俺がバイトしているカードショップに、学校一の美少女が「カードを教えてほしい」とやってきた。

暁刀魚

カードを教えてほしい学校一の美少女と、カードショップ店員の俺

 人には、居場所ってものがあると思う。

 大抵それは、家庭だったり職場だったり、学校だったりするものだ。

 でも、どうしたってそういう場所で居場所が存在しない人ってのはでてくるものだと思う。


 俺みたいに、対して取り柄らしい取り柄もないモブは、学校では存在しないものとして扱われる。

 残念ながら、学校に居場所なんてものはなかったのだ。

 けど、正直学校でのことなんて俺はほとんど頓着していなかった。

 だって俺には、学校以外の居場所があるから。



 それが、カードショップだ。



 自慢でもなんでもないが、俺はそこそこ重度のカードゲーマーである。

 オタク、と言ってもいい。

 週末は毎日カードショップへ通い、大会に参加したりする日々。

 高校に入学してからは、親戚がカードショップをしていることもありそこでバイトさせてもらうようになった。

 正直、ショップでの生活は充実していると思う。

 毎日カードのことばかり考えて、それを週末の大会やフリーに活かす。

 バイトでカードを扱うことも楽しいし、やってくる常連もいい人ばかりだ。

 風呂にも毎日入ってる人ばかりだし、な!


 そんな充実した毎日を送る俺が働くカードショップ「プレイマーケット」に、変化が訪れたのは。

 バイトを始めてから、しばらくたった夏のことだった。


 その日、店長である「黒宮」さんは一時的に店を離れていて。

 店員は俺一人だった。

 高校生一人で大丈夫か、と思うかもしれないが。

 まぁ開店してすぐだし、人もやってこない。

 黒宮さんも本当にちょっと離れてるだけだから、問題はない。

 ただまぁ、その時は。

 問題こそ起きなかったけど、驚くべきことが起きたんだが。


「いらっしゃいませー」


 客が入ってきた音に反応して、俺は定型句を返しながら顔を上げる。

 この時間にやってくるのは、俺の妹か常連の誰かか。

 もしくは黒宮さんが早めに戻ってきたのか。

 そう思いながら上げた視線の先に、彼女はいた。


 それはもう、とびきりの美少女だ。

 ちょっと驚くくらい、顔がいい。

 流れるような金髪に、力強い視線。

 一見陽の雰囲気をまとっているが、服装はゆったりとしたワンピースで、清楚感がある。

 見たこともないような、可憐な少女。

 だけどどこかで見覚えがある、ような?

