第25話

「……ここが、製造工場?」

「他のところと、明らかに違うね」

 製造工場に押し入ったシェリーとファルケの二人は、外で戦う仲間と通信出来ないことに気付いていた。だが、だからといって引き返すつもりもない。

 二人が歩くのは、病棟のような長い道だ。遠征で製造工場の潜入経験がある二人は、他の製造工場と明らかに違う様子に困惑を隠せなかった。


『なんか、狭くない? グレムリン作って、どうやってこの道通るんだろうね?』


 疑問を口に出したのは司だ。そう、二人が歩くここは、明らかに狭すぎる。まるで、人間が通るために作られたかのような廊下である。


「それで? 入ったらなんとかするって豪語していたツカサさんは、これからどうすると?」

『今無線の出処調べてるから、声かけるまで適当に探索してて。んー、やっぱここの無線規格、802.11aだよなぁ。俺と同じ時代か……?』


 二人はぶつぶつと呟く司の言葉を聞き取れはしたが、意味は全く分からなかった。

 当然である。彼女達にとって無線といえばマナを用いた遠距離通信技術であり、旧世界に存在した無線規格とは全く異なる性質のものだ。


 その後も、驚くほど静かな製造工場を散策していると、多少ノイズが入りはしたが無線機が司ではない者の言葉を拾う。


『エレイン! ここに居るのか!?』

『シェリーさんも無事!? 入っていくところは見えたけど……』


 レイとクレアの声だ。どうやら、あちらも無事製造工場に入ることが出来たようである。

 シェリーとファルケは返事をする前に顔を見合わせ、「生きてた」と声を揃え、小さく笑った。


「こっちは無事。そっちは?」

『7人やられた。俺達以外は外で待機してる』

「そう、それが利口よ。アタシの仲間がどうなったかは知ってる?」

『数人倒れてるのは見たが、あの――デカい奴が全員抱えて飛んでった。なんだあの駆動鎧は。空も飛べるのか?』

「飛べるけど数秒よ。ならここに居るのは、アタシ達4人だけってことね」

『あぁ。そうなるな』


 ファルケの言うように、アンナの駆動鎧には飛翔機能がある。マナの大量放出を理由とし、一般規格の駆動鎧では研究すらされなくなった人型駆動鎧による飛翔機能だが、一部の物好き製作者クラフターがオーダーメイドで作っている。アンナの駆動鎧はそれだ。


「こっちは探索中。中でグレムリンに遭遇してないわ。まるで人が通るために作られたみたいなとこを歩いてる」

『こちらも同じよ、ファルケさん。同士討ちを避けるために位置情報を貰いたいのだけど、可能かしら?』

「無理ね。今みたいな短波通信なら飛ぶけど、言葉以上の情報を載せることは出来ないみたい。マナ通信を妨害してる何かがあるのかもしれないわね」

『……そう。なら、お互い気を付けましょう』

「えぇ」


 通信はそこで切れる。ここが敵地であるのは変わらないから、通信で居場所を察知されるのは避けたいからだ。

 まぁ、かたや壁を光の弾丸でぶち抜き、かたや壁を剣で切り刻んで侵入した彼らは、グレムリン側に探す気があればとっくに見つかっているはずなのだが。


「ファルケ、また分かれ道。どっち行く?」

「んー……真っ直ぐここに向かって来てたとしたら、右に行くとレイ達が居そうなのよね。だから左かな。ウィルスが見たのもこっちの方角からのはずだし」


 代り映えのない同じような作りの廊下を歩いているシェリーは、とっくに方向感覚を失っていた。だが、ファルケは違うようだ。

 彼女の空間認識能力はマナの飛び交わない環境でも有効で、それによって自身の位置を正確に知ることが出来ていた。


『ストップ』


 探索を続けていた二人だったが、突然何もない廊下で司から声がかかる。


「どうしたの?」

『シェリー、右の壁触って。何か感触違う?』

「んー…………確かにちょっと軽い気がする」

『やっぱりか。銃使わずに壁に穴開けれたりしない?』

「使わずに……? えぇと……」


 自分の両手を見て悩んだシェリーだったが、結論を出すよりファルケの行動の方が速かった。――壁を蹴っ飛ばしたのだ。


「開いたわ」


 そこには、人間が蹴ったとは思えない穴が開いていた。ファルケの駆動鎧はレイのものとは全く別のコンセプトで作られており、とにかく力が強いのだ。上段蹴りで壁を砕くほどに。


