機罡戦隊ーきこうせんたいー2 ヴァイダムの超秘密兵器

あおくび大根

古き世界の終焉

序章

ヴェーダ

「いや、こないで……!」


 怯える少女の声が虚空に響いた。崩れていく魔王軍の居城の中を逃げ回っていたその小さな娘は、おおよそ人の形をしていたであろう不気味な存在に追われていた。


「アリア……。私のアリア……。なぜ逃げるのじゃ……。こちらへおいで……」

 

 ぼろぼろの体に無傷な箇所はなく、全身を構成していたであろう魔法の術式は維持力を著しく低下させて、その輪郭線は縄が解けていくように霞んで揺らいでいた。魔王ハジュンの手によって産み落とされた機罡獣であり、敵対するカノンの機罡獣を圧倒してきた空翔ける戦天使ルシファリアの敗残した姿だった。

 逃げる少女に苛立ちを覚えながら、ルシファリアもまた自身の体が消えていく焦りに駆られて執拗に少女アリアの後姿を追いまわした。このままではすべてが消えてしまう。魔王が、軍団が、偉大なる計画がすべて水泡に帰してしまう……! そうはさせてなるものか。自分と同じハジュンの機罡獣*であるシャモン、レヴィも倒された今、私までもがここで消えるわけにはいかない。


「ひっ!」


 恐怖に支配されたまま壁際に追いつめられ、へなへなと腰が抜けたアリアはゆっくり近寄ってくるかつての主人を震えながら見ているしかなかった。


 ルシファリア様……。


 かつて奴隷の身であった自分に救いの手を差し伸べてくれた姉のような存在。自分を従者に取り上げてくれ、ゆくゆくは魔王ハジュンの大神官にまでしてやると言ってくれた恩人だ。味方からでさえ破滅の堕天使と畏れられるルシファリアであったが、アリアにとっては正真正銘の天使であったのだ。そんな主人に報いたいと思うアリアの心とは裏腹に体を硬直させる恐怖はぬぐいようがなかった。


 のそり、のそりと、ついにルシファリアの半壊した顔がアリアの眼前に迫った。過呼吸に陥って声も出ないでいる従者に崩れ行く天使が囁いた。


「ア、アリアよ、畏れることはない……。私は、このような時のためにおまえの世話を見ていたのじゃからのう……」


「……?」


 半壊する顔に辛うじて残されたルシファリアの眼はかっと開かれ、震えながらも困惑した表情を浮かべるアリアを穿つように見ていた。すでに右腕は虚空に消えており、残された左手をアリアの黒い髪に伸ばし、そのまま幼い顔に触れさせた。「ふ、ふふ、ふ……。やはり私の見立てに間違いはなかった。お……おまえの魂力ヴェーダたるや、幼いながらも実に強大な可能性を秘めておる……!」


 魂には宇宙の根源ともいうべき強力なエネルギーが秘められており、これをヴェーダと呼ぶ。元は知識を意味する言葉なのだが、様々な不思議な力の具現化に伴い、それらを駆使する能力であったり、または強さそのものの指標として使われるようになった。魔王軍はこの魂力ヴェーダを利用して強力な軍隊を作ったり、或いは大きなヴェーダの込められた魂を取り出して巨大兵器の動力にした。それが広大な領土を支配する大帝国を生み出したのだ。

 帝国は魂力の強さを計測する魔術を用い、その力を七段階に分けて運用した。強い魂を持つ人間ならば出自や立場に関わらず国家の要職に据えられ、優遇することで、広域な支配地を統治させた。魂力は人間の年齢でおおよそ十八歳を迎える頃が最も強く輝くとされ、そこで魔王軍の占領下にある国々では対象となる若者を儀式にかこつけて判別し、有能な人間を次々と吸い上げて自軍の強化と占領地域の運営に利用したのである。

 ルシファリアがアリアを見出した時、彼女の魂力は限りなく小さかったが、光るパワーの片鱗を感じて手元に置いた。この時、奴隷であった少女には名がなかったため、ルシファリアは強く大きな魂を育むようにとの願いを込めて自分の名の一部を彼女に授けた。


「で、できることならばもう少しおまえの心身が成長しておればよかったのじゃが……こうなっては仕方がない。さあアリアよ。その魂と肉体を私に譲り渡すのじゃ」


「そ、そんな……」


 自分の心情を正しく相手に伝えるのにアリアは幼過ぎた。ましてや想像を絶する窮地の中だ。身は固まり、言葉は出せない。少女は自分の気持ちを涙で代弁するのが精いっぱいだった。


「ふ、ふ、ふ……案ずるな。おまえは私と共に永劫の世を生きる。魂を束縛するつまらぬ肉体など解放するのじゃ」


 辛うじてルシファリアの体を構成していた魔法の術式が完全にその効力を失い、後には弱々しく光を放つ核のみが宙に浮いていた。これこそが冥界の秘宝、無限の演算能力を持つとされる機罡石であり、天界から魔王ハジュンによって強奪された稀少な鉱石。その石の不思議な輝きに思わず見入ってしまうアリアだったが、突然それが自分に向かって飛んできたのに驚いた。石はまるで水面に投げ込まれたような波紋を残してアリアの小さな体の中へ姿を消した。直後、アリアの体はビクンと激しい痙攣を起こして倒れ、たまらず叫び声を上げながらその場をのたうち回った。


「ル、ルシファリア様、どうかお許しを……! もう、好き嫌いはしません……、寝坊もしませんから……、だから、た、助けて……」


 悲痛な声は長い時間と共に小さく、やがて聞こえなくなった。そこからさらに時間が経過すると少女の体は異彩な気配を伴い、のっそりと起き上がった。


「ふん……、アリアめ。最後まで抵抗してくれたおかげで大きく時間を費やすことになったが……まぁよい。小癪ではあるが、それだけ強きヴェーダの持ち主であったということで、私の見立てが正しかったという証しじゃ」


 アリアの体を手に入れたルシファリアは静まりかえる魔王軍居城の窓から空を見上げた。荒れた空の雲間から陽の光が差し込み、地上を照らしている。それを見たルシファリアは、戦いに決着がつき、大きな力が失われていくことを実感した。魔王と、魔王軍の敗北を……。


「いや、何を弱気になっておるか。ハジュンはきっと甦る。それまでは、この身を休めるとき。憎きカノンと忌まわしき機罡戦隊どもめ、今に見ておるがいい……」


 魔王ハジュンと女神カノンの戦いは千年後の未来へ持ち越された。すべてが変わった世界で一人、目を覚ましたルシファリアはわずかに感じるハジュンの魔力を頼りに、新たな魔王軍であるヴァイダムを組織した。旧世界で果たせなかった計画の遂行に着手するために……。



*ハジュンの機罡獣

 陸を震わす巨猿シャーズィモン、深き海の魔竜レヴィアタンのこと。これに空翔ける戦天使ルシファリアを合わせ、魔王軍ジャハンナムの三巨頭として君臨した。天界より強奪した機罡石の塊から魔王ハジュンの手によって錬成されたため、非常に強大なパワーと個性的な人格を持つ。

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