第19話
『たぶん、ここに居る誰も本国と連絡取れない状況なんだよね。それならファルケ達の遠征部隊もシェリー達の増援部隊も全滅してるって判断されるのが普通じゃない?』
司の疑問に対し、シェリーはピンマイクを爪先でトントンと2回叩く。口で話せないときに使う合図の一つだ。2回叩く時の意味は、否定または追加の説明を求める、である。
『通信が飛んでなくても、例えば駆動鎧とかの位置情報が国に送信されてる可能性がある?』
トンと1回、その意味は同意。
『なら動いてる限り作戦が続行されてると考えるのが妥当ってことか。この場にノービスが居ない以上もう増援を呼ぶことは出来ないから、死ぬまで戦い続けろってのが国の指示。それを撤回するには作戦を続行するか、全滅したと判断されるかのどちらか。法が正しく機能していると仮定すると、任期満了ならそのまま除隊になるはず』
シェリーは司の言葉の意図がよく掴めず、合図でなく首を傾げる。
『つまり最善は、どこかで全員の任期満了まで時間を稼ぐこと。この状況で、増援も物資の補給も無しでひたすら待ち続ける判断をするのに必要なのは何か分かる?』
悩んだ末、シェリーは否定の意図でトントンとピンマイクを2回叩いた。
『それは、遺跡の中で安全な拠点を見つけることだ』
ようやく司の主張が理解出来たシェリーは、あぁ、と黙って頷いた。
『D25にある製造工場――俺なら、たぶん乗っ取れる』
その言葉を聞いて、シェリーは理解した。司がどうしたいか、何を提案したいかをだ。
「えっと、部隊がとっくに全滅してるって判断されてる可能性は、ない?」
全員が発言を止めたタイミングで、シェリーが通信に割り込んだ。
しばらく話していなかったシェリーが口を挟んだことに一瞬だけ増援部隊の面子は緊張したが、その疑問が自分達ならば解消出来ることだと気付いたクレアが否定を返す。
『どうかしら。通信機みたいな軍部が開発してる端末には、位置情報の自動送信機能があるの。それで私達の位置を知れば、死んでないって分かるはずよ』
「それならどうして、私達に指示を送ってこないの?」
シェリーは意図的に、相手に子供と侮られるような発言をしている。
人間は、説明より否定を好む生き物である。あえて的外れなことを言うことで、相手が説明したがらないことを口に出して説明させることが出来るということを、司と出会って知った。
『そ、それは――』
「たぶん、そうね。全滅しても良いって思われてるってことじゃない?」
詞に詰まったクレアに代わって意見を述べたのは、ファルケだった。ファルケはその場に居るシェリーにしか分からないよう、小さく笑いかける。
『うーわ、この人、シェリーの意図に気付いてるな』
驚く司の声が耳元で聞こえる。うわってなんだうわって、という意図を込め、シェリーは全体通信をミュートした上でピンマイクを指先でゴリゴリする。これをされると耳元でザラザラ聞こえて気持ち悪いと以前司に言われたのを覚えていたのだ。
『褒めてるんだよ』
シェリーはトントンと2回ピンマイクを叩いた。噓でしょ、と感情を込めて。
「今は生きていても、私達は遅かれ早かれ全滅すると思われてるのよ。なら、すぐに帰るより任期満了まで居座った方が良いと思う。そうすればちゃんと帰れるでしょ?」
『……おい、そうなると俺達はどうなるんだ? お前らより長く籠城してろってことか?』
反論が出来ないクレアの代わりに、傍にいるであろうレイが疑問を通信に乗せた。
シェリーはピンマイクをミュートした状態で「んー」と呟くと、ファルケに見えるよう耳元でバッテンを作り、ファルケのマイクもミュートさせてから話しかける。
「ファルケ、生き残りの任期満了はいつ?」
「……あなた、最初からこの流れを作りたかったのね。確かにクレアと交渉するより感情で話すレイの方が楽だけど――、っと話が逸れた。私が7月編成、後から来たウィルスが10月、アンナ達が12月ね。前後5か月はズレてるわ」
「うん、ならやっぱこれで良いか」
シェリーはあえて子供らしく振る舞うことで、誰も言いたがらなかった本質を突きクレアを黙らせレイを引っ張り出した。
冷静になったクレアがレイの発言を止めない限り、交渉人はレイとなる。
シェリーによる言葉遊びによって、最初にファルケが提案したところに戻ってきたのにも関わらず、臨時指揮官であるファルケとクレアの交渉でなく、シェリーとレイの交渉へと変わっているのだ。
