第32話

「はぁ、ようやくここからおさらばか」

「名残惜しいの?」

「いや別に。とっとと帰って家で寝たいよ俺は」


 遺跡を走る二人の姿があった。レイとシェリーだ。

 クレアは部隊を指揮するため、二人からは随分後方を進んでいる。

 レイとシェリーは放っておいても問題ないと判断されたので、自ら探索をし、先頭を進んでいるのだ。


「つーかシェリー、ズルいぞお前」

「何が?」

「あんな訓練してたことがだ。俺だって前からしてたら、もっと強くなってたはずなのに」


 狙撃銃と回転式拳銃手放したレイが握っているのは、たった一本のブレードだ。

 銃器を一切持たず、彼はブレード一本で戦うことを決めた。それは、偽物とはいえ大量の人間を刻んだことを、忘れないためだという。


 司は、これからはブレードだけで戦いたいというレイの要望を受け入れ、丸1年掛けて訓練プログラムで剣術を叩き込んだ。

 結果、今は不意打ちでなければシェリーの電磁投射砲の弾丸を切れるほどまで成長している。音速の数倍の速度で飛翔する弾丸を、放たれてから切るのだ。

 当然、そこまで反射神経と運動能力が上がってしまえば、グレムリンの使う銃器など豆鉄砲以下、止まって見えるそうだ。


 問題は銃器を手放したことで遠距離どころか中距離戦闘まで行えなくなったことだが、そこは1年で更に射撃技術や索敵、移動、判断能力全てを向上させたシェリーがカバーする。


 近隣の製造工場を掌握した司がグレムリンを操作するという実戦形式で行われた訓練は、死なないと分かっていても命の危険を覚えるほどだったという。

 だが結果としては、司の指示無し、更には電磁投射砲や狙撃銃の主砲も使わず大型グレムリン――ギガースを討伐出来るほどまで成長した彼らは、今や同世代のセルウィーで敵う者は居ないであろう。


 ちなみに、レイは初めてシェリーと出会った時手も足も出なかったことを引きずっていたのか、訓練の合間に定期的にシェリーに模擬戦を挑んでいた。

 駆動鎧の差もあるが、武器有りでも武器無しの徒手格闘でも、まだまだシェリーが勝ち越しているようだ。


 クレアはといえば、一月も工場で暮らしているうちに、自然に振舞えるようになっていた。

 今でも時折影が差すように感じるが、ファルケを撃った時ほどではない。仲間を撃つという行為で、よほど高いストレスを感じたのだろう。

 そんな彼女が選んだ訓練プログラムは、戦闘ではなく情報管制。

 レイの狙撃銃を受け継ぎ、遠距離の安全な場所から全体を俯瞰し、仲間に適切な情報を適切なタイミングで送る訓練であった。司曰く、まだまだ先は長いらしい。


 そして、工場で重傷を負ったファルケは、あれから1年経つ今も目を覚まさない。

 工場設備を掌握した司が治療を施したが、脳と肉体が繋がっていない、植物状態だと診断された。

 戦場で生き残ったファルケの仲間も、はじめは離れて生活していたが、司による訓練によりみるみるうちに成長していくレイ達に触発されたか自主的に訓練に参加するようになり、共に戦っているうちに、最初ほどの険悪な雰囲気にはならなくなっていた。


 ようやく帰還するその日。司の訓練により1年前とは比べ物にならないほど強くなったセルウィーらは、都市へ帰還するため遺跡を走っていた。

 いつ敵に襲われるかも分からない200キロ以上の行軍だが、彼らの表情に恐怖というものはなかった。

 何せ、死んだ方がマシと毎晩泣きつかれるほどの訓練を1年間も続けていたのだ。野良デーモンなど、今の彼らの敵ではない。


 都市に帰還した彼らは、自らの戦死報告を取り下げ、徴兵任期満了の証として報酬を受け取った。

 遠征における正規実績を残せなかった彼らに渡されたのは雀の涙ほどの少額でそれに涙する者も居たが、生き残った彼らは1年の休息期間でシーカーとしての活動を開始する。


 彼らは1年足らずで都市に住むセルウィーが知る人ぞ知るシーカーに育ち、正規軍による調査部隊にも匹敵する成果を上げ続けた。

 1年後、数人は徴兵の免除申請をしてシーカーを続け、残りは徴兵されて戦場に戻った。


 徴兵された中には、シェリーの姿もあった。

 火薬を使わない特殊な銃を片手に、空を舞うように戦う少女。


 そこに感情があるかも分からず無機的に戦う少女を、人々は敬意と畏怖を込めこう呼んだ。


 ――『機械マキナ』、と。

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グレムリン 衣太 @knm

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