第26話


「これは……何だ?」

「人間……なのよね……? けど、これって……」


 レイとクレアの二人は、シェリー達とは別方向に進んでいた。そこで見つけたのは、階段だ。

 上下どちらにも向かう階段を見て、レイは迷わず上に行くことを提案した。

 クレアにはこのような製造工場の探索経験が少なく、どちらでも良いと考えたので、二人で上階へ向かった。


 そして二人が発見したのは、司が予想した通りの居住区だ。


「おいエレイン、エレイン?」

「……駄目ね、繋がらないわ」


 居住区――つまりそこには人間が住んでいる。皆、レイより若いくらいの子供達だ。

 だが、彼らは何十人も居るにも関わらず、誰一人として言葉を発しない。そして、表情もどことなく作り物のようだった。

 彼らの視界にもレイ達は入っているはずだが、まるで見えていないかのように視線を合わせない。見えているのは、自分達だけのようだ。

 透明人間扱いに困惑したクレアとは異なり、レイはこれ幸いと彼らの後をつけていく。

 そうして二人が辿り着いたのは、彼らの訓練場のような広いホールであった。


「銃に、砲――どれも、私達と似たような装備ね」

「あぁ。ただ的のあれは何だ? グレムリンなのか?」


 レイが指したのは、天井から吊るされている、顔の書かれた人型の的であった。

それは不規則に手足を振り回し、飛び跳ねる。

 それはただの人形かと思えば、子供達の放った弾丸が命中するとサイレンかのように泣き叫ぶ。そんな的が、数十、数百体吊るされているのだ。


「――気色悪い」


 性質の悪い冗談に思えたレイは、小さく舌打ちすると溜息を吐いた。――あの的はまるで、人間のようではないか。そう思っても、しかしクレアの前で口には出さない。

 だが結局、彼女はレイと同じところに思い当たったようだ。口元に手を当て、声にならない声を漏らす。


「クレア、大丈夫だ」

「で、でも待って。あの子達は――」

。エレインが言っただろ」

「でも、どう見ても人じゃない! レイは子供を見殺しにするって言うの!?」

「違う! 違うんだよクレア! あれは人間じゃない。俺には――分かるんだよ!」


 レイには、本人も理解していない特殊な能力があった。

 だが、ファルケのそれのように分かりやすい異能ではない。故に本人は、自分に特別な能力があることに気付いていなかった。


 それは、グレムリンを正確に認識する能力――対グレムリンに特化した、真贋の力である。


(思えば、シェリーもおかしかった。……いや、おかしかったのはシェリーじゃないのか?)


 レイはその能力によって、シェリーからグレムリンのような気配を感じていた。

 だが自分だけが持つその感覚を他人に説明することは出来ず、機械的に動いているように見えるシェリーがグレムリンに思えてしまっただけなのだと、心の中だけに留めていたのだ。

 だが、ここまで来て確信する。違和感は、シェリー本人から感じていたのではないのだと。


(銃……いや、あのリュックか? 休憩の時まで一度も下ろしているのを見ていない。あそこにグレムリンが入っていたのだとしたら、俺がシェリーを認められなかったのも当然だ)


 レイは静かに狙撃銃を構える。確認したいことがあったからだ。

 ゆっくりと息を吸い、引き金を引く。――大口径の弾丸が直撃した人形は、子供達が当てた時と同じ声で泣き叫んだ。


 隣に立っていたクレアから、「ひ」と小さな悲鳴が漏れる。さっきまでこちらを透明人間扱いしていた子供たちが一斉に振り返り、こちらを見たからだ。


「クレア、下がってろ」

「ま、まって」


 レイは立ち上がると、柄しかないブレードに、予備のエネルギーパックからマナを通す。マナによって光の刃が形作られ、それをレイは大きく振るった。


 空気が、焼ける音がする。刃先に触れた壁や塵が、溶ける臭いがする。


「ああああああああああ!!!!」


 こちらに銃口を向ける子供達に向かって、レイは飛んだ。グレムリンの弾丸を切って落とせるほどの機動性を持つレイにとって、訓練中の子供の放つ弾丸など、豆鉄砲のようであった。

 弾をブレードで切り落とす必要もなく、銃口から着弾位置の予測をし移動を止めず、あっという間に子供達の前まで躍り出る。


 ――そうして、腕を振るった。万物等しく焼き切るブレードは、手ごたえすら感じさせず目の前の対象を小間切れにしていく。


「レイッ!!」


 声が聞こえた。レイの一番好きな人の声。


 ――けれど、手は止めない。あの人に、これ以上見せておきたくなかったから。


 血と臓物が飛び散る。それはどう見ても人間と同じものだ。だが、違う。こいつらは、グレムリンだ。何も知らない、ただの子供などではない。

 溢れる涙を抑えもせず、レイは視界に入る一切を刻んでいった。

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