 マスクをつけているから、顔が隠れていてよくわからないんだ。

 でも、確かに俺はこの人を知っている……ような。

 とか、思っていると。


「あの……私、カードゲームに興味があるんですけど」

「あー、えっと……初心者の人」

「その……はい。アニメとか漫画では読んだことあって、でも実際にプレイしたことはなくて……ですね」


 ――なるほど。

 女性のカードゲーマーというのは非常に珍しい。

 対面でプレイするゲームで、男性比率が高いからだろう。

 うちでも、女性のプレイヤーは店長である黒宮さんと、俺の影響でカードにどっぷりなオタクの妹くらいだ。

 最近は、アプリとかでDCGが色々でているから、そっちをプレイしている人はいるんだろうけど。

 あと、この人みたいにアニメとか漫画は読んでる人もいるだろうな。

 ほら、主人公とかライバルがイケメンだから。


「じゃあ……そうだな。えっと、知ってるゲームはある?」

「アニメとかは、一通り見てます。”イグファイ”は全シリーズ見てるし……」

「あのシリーズ全部見てるの!?」


 流石にそれはちょっとびっくりだ。

 俺だって追いきれてないシリーズ結構あるのに。

 こりゃあ相当にどっぷりなオタクなんだなぁ、と思いつつ。

 ふと、女性の目を俺は見た。


 この瞳を、俺は間違いなくどこかで見たことがある。

 吸い込まれるような、翡翠の瞳。

 この瞳に、俺は覗き込まれたことがる。

 たしか、アレは――――



「……天河アマカワ?」



 思わず、ぽつりと。

 俺は彼女の名前を口にしていた。

 その言葉に、女性――天河はとても驚いた様子で。


「……よくわかったね? 空井そらいくん」


 俺の名字を、呼んだのだ。



 □□□□□



 天河美桜あまかわ みお

 俺が通う学校で、一番の美少女と噂される少女だ。

 特徴的な金髪碧眼は家族譲りの自前のものだそうで、とにかく目を引く。

 ただ、何よりも印象に残るのはその笑顔。

 誰からも好かれるような、笑顔の似合う美少女で周囲にはいつもクラスでカースト上位の男女で溢れている。

 俺とは、住む世界の違う人間。


 そう思っていた彼女が、どういうわけか俺の居場所であるカードショップにいる。

 これが、冷やかしだったら警戒心も湧くというものだが。

 彼女は本気だ、イグファイ――イグニッションファイトのアニメシリーズを全部見てるというその声に嘘は感じられないし。

 何より、会話にこちらをからかうような雰囲気がない。

 本当に、ただ興味を持ってカードショップに足を踏み入れたオタク、みたいな感じだった。


「やっぱり私の髪って……目立つかしら」

「いやまぁ、それでも個人を特定するのは難しいと思うよ。顔隠してるし」

「じゃあどうして、空井くんは解ったの? 私、これでも学校とは雰囲気変えてるから、こんなすぐにはピンと来ないと思うんだけど」

「それは……なんか、言うと恥ずかしいから、秘密で」

「えー? 残念」


 いやだって、瞳に見惚れてしまったからとか。

 言えないだろ、実際。


「というか、意外だった。天河ってオタクだったんだな」

「……学校では隠してるの。周りの人は全員陽キャだし。変な目で見られるから」「あー……」


 まぁ、なんというか。

 自分はそういうのとは無縁です、みたいな人多いよな。

 いや、今の時代オタクと陽キャの境目なんて曖昧で、そういう陽キャでもジャンプとか読んでる人は結構いるんだろうけどさ。

 少なくとも、カードに興味があったりイグファイ全部見てるっていう天河とは……多分、層が違う。


