第21話

「イカロスが来たら、私が落とす。ある程度は固まった方が良いと思う」

「……分かったわ。何体まで行ける?」

「10体くらいまでなら」


 シェリーの覚悟を聞いたファルケは、ここに居る全部隊に通信を送る。

 目的地はD25のグレムリン製造工場。最低でも5名集まり次第、市街地を盾に前進せよ――と。


『待て! ウィルスとかいう奴を助けに行くつもりか!? それに俺達を巻き込むのか!? 俺達には関係ないだろ!』


 レイから飛んできた反論に、ファルケは壁を殴ってから答えた。


「うっさいわねぇ! アタシがいつウィルスを助けに行こうなんて言ったの!? アイツは生きてたら自分で戻ってくるわ! アタシの仲間を馬鹿にしないで!!」


 ファルケは口調を荒くして、無線通信越しに怒鳴りつける。レイは何か反論しようとしたようだが、しばらくして『クソッ』と悪態を吐くだけであった。


『ではファルケさん、目的は?』


 レイの代わりに発言をしたのは、クレアだった。

 しばらく休憩していたら落ち着いたのか、それとも仲間に何か言われたのか、姿が見えないにも関わらず、その言葉には少々怒気を感じた。


「言ったでしょ。ウィルスは製造工場に人間が居るって言ったの。――人間の居住区があるんなら、そこに向かう。それが人間でないのなら、殺して奪う。弾薬の補充も物資の補給もない私たちがここで生き残るには、拠点を見つけるしかないの。異論は?」

『……いえ、ないわ。ただ一つだけ、この場の指揮権は?』

「勝手になさい。ただ、全員集まって突撃なんかしたら、イカロスだけじゃなくて迫撃砲と榴弾の良い的よ。敵の的にならない程度に分散し、仲間の死体を盾に進む。――そういうの、?」


 何も言えなかったクレアが唇を噛んだことは、それを見ていない者でも分かった。

クレアは甘すぎる。仲間に。――セルウィーに。


 ファルケのように生き様で人を寄せるのではなく、相手のことを考え、思いやり、欲しがる言葉を返すことで求心力を高めていくのがクレアのやり方だった。

 クレアが紡ぐ言葉は、死地では何よりも嬉しい言葉かもしれない。だが、他人の言葉を欲しがらない者も居る。言葉より弾丸を放てと考える者も居る。


「アンナ班はウィルスの最後の座標を確認! 私はシェリーと二人で製造工場(プラント)を強襲する! ある程度引き付けるから、残りはそっちで考えて!」

『は、はいぃ! ウィルスさんの――えっと、銃だけは拾っておきますね!』


 せめて骨を拾えよと、いつも通りの軽快な笑い声が通信に――乗らなかった。それを言うであろうウィルスは、もうここには居ないから。

 シェリーは、整備の要らない――もとい整備出来ない電磁投射砲を片手に、黙ってファルケの後を追う。


(人間って、どういうことだろ?)


 シェリーは、動き出した途端にグレムリンに囲まれたことを認識していた。

 いや、正しくはずっと前から包囲されていることに気付いていた。司が伝えていたからだ。

 だが、グレムリンは包囲を狭めることなく、休憩している間は襲ってくることもなかった。だから気にしないようにしていたのだが、製造工場に向けて走り出した途端、進行方向を塞ぐようグレムリンが布陣していく。こちらの動きをじっと待っていたのだろう。


『シェリー、主砲は極力避けるようにね。さっき充電したけど、場合によっては干渉する』

「干渉?」

『電波干渉――これまでは気にしてなかったけど、旧世界文明が残ってるなら別だ。電磁投射砲の出力を上げるとかなり強い電磁波が飛ぶ。最悪、それによって科学文明が破壊される』

