11話 広まる噂



 ベルマン家の庭から人間の遺体が掘り起こされた。これはもう精霊の迷惑行為では片付けられない。近くの駐屯地から騎士団が呼ばれ、事件の調査が始まった。

 自宅の庭から死体が出てきてしまったシモンはといえば、騎士たちに自分は潔白なのでどうか公正な調査をと頼んだ後、青い顔で私たちに話しかけてくる。



「お二方は精霊と話をして遺体を見つけられたのですよね。それで……これは精霊の仕業なのでしょう?」


「いえ……今回は精霊も被害者です。埋まっていた遺体のせいで死にかけていたようなので……犯人を見ていないか、話を訊いてみましょうか?」


「ええ、ええ、是非。ディオット令嬢、よろしくお願いいたします。そしてどうか騎士団へご説明を……」



 私たちが邸を訪れた時の態度はどこへ行ったのか、すっかり腰が低くなったようだった。彼には身に覚えのないことなのだろう。しかし自宅の庭から死体が出たとなれば、まず疑われるのは男爵家の人間だ。自分が不味い立場になったことで、精霊の話でも何でもいいから疑いを晴らす証拠が欲しいのだ。



『精霊も大分回復してきたようだな。詳しく話を訊いてみよう。……少しいいか?』


『あ! もちろんいいよ、命の恩人たち』



 直接の原因を取り除かれたおかげか、立てるまでに回復していた精霊に話しかけてみた。埋められた時期はいつか、埋まっていた遺体が誰か、犯人を見たかというような質問をしてみたが、精霊は首を振る。



『あれはいつだったかなぁ……冬が終わる前だったかな? 誰かって言われると……うーん人間の見分けはあんまり得意じゃないんだよね、人間はみんな似たような形をしているし……』



 精霊から見ると人間は見分けがつかないもののようだ。同族でないものの区別がつけにくいのは人間も同じなので、これは仕方がないことだろう。

 もちろん見分ける力がある者が全くいない訳ではない。例えば伝書鳩の飼育係なら小さな特徴の違いから飼育中の鳩を個体識別できるかもしれないが、私が見ればどの鳩も同じに見える、というような話だ。

 残念なことにこの精霊は人間の見分けができないらしい。犯人の特定は難しそうである。



「この精霊は人間の見分けはつかないようです。……話しかけたのが私たちだと分かっていたので、見分けもつくのかと思いましたが残念ですね」


『……私たちは見分けがつくのか?』


『そりゃね。僕たちの声が聞こえる人間と、僕たちにも聞こえる綺麗な声の持ち主でしょ? 話しかけてくる人間なんて君たち以外にいるはずがないし』


「なるほど……精霊に話しかけるのが私たちだけだから、と言う理由で判別しているだけのようです」



 私たちの場合はどうやら行動で見分けられているだけで、私たちと他の人間が見た目ではっきり違うと分かる訳ではないようだ。

 この精霊を証人にするのは難しいだろう。彼はしばらく顎に手を添えて唸りながら一生懸命記憶を辿ってくれたが、そこまで有効な証言は得られなかった。



『たぶん……庭によく来ていた人間じゃないかと思うんだけどなぁ……見慣れたような動きだった気がするし』


「庭によく来ていた人間かもしれないと……となれば、やはり男爵家の関係者のように思えますが……」


『庭に来ていたなら……花好きというベルマン夫人か? しかし穴は随分深く掘られていた。貴婦人では難しいだろうな』


「そうですね。この家の人たちは精霊が見えないようなので、上手く精霊に頼み事ができるとも思えませんし……となると、庭師が妥当なところでしょうか」



 しかし肝心の証言が『庭によく来ていた人間かもしれない』程度のものなので、断定するわけにはいかない。ただ精霊の仕業なら彼はそう言うだろうし、人間の仕業であるのは間違いない。これ以上の調査は専門家である騎士団に任せるべきだろう。



「失礼、お二人にもお話をお伺いしたいのですが。……ご協力願えますか?」


「ええ、協力いたします」



 騎士団の制服を身にまとった男性に呼ばれ、私たちは聴取を受けることになった。筆談であればウルベルトも会話可能のため、ベルマン邸のそれぞれ別室に案内される。聴取のために何部屋か借りているらしい。