「正直、教室でゲームとか漫画の話してる人が羨ましい。私だってソシャゲのスタミナ消化したいのに、全然できないの」

「それは確かにキツイよな。俺も学校だとカードやってる友達がいないし」

「空井くんって、カード好きだったんだね」

「昔からずーっとカードばっかりやってるんだ。このカードショップ……プレイマーケットが俺の一番の居場所、かな」

「……居場所があるって、いいね」


 それからしばらく、天河といろいろ話をする。

 話をすると、びっくりするくらい天河はオタクで、いろんなコンテンツに詳しかった。

 カードゲーム一辺倒な俺のほうが、むしろ知識としては浅いくらいだ。


「正直、せっかくいろいろ話せてるだろうに、全然ついていけなくて悪いな」

「ううん。興味をもって聞いてくれてるだけでも、私嬉しいわ」


 ただ、流石にカードのこととなれば話は別だ。

 イグファイは有名なTCGだから天河も詳しかったけど、TCGには他にもいろんな作品がある。

 俺は結構いろんなTCGに手を出すタイプだから、そこら辺は話も結構噛み合った。


「じゃあえっと……早速だけど、カードについて教えてもらっていい?」

「いいぞ、今はやることもないし、人もいないしな」

「人はこれから来る感じ?」

「イグファイの大会が1時間後だからな、受付が始まるまでにぽつぽつ来て、大会が始まる頃にはピークになる」


 プレイマーケットでは、イグニッションファイトを始めいろんなTCGを取り扱っていて、その大会を週末に毎週開いている。

 大会を開くTCGは複数あるから、いろんなプレイヤーが目当てのTCGをプレイするために集まるわけだ。


「天河は、どのTCGがやりたい?」

「空井くんは、何のTCGやってるの?」

「まぁ色々だなー、メインはイグファイ」

「やっぱ人気だものね、私もそれにしようかしら」


 なんて言って、二人で商品の方に向かう。


「イグファイ始めるなら、やっぱりこの構築済みデッキを買うべきだな。汎用カードもいい感じに入ったのが三種類ある」

「おー」

「この三種類以外は、カードが基本一枚ずつしか入ってなくてな。昔は三つ買うのがデフォだった」

「お高い……」

「それでも三千円ちょいで組めるだけ、まだ安い方だけどな」


 天河は、ある程度事前に情報を調べてきているらしかった。

 三千円で安いって言っても、そこまで驚いた様子はない。

 お高いデッキは本当にお高いからな……俺も学生の身、そこまで高いデッキは組めない。

 アニメも知っているなら、基本のルールもある程度は解ってるだろう。

 実際のルールは非常に複雑だが、プレイする分には最低限の流れさえわかっていれば必要な情報が少ないのもイグファイのいいところだ。

 コストの概念がないしな。


「デッキは可愛い系と、かっこいい系と、ちょっと色物でテクニカルなタイプがあるが……どれにする?」

「んー、テクニカルなタイプは初心者向けじゃないみたいだけど……」

「そうだな、ほしい汎用も入ってなかったりするし」

「でも、そうね。……せっかくだし、空井くんが選んでよ」

「……俺が?」


 俺が!?

 せっかくだし!?

 なんかワードが、ちょっとこっちを勘違いさせる選び方だな。

 まぁ、天河ってオタクにも分け隔てなく優しいタイプだし。

 こう、勘違いさせやすいところもあるんだろう。

 気にしないようにしよう。


「んー、そうだな」

「……わくわく」


 何やら、横で楽しげに笑みを浮かべてこっちを見ている。

 翡翠の瞳はランランと輝いていた。

 学校でこんな天河、見たことないぞ。

 期待が……重くない?

