第47話 エリクシルの欠片

 静寂したリビングに泣き崩れるトーマ。

 彼を介抱するモエ。

 頭を下げ続けるアドラとノナ。

 全員が口を閉ざした状況で携帯端末から軽い音が鳴る。

 アドラは端末を起動し、中身を確認する。


「トーマ君。第五ミッションの通知だ。次が今シーズン最後のミッションだ。これが終わればフィナーレ……すべてが終わり、優勝者の願いが叶えられた世界になる」


「願いが叶えられた世界……?」


 アドラの言葉にモエは少し難しそうな顔をしてアドラに聞き返す。


「我々の調査で分かったことがあるんだが、新人類に【なんでも願いを叶える】という能力はない。この世の理に大きく反するものであり、使えたとしてもその代償が大きいはず。だが、【シャドウズ・オブ・ロンギング】で起きたことを【無かったことにして】【元に戻す】なら簡単に叶えられる。この場合でいえば……ミヤコさんを生き返らせるや、プレイヤーを生き返らせるは可能だ。そしてお金持ちになりたいという願いは【立場】を【入れ替える】ということなら簡単だ」


「なんだか頭がこんがらがりそうです」


「そうだね。前提条件は君たちが生き残り、且つゼロに勝つか脱落させればいい。願いは【シャドウズ・オブ・ロンギングの期間内に死んだ者を生き返らせる】がいいだろうね。下手に家族だけを生き返らせるのは何かありそうだ。それで行方不明になったプレイヤーもいるから尚更だ」


「トーマ君!これならお母さんもマサルさんも、ハヤト君もミユキさんも生き返らせられるよ!頑張ろう?」


 トーマはむくりと起き上がり、再びアドラの胸ぐらを掴む。

 その目は先ほどと違い、赤い煌めきはなかったが、強い意思が込められていた。


「次の試合、絶対に勝たせろ……!エンハンスもあるだけ準備しろっ!」


「……残念だが、あと一つで私の資産が尽きるのだよ。それ以上のことはできない……」


「それじゃあこれでも売って金にしろ!」


 トーマは青色に輝く石:エリクシルの欠片を指差す。

 

「あれはほとんど臓器みたいなものだから、売れないんだよ?それに君のお母さんだっているじゃないか」


「あっ!アドラさん!それを使えばいいんですよ!」


「な、なにを言っているのかね?ノナ君?」


「ほら!詳しい人に聞けばチョチョイと……」


 ノナはカバンから小さなピラミッドの模型のようなものを取り出し、先ほどのように赤く煌めく目と赤い紋様を表す。

 何をしているのか判らず、トーマとモエはノナの行動を凝視し、アドラはノナの手の上に自身の手を重ねて力を籠める。


「「『応答せよ!』」」


 二人の息がぴったりに同じセリフを発すると、ホログラムのような映像がピラミッドの模型の先端から映し出される。

 そして、徐々に光が集まっていき、形を作る。


「犬の獣人だ」


『もしもーし、こちらポチお。何用かい?』


「オクトか。少しノナさんが話したいらしいんだ。聞いてくれ」


 ポチおと名乗り、オクトと言われた犬の獣人は右手を上げて合図する。

 それを確認したノナは口を開く。


「オクトさん!魔障石について聞きたいです!」


『また~。そんな危ないもので遊んでるの?』


「違いますっ!この四つの魔障石を使って、この子の新しい装置を作ってあげたいの!うんと強いやつ!」


 ノナはトーマを引っ張り、オクトの前に座らせる。

 突然のことで慌てていると、オクトは顎に手を当てて考える。

 そして険しい表情でトーマを見つめるとトーマは緊張して体を硬直させた。


『キミ、ニンゲンだろ?なんで獣人の姿になってるんだ?』


「それは……獣人にあこがれて作ったアバターだから……」


「ふうん……物好きだね。結論から言うと、魔障石の中にキミの血縁者がいなければ使えないけど」


「これが母さんの残したエリクシルの欠片だ」


 トーマは母親のエリクシルの欠片を取り出し、それを見せる。

 一瞬驚いた顔をするが、すぐに元通りの表情となる。

 そしてブツブツと何かを呟き、頭を掻く。


「アドラさん。納期はいつまで?」


「今夜までにはほしいと思っているんだが、難しいかな?」


『無理だね。魔障石は超高エネルギー物質だから、どれだけ頑張ってもひと月はかかる。それに、その機械に適応するように調整するなら、機械を作ったやつに訊くほうが効率良いな』


 アドラはオクトの意見を聴きそれはできないと首を横に振る。

 なんとなく事情を察したオクトもため息をつく。

 そんな中、いつも垂らしている耳を少しだけあげて、ノナが立ち上がる。


「オクトさん!こう、魔力でグニャグニャにして形にするとかできないの?」


『……明確な形があればできるかもしれないけど、魔力枯渇を起こすかもよ?あと、できたものを使って体に起きる不調とかも保証はできない。それでもやるかい?』


「血縁者でない魔障石を魔力の代わりに使うのはありかな?」


『それなら可能だよ。ふく様がよく使ってる方法だから難しくないはず。いいかい?そこのウサギ男君が魔力を使って石の形を変えてあげるんだ。アドラさんとノナちゃんは見守るだけ。そし……きっ……ぶだ――』


 突然通話が切れ、アドラとノナはへたり込む。

 モエがアドラに手を貸そうとするが、アドラはそれを拒否する。


「大丈夫。魔力がなくなっただけだから。じきに回復する。トーマ。聞いての通りだ。できるか?」

 

「やってみる……」


 トーマはアドラの方を一切見ず、エリクシルの欠片を持ち、それを胸に当てて力を籠める。


(お……重たい……!?)


 トーマの力とエリクシルの欠片の力の差に、トーマは膝をつく。

 心臓の鼓動が強く速くなり、不規則に脈を打つ。

 視界が回るほどのめまいと嘔吐を繰り返し、やがては血反吐を吐くことになる。


「トーマ君!」


「ダメです!今、あの中に入ればあなたも死んでしまう!」


「でも……!トーマ君が死んだら……」


「あの子を信じるしかない。一時的にだが、月兎の力を見せたんだ……」


 強く青い光が部屋を包み込み、光が収まると倒れたトーマの姿だけ残っていた。

 アドラが駆け付けると、眠っているだけのようで、大きく安堵のため息を吐く。

 そして、トーマの右手には碧い色のメモリーが握られていた。


「……それがキミにとって、強さの形なんだな……」


 夜まであと数時間といったところだったが、時間いっぱい彼を休息させることにし、アドラはバルコニーから外の景色を眺め、瞳を閉じた。


(ミヤコさん……息子さんを守ってくれ……)


 そう祈りながら、空に向かって頭を下げるのであった。

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