第二章 ヴァイダムの超秘密兵器
ダイネハン計画
「むむっ」
魔王軍の首魁であるルシファリアは氾濫する記憶を抑え込むのに集中し過ぎて、うっかり現状を認識するのを忘れていた。すぐさま脇に抱えている機罡獣・不思議な鳥カーバンクルを確認して安堵した。見上げれば満点の星空に細い月が照らす雲海の上だ。そこを、闇夜と同じ色をした黒い鎧から生える翼を広げて飛んでいる。激しい戦いを制したはいいが、危うく消滅させられるところだった。そのような極限状態にあったせいか、旧世界における機罡戦隊との戦いで破壊された時の苦々しい記憶が大量に思い起こされたのだろうか。
「ねえ、ルシファリア。少し休んでいこうよ。気分悪そうだし」
脇に抱えたこの鳥は隙あらば逃走の機会をうかがうので隙を見せられない。
「誰のせいだと思うておる。まったく腹立たしいが、今は帰還を優先する。せいぜいそれまでは減らず口を叩いておればよいわ」
戦闘で負ったダメージが著しく、空を飛ぶにしろ全力には遠く及ばない。空翔る戦天使と謳われたルシファリアにはそれが腹立たしい。そこを見越して呑気に話しかけてくるカーバンクルが憎たらしくて仕方がないが、ここで怒っては相手の思う壺だ。この鳥はそれだけ油断ならない。
宝筐*へ放り込んでやりたいが、中にいる四人の部下は全員意識を失って倒れている。その中の一人は重傷で一刻の猶予もない。この鳥が彼らの寝首を掻くとは思えないが、狭い宝筐の中とはいえ自由にさせるのは危険極まりない。
「それはアリアの体なんだね」
「なに?」
すっ、とルシファリアは飛行を止めて空中に留まってしまった。脇に抱えていたカーバンクルをしっかりと握りなおして正面に見据え、睨みつけるように問うた。「貴様、なぜその名を知っておる」
「さっきうなされていた時、叫んでいたんだ」
「うなされて……」 と驚いたルシファリアだったが、うっかり自分が過去の記憶を抑え込もうとしていた時の情報がカーバンクルに流出したものだと思い当たった。
機罡獣は人間ではないので睡眠をとる必要はないのだが、彼らの核である機罡石に蓄えられた膨大な情報と記録は時折整理をしないと誤作動することがある。普段ならば無意識のうちに情報の処理をしているのだが、ルシファリアの体は現在戦闘で負ったダメージが深刻であることと、無理をして飛行をしていることもあって、記憶回路の一部が暴走状態になった。彼女はそれを抑えるために意識を集中させたのだが、情報を制御仕切れなかった。その異変を見逃さなかったカーバンクルはすかさずルシファリアと脳波を同調させ、彼女の記憶回路から溢れた情報を集めることに成功したのだ。
「その姿に見覚えはあったんだよ。昔、君の後ろについて歩いていた小さな女の子の姿にそっくりだって。まさか彼女の体を乗っ取っていたなんて」
「それがどうした。保険に用意したモノを使って危難を乗り越えただけの話じゃ」
「アリアにだって生きる権利があったんだ。それを……」
「だまれ」 カーバンクルを握る手に力が入った。これには言いたいことが山ほどあった。「魔王ハジュンが敗れ、魔力の消え去った世の中がその後どんな運命を辿ったか、知らぬ貴様ではあるまい。魔法に頼り切った人間共はパニックに陥り、それこそ地獄のような様相を呈したのだ。幼子が一人で生きていけるはずがないわ」
「うぅ、それは……」
皮肉なことに、魔王軍に勝利した人類が得たものは平和とは真逆の混乱だった。魔王による支配は苛烈な理不尽を要求されるものではあったが、ある意味で平等であり、人々の生活はハジュンのもたらす魔法の力で大変便利に営まれていた。このため、魔王ハジュンを倒した女神カノンと機罡戦隊こそがこの世を滅ぼし、混沌を招いた諸悪の根源であると叫ぶ者もいる。そして人類が魔王の束縛を脱し、独自の生活様式を手に入れて歴号を新世紀と改めるまでには、少なくとも二百年近い歳月を必要とした。
現在、魔王の力の一端が再びこの世に現出し、人類は魔法の力を享受して大いに発展した。これをレアンシャントゥールというが、現代では仮に魔法の力が枯渇しても生活に支障がないよう、その利用と普及には細心の注意が払われている。
「アリアとその魂は今も私の中で生きておる。これを慈悲と言わずに何という。そして再びこの世にハジュンの力が顕現したからには、何としても我らが宿願を果たすとき。それを果たせばアリアも満足するであろう」
「君たちの宿願……ダイネハン計画のことを言っているのなら、お門違いだよ」
「この世に真の平等と平和をもたらす神の思し召しじゃ。それを止めようとする貴様らの方がよほど不敬ではないか」
ダイネハン計画とは、旧魔王軍であるジャハンナムが世界征服を成すまでを第一段階とし、その後天界と人間界を隔てる冥界の壁を取り払って一つにしようというものである。天と地がひとつになることで魂の循環をなくし、生と死という輪廻からすべての命を解放しようというものである。
魂は冥界のエネルギーであり、それが人間界に降りて生物に宿る。その生物が死ぬと魂は冥界に帰っていくが、それには様々な汚れや穢れが付着しているので、天界にいる人間(天部)の手によって丁寧に浄化され、再び地上へ戻される。この時に落とされた汚れこそが悪意であり、これが集まって魔王ハジュンが生まれた。
繰り返される争いで無限に増殖する悪意の中でハジュンは考えた。天と地を一つにし、この世をすべて悪意で満たせば、逆に争いはなくなるのではないか。光は影を生むが、闇はどこまでも等しく心を包む。そのような世界ならば人は人であることから逸脱し、新たな生命体へと進化するだろう。悪に染まった世界こそ命が求める究極の在り方であり、真の平和と平等はこの世界でしか成し得ない。すべての魂は
旧世界のジャハンナムも、新世紀のヴァイダムもこの魔王の計画を実現させようと狂騒し、それを止めようと戦うのがカノンと機罡戦隊である。
「天と地を合わせようなんて無茶な話だし、下手をしたら宇宙ごとこの世界が吹き飛んじゃう」
「ふふふ、安心せい。天を落とせば天部どもはその肉体を失い、魂が抜け出る。それを我が魔戦士達に取り込ませることで、新たに誕生する新世界の防人とするのだ」
「もうやめて、ルシファリア様……」
「アリア⁉」
不意にした声に振り向くと、そこには鏡に写すが如く、自分と同じ姿をした少女がいた。
*宝筐 読みは「ほうきょう」または「ミラクロ(ミラクルエンクロージャー)」。機罡獣が備える魔法の箱であり、その容量や形などは機罡獣ごとに異なる。異次元に設置されており、機罡獣はそこに保管した物や人を自由に出し入れすることが出来る。ルシファリアの場合、体にガマ口財布を紐でかけて吊るしており、その中が宝筐につながっている。便利だが大人四人が入ると大変に窮屈になる程度の広さらしい。カーバンクルは額の宝石を輝かせることで対象を出し入れする。こちらも容量は大したことなく、本人曰くクローゼット程度とのこと。
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