第8話 手を組む

 授業が終わり、トーマの周りに人が集まる。


「今日、ミッション頑張れよ!」


「あたし見るからね!」


「俺だって見てやるから、無様なことすんなよ!」


 今までハヤトにイジメられないよう無視をされていたが、【シャドウズ・オブ・ロンギング】に参加したことで応援をしてくれるようになり、トーマは少し嬉しくなる。

 逆にハヤトに媚びるような人がいなくなり、クラスのカーストが逆転した瞬間である。

 取り巻きはハヤトについていたが、クラスの雰囲気を察したハヤトは教室を飛び出していき、一緒に出ていった。


「くおれ!もう授業は終わったんじゃ!早う家に帰らんか!」


「げ!んじゃ、トーマ頑張れよ!」


 担任の教師が現れたことで解散となり、トーマも下校することにした。

 校門に人だかりができており、その端から眺めていると中心にはアイドルのようにかわいい風貌をした女の子が腕を組んで立っていた。


「あんな子いたっけ?まあいいや、帰ろ――」


「待ちなさい!貴方を待っていたのよ!」


「え……?誰……」


「だ、誰ですって!?同じ参加者じゃない!もう顔も忘れたの!?」


 トーマは昨日の参加者の顔を思い出していくと一人思い当たる人物がヒットする。


「えっと……も、モエさん……?」


 モエは満足そうな笑みを浮かべると、トーマはホッとする。

 つかつかと歩み寄ると、トーマは反対に後退していく。


「なんで逃げるのよ!」


「だ、だって何されるかわからないじゃん!?」


「何もしないわよ!ただ、共闘をしようって言いたいの。アイツの……ゼロのヤバさを知らないとは言わせないわよ?ゼロには優勝させちゃいけないって言ってるの。わかる?」


 トーマはゼロのことを思い出し、身震いする。

 元殺人犯であり、昨日のマサルとの対決で見せた残虐性。

 明らかに常人ではありえないような考え方をしているため、優勝した時に叶えられる願いを想像すると、非常に恐ろしく感じる。


「殺人しても許されるとか……」


「そんな生易しいものじゃないはずよ。もっと……例えば【新人類】になるとか……」


【新人類】という単語を聞き、その意味を知る。

 彼らは人類強化実験の成功者であり、神と同じ存在であるといわれている。

 完璧ともいえる頭脳に何をしても最高の成績を修められる身体能力、そして人類には備わっていない不思議な力を操る。

 そんな彼らは基本的に何をしても罪に問われない。

 ものを盗もうが殺人をしようが咎められることはない。

 それだけ彼らの権力は絶大なものである。

 彼らの権力の強さを指摘するものも少なくはない。

 何度か【新人類】に挑む者はいたが、数百の反乱軍に対し、たった一人ですべてを制圧した。

 その事実により、【新人類】に逆らうものは減り、国民は人類強化実験を受け、新人類の仲間入りを目指す者もいた。

 【新人類】には実験を受けるだけではなれず、様々な訓練を受けてすべてをクリアしなければならないと仲間入りできないらしい。

 トーマの住んでいる街でも何百人もの人が実験を受けたが、誰一人として【新人類】になれず、死亡した。

 そして、ゼロが【シャドウズ・オブ・ロンギング】の優勝賞品である【なんでも願いを叶える】力で【新人類】になれると考えているならば、阻止しなければならない。

 トーマはゼロの野望を止めることが優先事項だと考えた。


「……てる?……っと!ねぇ!」


 モエに突然怒られ、トーマは現実世界に戻される。


「ねぇ!人の話聞いてるの!?」


「ご、ごめん。……ゼロの野望は阻止しないといけないね……」


「だから、手を組みましょうって言ってるの!本当に大丈夫なの?」


「勝てるかはわからない。マサルさんだって、あんなあっけなくやられたんだし……。でも、頑張るよ……!」


 モエは少し不安そうな表情をしていたが、せっかくやる気を出したトーマを見て責めるのはやめた。


「いい?ミッションはあたしたちで達成する。得点で負けなければ優勝は確実なんだから。じゃあ、今日の夜にまた会いましょう」


 そう言ってモエは去っていった。

 ポカンとしていると田上に小突かれる。


「あのアイドルのモエちゃんと一緒なんて羨ましいぜ!後でサインもらえたらもらってきてくれよ!」


「バカ、そんなことできると思うか?」


「だよなあ。俺も【シャドウズ・オブ・ロンギング】に参加できるもんならしたかったぜ……。トーマ、早く帰って準備しないとだろ?頑張れよ!」


「うん。ありがとう」


 トーマは走って帰宅し、母親にミッションのことを伝えて自室に籠った。

 少しでも体を休めようとベッドで横になった。

 ゼロのことを気にするのはもちろんだったが、前回コテンパンにしてしまった事からハヤトの動きにも気を付けていかないといけないと悟り、少し憂鬱になる。

 少なくともハヤトがアバターに慣れてしまえば現実世界でいじめられていることと同じになってしまう。

 そうならないためにもトーマは自身のアバターについて考えた。

 ゼロの戦闘スタイルは明らかに狼の狩りのようなものだった。

 爪や牙が攻撃力として反映されるならば、身体能力もそれに合わせているはずだった。


「ウサギじゃなくてライオンとかにしとけばよかったのかな……?いやいや!オレはウサギの姿を気に入って作ったんだ。ウサギといえば――」


 ――ピピピピピピピピッ


 トーマの端末に設定していたアラームが鳴り響くと、気合を入れて立ち上がる。


「よし……!頑張るぞ……!!」


 トーマは家から姿を消し、全国中継されている会場へと【飛ばされた】のだった。

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