第6話 スカッとしたけど……

 煙が晴れるとハヤトは無傷だった。

 殴られた跡はあるが、爆発自体には巻き込まれていないようだった。

 アバター越しでも出るものは出るようで鼻水、涙、そして座り込んだ所には水溜りが出来ていた。


「勝者、トーマァァァァ!」


 ゲームマスターによってトーマの勝利が宣言され、手足が浮いているように感じ、手が小刻みに震えた。

 両手を見て、初めて殴った感触を確かめていると、メモリーがいつの間にか無くなっていた。


「衝撃で落ちたのかな……?」


「やあやあ、お疲れ様。初めての試合どうだった?」


「す、凄く緊張しました……」


「いいねぇ!ずっとイジメられてたもんね!スカッとした?」


「は、はい……!やっと、やり返せました……!」


 やっと、「一泡吹かせたぞ」といった気持ちで震えた声で、力一杯拳に力を込めた。


「うんうん!それじゃあ、オーディエンスの皆様に君の姿を見せつけてやりな!」


 オーディエンスの映った画面が沢山現れ、トーマを囲んだ。


「お、応援してくれたみんな……!ありがとう!……あ、あと!ギフトを送ってくれた方……本当に嬉しかったです!ありがとうございました……!」


「中々いいパンチだったぜ!」


「そんな体にしたんだから結果残せよ!」


「応援してます!頑張ってください!」


 トーマは最後はいつだったか覚えていないが他人から期待され、どうしていいのか分からず、タジタジになってしまった。

 そんな仕草を見せるもんだから一部の女子から人気を集める形となる。

 ちやほやされているトーマを見て怒りの形相になる人がいた。

 ハヤトだった。

 ツカツカと歩いてトーマに迫るが、黒服に行く手を塞がれる。


「退けろ!!こんなのインチキだろ!現実じゃ落ちこぼれのあいつに負けてないんだ!もう一回勝負させろ!」


「それはできないねぇ。オーディエンスは他の参加者も見たいんだ。ちょっと頭を冷やしてきなよ?」


 ゲームマスターがそう諭し、指を鳴らすとハヤトの姿が一瞬で消える。

 やはり、いじめられていたという心の傷は大きいもので、いくらトラウマ対象に勝ったとはいえ、トーマの心にはその記憶がくっきりと残り、心臓の鼓動が早くなっていた。

 その中でオーディエンスがポツリと声を漏らす。


「あの子身長を二十センチちょろまかしたんでしょ?動けなくて当然じゃない?普通の脚に義足を付けるようなものだし」


 オーディエンスの発言にトーマはハッとする。


(だからハヤトは何もないところで転げて、起き上がれなくなったんだ……!そんな状態で勝ったと言っていいのかな……?)


 すっきりしない気持ちになってしまい、心が少し曇るが時間は待ってくれなかった。

 

「さあさあ!次の試合始めるから会場に戻るよ!」


 手をパンと叩くと、トーマは先ほどのスタジアムに戻っており、そこにはハヤトの姿はなかった。

 そのまま試合は進んでいき、意外にもモエが好戦的であり、男性相手でも臆することなく勝利を収めていた。

 そして、エキシビジョンマッチ最後の試合はマサルとゼロの組み合わせだった。

 難なく体を動かしているところ、マサルは現実でもかなり筋肉質な体をしているようだった。

 そして、もう一人の獣人アバターのゼロ。

 黒い狼の姿をし、白兎のトーマとは真逆のものだった。

 トーマはデバイスの力を身をもって体感しているため、体の頑丈そうなマサルを応援する。

 実際の格闘技でもミニマム級のボクサーがヘビー級のボクサーを倒すことはほぼない。

 体重差は観ているよりも特大のアドバンテージになるだろうと踏む。

 マサルも同様の考えをしており、トーマの試合を見た後で、ゼロと対峙するも先ほどのような威圧感やプレッシャーは感じなかった。

 インファイターのように、両手を顔面まで上げ、構える。


「それじゃあ始めるよ!レディ……ファイッ!!」


 戦いの火ぶたが切って落とされた瞬間、モニター越しでも伝わる憎悪のような気配に参加者は全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。



 簡単に言ってマサルは四肢が欠損するほどの重症になっていた。

 マサルの筋肉はゼロの牙によって綿あめのように食いちぎられ、その爪をもってスーツが欠損し、生身の体を抉っていた。

 それも内臓があらわになるほどの。

 高校生やアイドルからすると非常にスプラッターな光景を見せつけられ、声が出せなくていた。

 そんな状況でもオーディエンスの歓声は響き渡る。

 ゲームマスターも大変余裕そうな表情をしている気がした。


(い、異常だ……!これが普通なのか……!?)


 ゼロはマサルやオーディエンス、ゲームマスターに興味がなさそうにドカッと座った。

 動かないマサルの体が会場に戻ってくる。

 ゲームマスターはマサルの体に手を触れると、不思議なことにはみ出た内臓は自動的に体へ戻り、漏れ出ている血液と吹き飛んだ四肢が糸に繋がれたような動きをしながらそれぞれが引っ付く。

 確実に死に向かっていたマサルの体は試合前の体へと【戻って】いた。

 しばらくすると、ただ眠っていたような感じで起き上がる。


「あれ……?試合は……?」


「マサルさん!?大丈夫なんですか!?」


「へ……??」


「彼なら大丈夫だよ。【元に戻した】からね!」


 ゲームマスターの不思議な力によってマサルの体は修復され、【死ぬことはない】の意味を初めて知った。

 何が起きているかわからないマサルを放置し、ゲームマスターはオーディエンスのほうへと向き、イベントを進行していく。


「オーディエンスの皆様!これにて今シーズンの参加者の発表を終えるとしよう。いろいろと気になることはあると思うけれど、サポーターになりたいという方がいれば私のところに連絡をくださいね!それじゃあ、参加者たち!今一度、応援してくれたオーディエンスの皆様にアピールを……」


 トーマは恥ずかしがりながらも両手を振り、アピールしてエキシビジョンマッチという名の顔合わせは幕を閉じたのだった。

 家に転送されたトーマは自室のベッドで仰向けになって寝転がる。

【シャドウズ・オブ・ロンギング】はサブスクリプションの番組で放送されている。

 年齢制限や、会員にならないとみることができないため、詳細はよく知らなかったが、今回身をもって体験した。

 これからどのようなことに巻き込まれていくのか不安に駆られるが、自分の願いは何なのか、考えていると眠気が襲い、そのまま眠りについた。

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