「それで、どうやって遺体のある場所を知り得たので?」


「ウルベルト様と共に精霊の話を聞きました。私には精霊の声が聞こえますし、ウルベルト様は精霊に聞こえる声をお持ちですから」


「……ええと……」


「ご存じありませんか? 私たちはこの能力を使って精霊の起こす問題を解決するよう、国王陛下から命じられております。今回は、庭が枯れるというベルマン男爵からの相談を受けて調査に赴いたことがきっかけです」



 事情聴取をしている騎士も、記録係として同席している書記官も困惑顔だ。やはり、ウルベルトの仕事はあまり知られていないようである。

 王城の騎士団所属であれば前回の異音事件の調査にも絡んでいるので知っているかもしれないが、駐屯地の騎士たちにまでは話が回っていないようだ。


(……でも、それもそうよね。精霊と会話ができるようになったのは、私と一緒に仕事するようになってからだもの)


 一方的に申し付けるだけで解決できたことは少ないだろう。無理やり精霊除けのまじないをしたり、環境を壊すことで追い出すという方法を取っていたのではないだろうか。精霊の問題が起きた時にウルベルトが訪れるのを知っていたとしても、共に現れた偽耳と噂の令嬢が精霊と会話して知った情報だなんて言っていたら戯言にしか聞こえないだろう。

 そもそも「精霊と会話する」なんて常識的にあり得ないのだ。目の前の二人が理解できないと言う顔をしていても仕方がない。



「精霊は人間の見分けが付かないため、犯人はよく分からないと。庭によく来ていた人間のような気がする、とは言っていましたが正確性はないと思います。あとは……埋められた時期は冬だと」


「……分かりました。それでは聴取は以上になります。お疲れさまでした」



 私の聴取を担当した二人はなんとも信じがたいという顔をしていたが、偽耳令嬢の言葉に信ぴょう性がないのは致し方のないことだ。

 筆談のためか私よりも聴取に時間のかかっているウルベルトを待つ間、応接室に案内されてゆっくり休ませてもらうことになった。訪問の際の態度とは打って変わって、シモンは大変丁寧になっており、自ら私を接待するほどだった。



「ディオット令嬢、精霊は何か言っておりましたか?」


「精霊はよく庭に来る人間が犯人だったように思うと言っていましたが」



 それを聞いたシモンの顔色は青白くなった。おそらく花好きの自分の妻を思い浮かべてしまったのだろう。あのような態度を取られたとはいえ、心労で倒れそうな顔をしている相手をそのままにはしておけず、貴婦人の犯行とは考えにくいことも伝えておく。



「土を掘るのを精霊に手伝わせていたなら、あの精霊も覚えているでしょう。そういう訳ではないでしょうから、女性がわずかな時間であの深さの穴を掘るのは不可能かと。奥様ではないと思われますよ」


「そ、そうですか……よかった。しかしでは、一体だれが……」


「さて……精霊の言葉は庭師を指しているのではと思いましたけれど、あまり人間の見分けがつかないようなのでこの証言の信ぴょう性も薄いのですよね」


「なるほど……しかし騎士団からも以前の庭師を呼び出すよう要請されておりますゆえ、案外当たりかもしれませぬぞ」



 その後、ウルベルトも聴取から戻ってきたため、しばらく休憩を取って帰宅することになった。……その間シモンはやたらと私たちの機嫌を取ろうとしていたので、あまり休憩にはならなかったが。


 後日。結局、犯人は庭師の男であることが判明した。金銭絡みでもめた相手を毒殺し、遺体と毒を庭に埋めて証拠を隠滅しようとしたのである。私は見ていないが、遺体の他に毒の小瓶も埋っていたらしい。

 その毒が植物の精霊にとって非常に悪影響だったため、こうして発覚することになったようだった。


 そしてこの事件をきっかけに、私とウルベルトの仕事が貴族たちの間で知られるようになる。シモンが積極的に事件解決の手柄として話を広めているのもあって、うわさの広がりは早かった。まあそれについては問題ない。……しかし、それと一緒に私とウルベルトの恋仲説が広まっているのはどうにかならないだろうか。

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