第23話
「あなたは、人間?」
シェリーは、同年代の子供に比べて賢い。学はなく勤勉なわけでもなく、人と話すこともあまり得意ではないが、それでも生きているのは、人より高い適応能力があるからだ。
「……シェリー、どういうこと?」
「ファルケは、自分が自分であると、グレムリンではないと証明出来る?」
「人型――ううん、人間型グレムリンのこと? でも、ただの噂じゃない」
「違うの!!」
シェリーは声を荒げた。ファルケと出会ってから、随分落ち着いていたのに、今ではレイ達と一緒に居た時より感情が粗ぶっていた。
知りたくない事実に直面したことで、最悪に適応しようとしているからだ。
「ここのグレムリンが、人間の研究を終えてるとしたら」
「……何、どういうこと? アナタが何言ってるのか、全然分からないわよ」
「都市の外で記憶が途切れたことはある? 大事な何かを忘れたことはある? ――グレムリンに、
シェリーの右手はファルケに銃口を向け、左手はそれを抑えつけるように動く。信じたい、信じられない、相反する感情がせめぎあい、シェリーの思考を乱していく。
「
震える声で、零れる涙を拭わず、シェリーはファルケをじっと見る。
そんなシェリーの様子を見て、「あぁもう」と小さく呟いたファルケは、向けられた銃口を引き寄せ、自分の胸に押し付けた。
「アナタが何を知ってるか分からない。けど、アタシを信じられなくなったら撃ちなさい。アナタには――、ううん、誰にでもその権利はある。アナタの仲間を殺したのは、救えなかったのはアタシよ。それだけは、
溜まった怒りを発散するため、空に向けて発砲していたファルケは、もうそこには居なかった。そこに居るのは、シェリーのよく知る、信頼出来るその人だ。
「無理、もう無理なの、何も信じられないの!」
「別に良いわよ、信じなくても。でも、妹を失って抜け殻になったアタシに出来るのは、妹みたいに、待つ人が居る誰かを失わないことくらいなの。今ここで死ぬことがアナタの為になるなら、構わないわ。撃ちなさい。けれど、その罪はアナタ自身のものだから。誰かの所為にだけはしないでね」
強い意志を持った目で、ファルケはシェリーを見ていた。
――それは、司には出来なかったことだ。シェリーを自分の目的のために導こうとしていた司には、これからも絶対出来ないことだ。
(負けたな、こりゃ)
二人の会話を見守っていた司は、きっと肉体があったなら倒れこみ、悔しさのあまり叫んでいたことだろう。
司は自分を信頼させることは出来ても、信用されることはないから。
真実を隠し、計画を話さず、言葉を濁して言葉で遊んで誤魔化し続ける司には、絶対出来ない自己犠牲。ファルケは、それを行える。そこに信用と信頼が乗ってしまえば、司に勝てる見込みはない。
(根本からして、シェリーは愛情を知らないだけだ。それを利用しようとしたのは俺で、こういう時、混乱に拍車を掛けることは出来ても、混乱させない道を選べない。だってシェリーは、俺のことを信用していないから。だけどファルケは、違ったか)
シェリーは司の予想した通り銃を下すと、ファルケに抱き着き、大きな声で涙を流した。
「……ごめん、ファルケ」
しばらく泣いたシェリーは、落ち着いたのかファルケから離れ、少しだけ顔を赤く染めてそう言った。
シェリーのピンマイクは司がオフにしていたから、この狼狽を誰かに聞かれてはいない。だから、知っているのはファルケだけだ。
「うぅん、話せることだけで良いから、知ってることを教えてくれる?」
シェリーは頷き、ぽつぽつと話しだした。――司のことも含めて、今度こそ包み隠さず。
*
「ふぅん、それでシェリーはアタシがグレムリンだと思ったんだ」
「だ、だって! ファルケは強すぎるから!」
「それを言えば、アタシはシェリーの方がグレムリンみたいに見えるけどなぁ」
そう言ってけらけらと笑うファルケに、先ほどまでの毒気は感じられない。
「ち、違うもん! 私にはツカサが居るから――」
「えーと、その司さん? 聞こえてるのよね?」
『聞こえてるよ』
通信を通してファルケに声を届けた司は、シェリーが明らかに困惑した目を向けていることに気付いていた。
ファルケに直接通信を送ったわけではない。この世界の無線通信規格はマナに依存しており、そこに司は介入出来ない。だが、マナによって言葉を宙で交わす、シェリーの通信回線に声を乗せることは出来るのだ。
「シェリーを生かしてくれて、ありがとう。それと、こんな純粋な子を利用しようとしたなんて、今目の前に居たら15ミリ弾をぶち込んでやりたいくらいよ」
『勘弁願いたい。ただまぁ、意図は伝わったようで助かるよ』
「えぇ。……クソみたいな気分だけどね」
ファルケは回転式拳銃でシェリーのリュック――司を小突くと、大きく溜息を吐いた。
「グレムリンが、人間を作ってる――か。それは可能性としてはどのくらい?」
『ん? いや100%でしょ。俺の権限じゃ有機物は作れなかったけど、権限持ってる管理個体が居れば人間のコピーくらい作れるよ。ウィルス君が見間違えたんじゃないんなら、間違いなく量産してる。まぁ、
「……本当に最低ね、アナタ。シェリーが信用しないのも分かるわ」
『それほどでも』
「褒めてないわ。で、そうなると――どうなるの? シェリーに何をさせたいの?」
『別に?
「本体――あぁ、シンジュクとかいう遺跡に居るんだっけ。連絡は出来ないの?」
『今はまだ無理。あぁ、別に信じてくれなくても良いよ』
ファルケ相手でもいつも通りの口調でいつも通りに話す司を見て、シェリーは溜息交じりにピンマイクをぐにぐに握る。
「ツカサ、ファルケにはちゃんとして」
『はーい。というわけでウチのご主人様が怒るので、そろそろ本題。さっきシェリーが言った通り、ここから人間が出てきたらそれは全部グレムリンだと思って殺して良い』
「どうして? 別に生きたまま研究することだって出来るでしょう?」
『
「…………そう」
ファルケはしばらく考え込む動作をしたが、結論を見つけたか「うん」と小さく呟き、通信を全体に広げた。
「皆、聞いて。――もし製造工場から人間が出てきたら、迷わず撃ちなさい」
『は? おい待てエレイン、どういうことだ?』
「ここに人間は居ない。居たとしたら、そいつはグレムリン――アタシ達の、敵よ」
そう断言するファルケに、いつもなら噛みつこうとするレイもクレアも言葉を失った。
司のこともシェリーの話も聞いていない皆には寝耳に水だ。
だが、一番現場を知っているであろうファルケの言葉を否定するには材料が足りない。故に、言葉を返せないのだ。
それからしばらく言葉を交わし、納得しないなりに状況を理解したセルウィー達は、ファルケの方針に従うことに決めた。
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