第27話

『聞こえたかもだけど、上から銃声』


 司が通信を飛ばすとほぼ同時に、シェリーとファルケはばっと天井を仰ぎ見る。


「戦闘音?」

『うん。音からしてレイ君のブレードかな』

「……そう、なら良いわ。アタシ達はこのまま下を探しましょう」


 上で何が起きているのか気になるシェリーだったが、ファルケが気にしないようなので自分も気にしないようにしておいた。

 二人は階段を見つけると、予定通りに地下の探索を開始する。

 とりあえず一番下まで降りてから上がった方が効率が良さそうというシェリーの意見もあり、地下百メートル以上続く階段を降り、歩いていた。

 どこも1階と同じように長い廊下が続いているが、明らかに地下の方が狭い。どこまで続いているか分からなかった1階と異なり、廊下の行き止まりが視界に入っていたからだ。


「分かれ道無し。――ついでに扉も無し」

「何ここ、ただの通路?」

「通路なら扉くらいあるはずだけど、ツカサさんは何か分かる?」

『あー……ごめんちょっと調べものしてた。何だっけ?』

「ここ、突き当たりまで通路があるけど、見ての通り扉も何もないのよね。何か分かる? って聞いたのだけど」

『ん? あぁ、そうか二人には見えてないのか。シェリー、ちょっと右の壁に向かって歩いて。あぁ、そこそこ。そのあたりで壁を押し込んでみて』

「押し込むって……こう?」


 シェリーが壁に体重を掛けると、一瞬壁がたわむように動き、静かに扉が開かれた。扉が壁にカモフラージュされていたのだ。


『1階の時からこんな感じで、所々壁と扉が視覚的に同化してたよ。ごめんごめん、二人には見えてないって発想がなかった』

「……そうだったの」


 司の態度に慣れていないファルケは若干不服そうな表情をしたが、シェリーが全く気にしていなさそうなので自分も気にしないことにした。きっと、普段からこんな調子なのだろう。


「ここは……倉庫?」

「あ、銃みっけ」

「ちょっとシェリー、そんな軽率に――」


 扉が開いたが入るのに抵抗があり中にライトを向けたファルケだったが、シェリーは警戒もせず部屋の中に入っていく。

 シェリーは、司が何も言わないなら安全だと確信している。

 司慣れしていないファルケはいつグレムリンに襲われるか警戒しながら歩いているが、シェリーは違う。

 シェリーは司を信用していないが、信頼はしている。危険なら必ず教えてくれるのだと、信じていた。


「ファルケも、大丈夫だよたぶん」

「たぶんって……」


 渋々部屋に入ってきたファルケは、突撃銃の観測装置を操作しライトで照らしながら倉庫内を歩く。

 シェリーは傍から見ると、警戒もせず能天気に備品漁りをしているようであるが、明かり一つない倉庫内でライトや観測装置も使わず備品を漁れるというのは、冷静に考えるとおかしい。だが今のファルケも、そこに気付けるほど冷静ではなかった。


「食料はないわね。けど、どうして人間用の銃器ばっかなのかしら?」

「どうしてって?」

「持っていって下さいって、言ってるように見えない?」

「んー……」


 シェリーは首を傾げると、近くにあった拳銃を手に取る。

 ――そして、何の躊躇いもなく床に向け引き金を引いた。火薬の燃焼によって、倉庫内がほんの一瞬だけ明るくなる。

 射出された小口径の弾丸は床材にめり込み、静かな地下に銃声を響かせた。


「ちょっとシェリー!? 何してるのいきなり!?」

「えー、けど大丈夫みたいだよ。ほら何も来ない」

「そうだけど、それは結果論であって――」


 シェリーはグリップをいろんな角度から見ると、興味をなくしたのかぽいと放り投げた。シェリーの手には余る大きさだったからだろう。


「とりあえず、使えないことはないみたいだね」

「……でも待って、コピーモデルの可能性もあるけど、これ都市で作られてるのと同じ銃よ」

「そうなの?」


 シェリーは再び近くに置かれていた銃を手にする。

 今度は撃たないでよとファルケが睨みつける。ファルケのライト以外に光源がない以上、シェリーはそれを見えているはずもないのだが、今度はいきなり引き金を引くことはなかった。

 シェリーの目には、猫の暗視能力のようにファルケの姿がはっきりと映っていた。シェリーは暗闇にも適応したのだ。


『うん、共通点がいくつもある。見たことはないけど、同じメーカーの銃だね』

「じゃあ、これは鹵獲品ってこと?」

『それはどうだろ。シェリーがさっき撃った拳銃と同じものを、入口近くの棚でも左上の棚でも見た。物凄い流行ってるならともかく、そうじゃないならコピーモデルの可能性が高い』

