伺うと言った先ぶれを出すくらいには。
それが今日は突然訪れた。贈り物は数日前に出されたはずの物なので、同封されていた手紙は何も関係ない。本当に何か、火急の事態なのだろう。
『メルアン、すまない。挨拶も省く。……まずいことが起きた、手伝ってほしい』
「ええ。何がありましたか?」
『兄上が姿を消した。おそらく精霊のしわざだ』
あまりにも重大な事件に息をのんで固まった。ウルベルトが兄と呼ぶのは、つまりこのアリテイル王国の国王、ヴォルト=ライ=アリテイルのことである。
どうりで今まで見たことのない青い顔をしている訳だ。私も血の気が引いた心地なので似たような顔色になっているに違いない。……本当に全く、精霊は人間の都合など考えてくれないので困る。
「すぐに支度いたします」
『ああ、では先に馬車で待っている』
急ぎ出掛ける支度を済ませ、王家の馬車に乗り込んで王城へと向かう。どこか緊張感の漂う車内で気を紛らわせるためなのかウルベルトが話しかけてきた。
『突然ですまなかった。……しかしお前だけが頼りだ』
「……少し違いますよ。お互いが頼り、でしょう」
私の能力も、ウルベルトの能力も、欠けたピースのようなもの。どちらが欠けても足りない。精霊と交渉できるのは私だけの力ではないし、ウルベルトだけでも不可能だ。
二人揃って初めて精霊と対等に話せる。私たちの間には爵位の差があり、貴族の格としては対等ではない。しかし二人で一つの力を持っているからこそ、精霊と対峙する仕事の際は対等な相棒なのである。
「国王陛下や国民にとっては、私たちだけが頼りと言えるかもしれませんね」
『……責任重大だな』
「ええ。必ず国王陛下を見つけ出しましょう。……二人で」
彼にとってヴォルトは国王である以前に大事な血族、兄なのだ。その分他より不安や心配も強いだろうし、その能力故に自分が見つけなければならないという責任も感じているだろう。
そんな彼を支えられるのは、同じ仕事を担う片割れの私だけ。勿論、どんな精霊がどんな理由で国王を誘拐したのか分からないし、見つけられなかったらこの国はどうなってしまうのかという不安はある。それでも私は自分と相棒を勇気づけるために笑った。
『お前はいつも強いな。私は……お前のそういうところが好きだ』
「ああ、いつもの調子が出てきましたね」
『……そうだな。おかげで少しは前向きになれた。これからもずっと……お前には、私の隣にいてほしいものだな』
「もちろん、相棒ですから。これからもずっと、ウルベルト様の隣で精霊の前に立ちましょう」
整った顔に苦い笑いを浮かべたウルベルトは、それでも先ほどより幾分か顔色が良くなっていた。
その後、事のあらましの説明を聞いているうちに馬車は王城へと到着する。
ここ最近、王城ではあらゆるものの紛失が相次いでいた。最初は小さなもので、ペンや食器、誰かの私物と王城の公用物問わずに消える。しかし些細なものなので、盗難だろうと軽く調査される程度で人々はそこまで気にしていなかった。
しかし犯人が捕まるどころか盗難は続き、やがては飾られている絵画や彫像、はては鷹や馬など飼育動物にも被害は及ぶ。
何の痕跡もなく、もしや精霊の仕業ではないかと噂されるようになったところで、今度は国王が消えてしまった。……しかも、朝の支度を手伝いに来た側仕えと話している最中に、だ。人間には不可能の犯行である。
(……物を隠す精霊なんて聞いたこともないけど、一体どんな精霊が何の目的のために……?)
城内は普段通りを装いつつもどこか様子がおかしい。国王の失踪はごく一部の人間にしか知らせず、情報を統制していてもこれだ。何も知らなくとも不穏な空気を感じ取り、ぎこちなくなるものだろう。
『兄上は今朝、寝室から消えた。まずはそこから探そう』
「ええ、ではすぐに向かいましょう」
大理石の床を歩く度に、踵がぶつかる音がする。多くの人間が忙しなく歩き回る空間に響くそれらの音が、笑い声のようにも聞こえて不気味だった。
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