『……ありがとう。警報は――やっぱり作動しないな。ってことは、侵入者と思われてもないってことかな』

「どういうこと?」

『その穴から下、見てみて。落ちないようにね』


 、その言葉の意味を、シェリーは分からなかった。

 代わりに自分で開けた穴に顔を突っ込んだファルケが、「うわっ……」と呟く。


「……どういうこと?」


 顔を戻したファルケが、シェリーを――背負われている司を睨んで問う。


『そこで、作ってるんだろうね』


 何をだろうと首を傾げたシェリーも、穴から下を覗いた。そして、「えぇ……」と声を漏らす。



 そこにあるのは、正しく製造工場であった。

 ――、だが。


(予想はしてたけど、思ったより発展してるな。俺が起きる百年以上前から稼働してる)


 穴から下を眺める二人を脇目に、司は思案していた。

 ここが製造工場であることは分かっていても、何を作っているかは中に入るまで分からなかったのだ。

 恐らく、最初はグレムリンを作っていたのだろう。だが、どこかで管理者が方向性を変えた。

 ――グレムリンでなく、人間を作ってみたらどうか、と。


 どういう意図でそういう結論に至り、そして実践しているのかは分からない。だが、現にそれは存在している。機械的に量産される臓器に血液、そして培養肉――清々しいまでに工業的に、ここでは人間が生産されている。


(見たところ、同時に作られてる臓器には特定のパターンがある。デザイナーズベイビーを作るんじゃなくて、たぶん鹵獲した人間のコピーを作ってるんだな。となると――)


「ツカサ、この人達は、人間? それともグレムリン?」

『さぁ? 脳も血も腸(はらわた)も肉も髪も、構成物質は全て君たち人間と同じものだ。けどそれが人間であるかどうかを決めるのは、俺じゃない』

「…………そう、だよね」


 シェリーはそう呟くと、穴から離れて床に座った。ファルケは目を逸らさず、小さく呟いた。


「ケーブルは不規則に見えるけど、よく見ると繋がってる。ならあれを破壊すれば――」


 マナを使われていないこの工場において、ファルケのマナ目視能力は機能しない。だが並外れた空間認識能力は、電力という旧来の概念エネルギーを認識していないにも関わらず、正確な電気の流れを彼女に教えていた。


「ファルケが壊したいなら、私は別に良いよ」


 製造工場の破壊工作は慣れている。故に、シェリーはファルケの背中にその言葉を送った。


「……うぅん、しないわ。で、ツカサさん。一つ確認したいことがあるけれど、構わない?」

『どうぞどうぞ』

「ここで作られてるのが人間なら、彼らが生きるための食料だって作ってるのよね?」

『だろうね。ここは区画的には中層だから、たぶんもっと下で作ってるんじゃないかな。上は――居住区かな、なんとなくだけど』


 、そうは言ったが、司は上層に人間の形をした何かが住んでいることに、入ってすぐに気付いていた。二人に言わなかっただけだ。

 司が観測している足音、心音、呼吸音、それら全てが、人間のものと等しい。だがそれが真に人間であるかどうかは別の話だ。


(まぁ、どっちでも良いか。むしろ俺的にはここを乗っ取れた方が都合がいいから、壊されると困るんだけど……、流石に言えないわな)


 新宿にある司の本体、『NSTI-8900モデル』には、有機物を組み換え生命を自由に作り出すためのプログラムが存在する。人類が完全に滅んだ状態で、一から生命を創造することまで想定されていたからだ。

 ここに居る管理者のように鹵獲した人間を使うことなく、アダムとイブのように生殖可能な男女を生成し、それらを使ってもう一度世界を作ることまで計算の内であった。

 しかし、有機物の生成権限は、緊急用で作られた下位権限者である司には与えられていない。だが、既にある設備を乗っ取ればネスティの制限を突破出来るはずだと司は考えていた。


(ただ、そういうのは本来演算能力が高い本体の役割だ。端末でしかない俺の役割じゃないから、ここを壊したところで大きな問題があるわけでもない。むしろここは怪しまれないよう二人に従ってた方が無難か? ……ま、今更か)


「ツカサさん、下に向かう道は分かる?」

『そこから飛び降りるのが手っ取り早いと思うけど』

「……それ以外で頼めるかしら」

『了解。道なりに進んでれば良いと思うよ』


 司は道を知っているわけではない。ただ、人が通るように作られているこの製造工場なら、そう作られていると確信しているだけだ。


(人類の創造なんて、仮想体の一人格でしかない俺には荷が重い。そういうのは、神様がやってくれれば良いんだよ)


 司の思考は、きっと誰にも理解されない。

 ネスティによって掘り出された記憶領域をベースに作られた仮想人格でしかない司は本来の意味で人間でなく、この時代ではグレムリンと呼ばれる、異質な存在だからだ。

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