「……あ、ほんとだ」


 司に言われたなどというアバウトな指定だが、シェリーは振り向いて1秒程度でその銃を見つけた。

 銃だけでなく数百の備品が並ぶ中で、こうも一瞬で見つけられるのは異常だ。何せ、拳銃だけで周囲に数十と置かれているのだ。手元も見えない暗闇で、ピンポイントに対象を見分けられるその能力は、やはり常人では考えられない。


『他のものも同じだね。配置に規則性がある――大体100人分くらいの物資かな』

「ツカサさん、見えるなら食料があるかは分かる?」

『んー、人が食べられそうなものはないかな』


 ファルケは露骨にがっかりした様子で「そう」と呟いた。

 シェリーは手に馴染む拳銃がないか色々と触れているが、どれもシェリーの小さな手には余る大きさだった。シェリーは同年代の子供と比べても小柄なのだ。

 ファルケの使っているような巨大な回転式拳銃などは、両手でないと握れない。初めから両手で握る想定の軽機関銃であったり、12歳の子供向けにグリップが小さく作られていた支給品とは違う。

 ここにあるのは、どれも大人が持つことを想定されていたものだった。その理由に司はとっくに思い当っていたが、しかし気付いていないようなので二人には伝えなかった。


『お二人さん、誰か降りてきてるよ』

「「……誰かって?」」

『訂正する。がこの階に近づいてる』


 二人はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 置いてある銃ではなく自分が命を預けるに足る愛銃を手に、ファルケはライトを消して壁際に、シェリーはその場で伏せ銃口を部屋の入口に向けた。


「……っ!」


 部屋に入ってきたを見て、ファルケが息をのむ。

 ――は、全身から血を流す、子供の姿であった。

 恐らく男の子で、年は12歳前後。恐らくというのは、一目で重症だと分かるほど損傷していたからだ。頭部は欠け、腕は千切れかけてぶら下がっている。

 それはゆっくり、ゆっくりと棚に近づくと、ファルケやシェリーのことなど視界にも入れず、そこにある銃を手に取った。


 シェリーが静かに引き金に指をかけた。不審な動きをした瞬間に撃とうと構えるが、それは銃を握ると同時に力尽き、びちゃりと倒れて動かなくなった。


『死んだね』


 空気の読めない司の言葉に、ファルケは露骨に嫌悪感を抱いた。

 今この瞬間、目の前で子供が死んだのだ。なのに、司の様子は先程までとは一切変わらない。――いいや、変わらないのは司だけではなかった。


「なんで手前の棚じゃなくてこんな奥から取ろうとしたんだろ?」


 立ち上がって死体に近づいたシェリーは、少年の手に収まっていた拳銃を蹴っ飛ばして言った。

 あまりの無情さにファルケが言葉を失うと、代わりに司が返事をする。


『たぶんここがこの子の棚だったんだと思うよ』

「ふぅん」


 興味なさそうに足元で横たわる少年を見たシェリーに、ファルケがようやく言葉を発した。


「ちょ、ちょっと。どういうこと? なんでそんな冷静なの?」

「だってこの子、グレムリンでしょ? ここに居る人間は全員グレムリンだって、さっきファルケも言ってたじゃない」

「……っ!」


 冷たい声で返され、ファルケは言葉を失った。まさかとは思っていなかったのだ。

 人間工場を見た時も、シェリーは冷静だった。

 それは、これがグレムリンであると司が断言し、ファルケもそう言ったから。シェリーの判断基準において、二人が同じことを言ったのなら、疑いなく従う。

 ――狂信的ともいえるその感情を、ファルケは理解出来なかった。


「戦って出来た傷っぽいよね」

『そうだね。左側頭部が削れてるのはたぶん、レイ君のブレードじゃないかな。一度も人体切ったとこ見てないから確証はないけど、似た断面に見える』

「んー……あっちはと戦ってるのかな」


 目の前で人が死んだ。なのに、上に視線を向けるシェリーの様子は先程までと変わらない。

 ファルケも、人間工場を見て、ここでは人間が生産されているのだと理解したつもりだった。

 だが、実際に動く姿を見たら、感情は揺れ、躊躇してしまった。偶然紛れ込んだ子供なのではと、もしかしたらここで育った普通の子供ではないかと疑ってしまった。


 ――その感情は、シェリーにも司にもない、ファルケにしかないものだった。

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