「よくわかんないけど、普通に撃つ分には問題ないの?」

『うん。出力10%くらいまでなら誤差だよ』


 シェリーは司と話すため、あえてファルケから少し遅れて走っていた。信号による口を介さない密談は戦闘中には向かないからだ。

 それに、戦闘が始まってしまえばファルケに会話を聞かれたところで「クレアから通信があった」とでも言えば誤魔化せると考えていた。


『前方で戦闘が始まった。巻き込まないようにね』

「ファルケなら、大丈夫」


 移動ルートは表示していない。にも拘わらず、シェリーは覚えたばかりのパルクールをするように壁に足をかけ、三角飛びで10m近くある建物を跳び超えた。

 建物の壁に指を突き刺すようにして身体を持ち上げ、屋上に飛び乗り、走る。地を走っていたファルケとは違って、上から攻める作戦のようだ。

 司の指示に従うなら、壁を貫通するような威力の射撃は出来ない。建物と瓦礫が密集しているエリアで休んでいたシェリーとファルケの二人は、目的地に行くために狭い路地を通る必要がある。だが、今のシェリーの視界は開けていた。空を駆けるように走っているからだ。


 シェリーを追って同じ高さまで飛んできたグレムリンを視界に収めた瞬間に撃ち抜いたシェリーは、足を止めずに走り続ける。

 噴射孔の慣性が残り若干浮いたままのグレムリンを足場に駆けるシェリーの姿を見る者が居たら、まさか14歳の子供とは思わないだろう。

 シェリーの動きを見たことがない者が遠目に見たら、グレムリンの同士討ちと思ったかもしれない。それほどまでに非現実的な動きなのだ。


 こちらから狙いに行かなくても、グレムリン達はシェリーに向かってくる。楽な作業だな、と考えシェリーは一切足を止めずに射撃と移動をこなすが、先を走るファルケからはどんどん離されている。

 シェリーが遅いのではない、ファルケが速すぎるのだ。

 ファルケはシェリーと違い地を走っているから、グレムリンも道を塞ぐだけで良い。にも関わらず、ファルケの移動速度は、障害物の少ない屋上を走っているシェリーよりも速かった。

 道を塞ぐグレムリンを必要最低限だけ倒し、倒したグレムリンが後続の邪魔になるよう横倒しにするといった小技も使いながら、グレムリンに追いつかれない速度で走り続けるファルケの姿を観測情報で見たシェリーは、これでこそファルケだな、と感想を覚えていた。

 やはり、お荷物を抱えていない時のファルケは信じられないほどに強い。


『そろそろD25だよ。流石にグレムリンも増えてきたね』

「まぁ、このくらいなら――」


 ネットワーク型のグレムリンはとうにシェリーの脅威度を僚機に送信していたのか、シェリーに向かって数えきれないほど無数のグレムリンが襲い掛かる。

 シェリーは司が優先度をマーキングするよりも速く銃口を動かし、的確に一体ずつ制御装置を破壊していく。

 だが、場所が良くない。ファルケのように障害物を使いながら進むならともかく、見晴らしの良い高所を移動するシェリーは、グレムリンの格好の的となっていた。


『シェリー!』


 珍しく司が大きな声を発した。――シェリーの視界の外から、人型の残骸に隠れるようにして接近した小型グレムリンが飛んできたのだ。

 シェリーが対応しようと無理な姿勢で銃を向ける寸前、グレムリンは何者かに撃ち抜かれて粉々に砕け散った。


『借りは返すぞ!』


 通信に飛んできたのは、レイの声だ。高速でシェリーに飛び掛かる小型グレムリンを、レイが地上から狙撃したのだ。

 借り――がどれのことか分からなかったシェリーでも、窮地を救われたことだけは理解し「ありがとう」と小さく返す。


「ツカサ、危なそうな時だけ教えて」

『……シェリーがそれで良いなら』


 若干不服そうに答えた司に違和感を覚えたが、そちらに思考を割く余裕はなかったので、シェリーは黙って次なるグレムリンに弾丸をぶち込んだ。

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