 ともかく。


 これは流石に外せない。

 とりあえず、テクニカルなタイプはなしだ。

 初心者に薦めるうえで、汎用カードがあんまり入ってないこいつはまずい。

 全部まとめて買うならほしいけど、一つってなったら流石に除外だ。

 とすると、この可愛い系かカッコいい系のどちらかになるわけなんだが……

 普通に考えれば、可愛い系。

 似合うしな。

 でも、なんていうか――


「……天河には、こっちのほうが合うんじゃないか?」

「――――」


 俺が手に取ったのは、カッコいい系だ。

 天河は、少し意外そうに俺をみた。


「……どうして、こっちにしたの?」

「いや、なんというか。天河ってどっちかというと美少女アニメより、ロボットアニメとかそういうのが好きそうな気がして」


 さっき、少し会話した限りの感触だが。

 そもそもカードゲームアニメってかわいいキャラもいるけど、比率は少ないしな。

 後は――


「このデッキ、アニメにも登場しただろ?」

「……そうね」

「だったら、愛着もあるんじゃないかと思って」


 可愛い系の、いわゆる美少女デッキがアニメに登場したことはない。

 テクニカルな方も、だ。

 だから、アニメシリーズ制覇してるという天河にとって、一番フックになるのはこのデッキだと思った。

 まぁ、それだけだな。


「……愛着、愛着かぁ」

「ダメだったか?」

「――ううん、全然。むしろ、嬉しい」


 そう言って、天河は。


「愛着……とっても湧いてるよ」



 今までに、見たこともないような笑みを浮かべた。



 思わず、見入ってしまいそうな。

 普段の天河の笑みは、どっちかっていうと凛とした美人な笑みだ。

 でもこれは、もっと子供っぽい――素直な笑み。

 驚くくらい朗らかで――屈託のない笑みだったんだ。


「……天河は、そっちのほうが似合うな」

「――――え?」

「あ、いや、なんでもない」


 ポツリとこぼれた言葉が、聞こえてしまっただろうか。

 誤魔化すように手を降って俺は商品のコーナーを離れる。

 カウンターの方に言って、それから天河に促した。


「それじゃあ、天河。これから同じカードゲーマーとして、よろしくな?」

「……うん」


 そして、浮かべた朗らかな笑みで。


「これからよろしく、空井くん」


 俺に、そう答えたのだ。



 □□□□□



 人には、居場所って物があると思う。

 でも、私――天河美桜にはそれがなかった。

 学校では周囲に学校の代表であることを求められて。

 家では将来”しか”期待されていない状況。

 今の私は、もっとアニメや漫画、ゲームで遊びたいのに。

 そんなこと、周りの誰も私に期待なんてしていなかったんだ。


 誰かから期待されることは、決して嫌いではない。

 ただ、期待しかされないことはあまりにも重荷で。

 私という存在が、他人の期待だけで構成されているような気がしてしまっていたんだ。


 そんな時だった、学校の帰り道に”彼”の姿を見かけたのは。

 空井リクくん。

 私のクラスメイトで――学校では、どこか居場所のなさそうな男の子。

 一応、オタクグループに所属していて友人もいて、無難に学校生活を送っているように見える。

 でも、なんとなくその表情はどこか心ここにあらずで、私は彼に少しだけ親近感を覚えていたんだ。

 そんな彼が――きっと、バイト中だったのだろう。

 エプロン姿で、見知らぬ店に入っていく姿を見かけた。



 その顔があまりにも満ち足りていて、私はとても驚いたんだ。



 学校では、見たこともないような顔だった。

 普段から退屈そうに、人の輪の少し外にいるタイプだった彼が。

 その場所を、自分の居場所だと認識しているのが人目で解ったのだ。


 そんな彼が入っていったお店が――カードショップ「プレイマーケット」。

 カード。

 いわゆる、TCGと呼ばれるそれ。

 アニメや漫画では、結構好きなジャンルだった。

 でも実際にプレイするとなると、全くといっていいほどの未知のジャンルだったんだ。


 普段なら、勇気が出ずに二の足を踏んでしまう場面。

 だけど――あまりにも、ショップに入っていく彼の姿が魅力的だったから。

 私はそれに、惹かれてしまったんだと思う。


 気がつけば、少しだけ変装をしてカードショップを訪れた。

 私が天河美桜だって気付いたら、空井くんを困らせてしまうかと思ったから。

 でも、彼はすぐに気がついた。

 本当にびっくりするくらいあっさりと。

 そりゃあ、私は髪色とか非常に目立つけど。

 それでも、気付くのにはもう少しかかると思ってたんだ。

 なのに彼は殆ど初見で私に気付いてしまって。


 しかも、その後のことだ。

 私は空井くんに、自分が使うデッキを選んでほしかった。

 カードの話をする空井くんは、学校とは打って変わって生き生きとしていて。

 ここが彼にとっての居場所なんだなってことが、一目で解るほどだったから。

 そんな彼が選んだデッキなら、きっと長くプレイできると思ったの。


 そして彼が選んだのは――私のことをすっごく考えてくれたデッキだった。

 確かに私はアニメが好きで、彼の選んでくれたデッキには愛着がある。

 でもそれ以上に、君が私のために選んでくれたデッキだから、私はもっと愛着が湧いたんだ。


「……天河は、そっちのほうが似合うな」


 そう、彼は言ってくれた。

 殆ど、ポツリとこぼれちゃったような発言だったけど。

 私の心に、これほど響いた言葉は。

 多分、人生でも他になかったんじゃないかな。


 ありがとう、空井くん。

 君がいてくれれば、私もカードショップを居場所にできるかもしれません。

 だからこれからも、できることなら末永く。

 よろしくお願いします。

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俺がバイトしているカードショップに、学校一の美少女が「カードを教えてほしい」とやってきた。 暁刀魚 @sanmaosakana

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