第22話

「……ファルケ、様子は?」


 シェリーがファルケに追いついたのは、製造工場が見える位置に来てからだ。

 製造工場を囲む駐車場には遮蔽物がなく、周囲には大量のグレムリンが布陣していた。いくら戦闘能力が高いファルケでも、このまま突撃したら的になるのは間違いない。


「あっちも気付いてるはずだけど、撃ってこないし近づいてこない。――面倒ね」


 そう言って舌打ちをしたファルケは、隠れているというより離れているだけである。

 人間以上の視力を持つグレムリンにとって、距離が離れているだけなのは何の障害にもならない。相手を動かすため、ただ遠視機能を使うだけで見える場所で、あえて身を晒しているのだ。


「……突っ込もうか?」

「それは最後の手段にしたいわね。今は布陣がしっかりしすぎてるから、穴を開けたところですぐ埋まる。アンナ――他の誰かでも良いけど、もう少し人数が揃ってからしか動けないわ」


 ファルケに追いつく手前で、グレムリンの襲撃が急に減ったのをシェリーは感じていた。司曰く、縄張りが違うからだそうだ。


『ファルケさん! 座標着きました!』


 アンナからの報告を受けたファルケが端末を操作し、アンナの位置を探る。そこは高所に上れば製造工場が見える位置であり、ウィルスの最期の言葉の信憑性が更に上がる。


「何かあった?」

『……いえ、血痕どころか銃すらありません。薬莢も落ちてないので、戦闘の痕跡もないかと』


 シェリーは「この人普通に話せるんだ」と口にしようとしたが、ファルケの表情を見て口を閉じる。ファルケは目を見開き、信じられない、といった表情をしていた。


「間違い、ないのよね?」

『ないです。逃げ切れたんじゃないのなら、――かと』

「……あぁ、もう! なの!?」


 ファルケは苛立ちを隠さず、壁を叩いて悪態を吐いた。


『こちらも製造工場近くまで来た! 持ってかれたってどういうことだ!?』


 レイからの通信が飛ぶ。司による観測情報を確認したシェリーは、レイ達が3グループに分かれて製造工場を包囲するよう布陣をしていることが分かった。


「このあたりのグレムリンは生身の人間を攫っていくの! アンタ達も経験あるでしょ!?」

『経験って――』

「グレムリンに治療されたアンタなら理解出来ないの!? ――あぁ、もう、最悪よ!!」


 ファルケは感情的に叫ぶと、製造工場を囲むグレムリンに突撃銃を向けた。

 シェリーが慌てて止めようとしたが、ファルケが銃口を空に向けて発砲する方が速かった。


『……まさか、同じっていうのか?』

「知らないわよ! 既に遠征部隊はこの半年で20人くらい持ってかれてる!!」

『に、20だって!? どうして最初に言わなかったんだ!?』

「言ったところでどうしろって言うの!? アタシだって皆が生きてるなんて思ってない! 生きたまま鹵獲された子がどうなるかなんて、言わなくても分かるでしょ!? 撃たれて死んだか連れていかれて死んだかの違いが、アンタにとってそんなに重要!?」


 ファルケを止める言葉を持たないシェリーは、黙って考える。

 戦場で戦うセルウィーならば、誰しも一度は考えたことがある疑問。それは、グレムリンの武器が使えないか、ということだ。

 そのためには、なるべく傷つけずグレムリンを倒し、武器を無傷で手に入れる必要がある。

 しかし、無傷の兵装を手に入れても、先程まで元気に弾丸を吐き出していたそれは、グレムリンの身体からほんの少しでも離すと全く機能しなくなる。さてどうしてだろう。


――を、グレムリンも試していたのだとしたら?


『まぁ、あるだろうね』


 司の言葉を聞いて、シェリーは少しだけ驚きながら疑問の信号を返す。


『現に俺だってそうしてた。――シェリーより前に来たノービスで、ね』

「え?」


 突然飛び込んでくる聞いたことのない話に思わず反応してしまったシェリーだったが、感情が高ぶるファルケは、シェリーの変化に気付いていないようだ。


『ノービスのこと、人間に見えないって前に言ってたでしょ。どうしてそうなのか分からなかったから、新宿に迷い込んだノービスを解体した。でも結局、輝臓がある以外は人間と変わらない構造をしてたんだ』


 その告白を聞いて、シェリーはようやく合点がいったのが「あぁ」と小さく呟く。

 司は以前から、ノービスをヒトモドキと呼称していた。それはてっきり人道的ではないノービスの所作に対して言っているのかと思っていたが、そうではない。

 機械である司は、ノービスとセルウィーを別種の生命体だと認識していた。マナの有無で分類するのではなく、犬と猫のように、根本的に違う生命だと考えていたのだ。

 シェリーはそのすれ違いにようやく気付き、これまでの司の態度を理解した。


『臓器の数は、哺乳類なら似たようなものなんだよ。犬も猿も人も、それは大して変わらない。それでも、犬と猿は別の生命だと皆が認識している。それは何故かというと、外見が違うからだ。じゃあ外見がほとんど同じでも、別種の生命は存在するか? そう、。鳥も犬も猿も、似たような外見で全く別の種ということがある。――人も同じだ』


 シェリーが反論出来なかったのは、すぐそばにファルケが居たからではない。そして、司の言葉が全く理解出来なかったわけでもない。


『シェリー、君達は機械生命体を全てグレムリンって呼ぶよね。でも、さっきシェリーが殺していた個体と俺は、どちらもグレムリンと呼ばれながらも全く別種の存在だ。つまり、観測者の認識と実体は異なることがある――それは、グレムリンこちら側から見た人間そちら側も、同じなんだよ』

「同じだけど、違う――」

『そう。それを知るには何をするか。――調べるんだよ。解体バラして並べて見比べて。それでも分からなければ、傍で話すことで違いを見つけ出す。ここのグレムリンは、きっとそれをしてるだけだよ』

「じゃあ、ここに人間が居たっていうのは?」

『もう理解できたんじゃないのかな。――ね』

「……え?」


 シェリーが明らかに誰かと話している。怒りで思考が定まらなくなっていたファルケは、突然誰かと話し、そして困惑しだしたシェリーを見ることで多少落ち着いてくる。


『シェリー、ファルケに伝えて。ここ――製造工場から人間が出てきたとしたら、それは人間じゃない。ノービスでもない。それは、君たちにとってグレムリンだと』


 シェリーは、理解したくないと言わんばかりに大きく首を横に振った。


「シェリー、どうしたの?」


 心配で顔を覗き込んできたファルケを見て、シェリーは一瞬だけビクリと震えてしまった。

 そう、そうなのだ。司の推察が事実なのだとしたら、もう一つの可能性がある。絶対に避けられない、最悪の可能性が。

 シェリーはそれに気付き、理解を拒むかのように首を振る。


「ねぇ、ファルケ」


 涙を流しながら、シェリーは手に力を込めた。ようやっと決心がついたのか、血が滲むほど唇を噛んで、前を見る。


「あなたは、人間?」


 右手の銃を眼前の対象に向け、シェリーは問うた。


 ――シェリーは、ファルケと半年以上会っていなかった。

 ならばその間に彼女の身に何が起きているのか、当然知らないのだ。

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