第7話 話題持ち切り

 朝日が差し込み、トーマはそのまぶしさで目を覚ます。

 あくびをしながらリビングへと向かうと、母親からぎょっとされる。


「な、なに……?」


「アンタが早起きするなんて珍しいじゃない?」


「そんな驚かなくてもいいじゃん」


「珍しいから驚いているの。あぁ、それと先生から聞いたわよ。あとゲームマスター?って人からも。【シャドロン】に選ばれたのね。お母さん、心配だけど、【新人類様】の逆鱗には触れないようにね?お父さんはそれで粛清されたんだから」


「わかってるよ。父さんのようなことはしないって」


 朝ご飯を食べ終え、身支度をし、靴を履いていると心配そうな顔をする母親が背後にいた。


「ミッションはいつ始まるの?」


「さあ?全然連絡来ないからわかんね」


「気を付けてね?お母さんアナタのファン第一号だからね?」


「よしてよ、んじゃ行ってくる!」


 母親の心配をよそにトーマは家を飛び出した。

 朝早く登校するのは本当に久しぶりで、学生や通勤中のサラリーマンが徒歩、自転車、キックボード、ローラースケート等で通っていた。


「みんな真面目に通っているんだな……」


 そう呟くと突然肩を組まれる。

 突然のことで驚いていると、制服を着ていることから同じ学校であるのは間違いないのだが、全く顔を知らなかった。


「トーマ!お前、【シャドウズ・オブ・ロンギング】見たぜ!あのハヤトをあそこまでコテンパンにしてスカッとしたぜ!」


「……誰?」


「お前のクラスメイトの田上だよ!席が隣じゃないか!寂しいなー!んで、どうやって参加したんだよ?」


「……ゲームマスターが突然来たんだよ。特別何かしたわけじゃないさ」


「へぇ……やっぱ、何か目に留まるようなものがあるから選ばれたってかんじかねぇ?」


 トーマは両手を挙げて首を横に振る。

 話したことのないクラスメイトと【シャドウズ・オブ・ロンギング】の話をしていると、トーマの前にいた人たちが道を開ける。

 その奥にはハヤトが立っていた。

 その目は憎悪に満ち溢れており、トーマは委縮する。


「誰が登校時間ずらしていいって言ったよ!?あぁ!?」


「べ、別に約束なんかしてないだろ……!」


 そう反論するとトーマは胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。

 バタバタと抵抗するも、びくともしなかった。

 

「お……ろせ……!」


「うっせえよ!昨日の生意気な態度を改めてやる!オレに逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」


 トーマを雑に放り投げ、サッカーボールを蹴るように足を振りかぶる。


「と……トランス・オン!」


 トーマは思わずアバターに変身し、プロテクターに蹴りがヒットする。


「……あぁっ!!?ぐうおおぉぉ……!!」


 非常に硬いプロテクターを生身の足で蹴り上げると、その痛さは想像に難くない。

 右足を抑えて悶絶するハヤトを他所にトーマに人だかりができる。


「【シャドウズ・オブ・ロンギング】のトーマだよ!サイン頂戴!」


「応援してるからね!」


「ウサギちゃんかわいい……!」


 トーマの生身の姿では何も注目されなかったが、アバターに切り替わったことで注目を浴び、タジタジになってしまう。

 すると背後から突然黒服の男に肩をたたかれる。


「あまり、外部ではアバターにならないように」


「あ、はい。ごめんなさい……」


 忠告を受けたトーマは元の姿へと戻る。

 俯いていると、黒服の男携帯端末を取り出し、トーマに何かを送信する。

 端末を確認すると、眼を大きく見開く。


「ミッションの知らせだ……」


「おいおい!いつやるんだよ!」


「……今日の夜だって」


 画面を見ても日時以外は特に書いておらず、黒服の男に訊ねようとするも、既に姿がなかった。


「今日の……夜かぁ」


 トーマは今日の夜に開催されるというミッションに備え、まずは目の前の学業をこなすことにした。

 一人になったハヤトは痛みをこらえながら立ち上がると、黒服の男が立っていた。


「なんだよ……」


「ゲーム参加者同士のゲーム外の小競り合いはご遠慮願いたい」


「うるせぇ!あいつが素直にいじめられていれば全てうまくいくんだよ!指図すんじゃねぇ!」


「いえ、規則ですので。ルールが守れない場合、失格となります。ご注意ください」


 黒服の男はそれだけ告げて、去っていくと怒りで顔をゆがませた表情でその背中を睨みつけていた。


「ふざけるなよ……!絶対に優勝してトーマを奴隷にしてやる……!」


 §


「お疲れさん。ちゃんと注意してきてくれた?」


「はい、トーマ様には不用意な変身を避けるようにとハヤト様にはプレイヤーとしての自覚を持っていただけるようにいたしました」


 ゲームマスターは満足そうな顔を浮かべて部屋にある大きなディスプレイの前に立つ。

 その画面には参加者八人全員が映っており、今現在の状況が監視できるようになっていた。


「憎しみがシンクロ率を高めてくれる……。今日のミッションは荒れそうだね。イベントも少し過激なものにしよう」


 ディスプレイの下に取り付けられているタッチパネルを触り、画面を操作していく。

 入力が終わり、腕を組んでゲームマスターとしての仮面を取り外し、部屋を出ていった。

 扉が閉まった瞬間、黒服の男は突然バラバラの肉塊になり、とどめと言わんばかりに黒い球に吸い込まれていったのである。

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