ファルケはその意図を理解した上で、やれやれといった仕草をした。
「ファルケは任期満了したら皆を置いて帰るなんて言ってないよね? だってファルケは帰ってもすぐ次の遠征に組み込まれるんだから」
ピンマイクのミュートを解除し、再び通信に言葉を乗せる。ファルケでなくシェリーが言うことで客観的に見たファルケの立ち位置を明らかにし、更に言葉の信憑性を高めるのだ。
「そうね。私の契約に休息期間はないから、編成された部隊の任期満了までが私の任期よ。この場合、最後に来たあなた達――1月編成組の任期満了まではここに居座る権利がある」
『……どうしてそれを先に言わなかった?』
「アタシがあの場で説明したところで、あなた達は素直に信じた? どうせ置いてくつもりなんだろうとか思わなかった?」
『…………』
「だから、追加で指示が来たり、誰も呼んでない増援でノービスが出張ってこない限りはここで待ってるのが得策だと思うんだけど、どうかな?」
シェリーの提案に対し、それ以上の良案を出すことが出来なかった増援部隊のメンバーは、しぶしぶ同意を返すのであった。
*
「にしても、よくやるわ。あなたそんなに交渉得意だった?」
「うーん、なんか性格悪い人とよく話してたから、移ったのかも」
『えー、それ誰のことー?』
シェリーはピンマイクをぎゅむぎゅむ握って司を黙らせる。
収音をピンマイクに依存している司にとって、相当不快な音――なのかもしれない。
「ともかく、あっちはあっちで話し合うってことになったから、こっちもこっちでグループ通信に混ぜて良い? さっきから個別通信送ってきてる子が居てうるさいのよ」
「えぇー……」
「はい設定終わり」
『うわぁあああん! ファルケさん残ってくれるんですかぁああああ!!』
「うっさ!」
突然甲高い叫び声が聞こえて反射的に無線通信を切ろうとしたシェリーは、両手を合わせてゴメンねのポーズをするファルケを見て、手を止めた。
『わたしなんてえ、銃と弾なくなればただのデカいだけの置物ですからぁ!!』
『いやアンナ、別に他の鎧着ても良いだろ』
『それで死んじゃったらどうするんですかぁ!? ウィルスさんが責任取って私の子供産んでくれるんですかぁ!?!?』
『おい待てどうしてそうなる!? なんて俺が産む側なんだ!?』
『うあぁあん! 断られましたぁ!! やっぱり私は孤独に死んでくんですぅううう!!』
『そりゃ断るだろ!?』
想像以上にやかましいグループ通信に混ぜられたシェリーは眉をひくひくと痙攣させながら、マイクをミュートにしたままファルケに話しかける。
「お、思ったより、皆元気だね」
精一杯丁寧な言葉で「うるさい」と告げたシェリーに対し、ファルケは笑いながら返す。
「そうだねー、まぁ、アタシ達の世代なんてこんなもんよ。『悲観なんて似合わない。笑って逝かなきゃつまらない。明日死ぬ我らは、最後まで笑って死のう』――ってね」
「それ、誰かの言葉?」
「そ。ファルケの前の持ち主のね」
「…………そっか」
ファルケが本名でないことを、シェリーは最初から知っていた。半年以上前、遠征部隊に組み込まれた際、部隊員の名前は全員開示されていたからだ。
その中にファルケなんて名前の人物は居なかった。けれど、そう呼ばれる女性が居た。
『哲学的だねー』
突然会話に混ざってきた司に対し、シェリーは出来るだけ表情を変えないようピンマイクを握って黙らせる。勘の良いファルケなら、シェリーが誰かと話していることに気付くかもしれないと考えたからだ。
「シェリー。あなた達の世代は、成すがまま、されるがまま死ぬしかなかった。けどアタシ達には、ほんの少しだけ自由があったの」
「だから、生き残ったの?」
「そうね。少なくとも、実力をつける時間があったわ。それでも、死ぬ時は死ぬけど」
「……そっか」
それは、増援部隊と行動を共にしている間、レイ達を見ても分かっていたことだ。
シェリーより少し上の世代は、明らかにシェリー達より生存率が高い。
今から5年後にシェリーの世代が何人生き残っているかと問われれば「ゼロ」と皆が答えるだろうが、ファルケの世代は違う。5年後にも生き残る道が提示されていたのだ。
「私達より上の世代なんて、もっと凄いわよ?」
「凄いって?」
「徴兵される時点で頭が回る大人だったから、戦場につくやいなや皆で協力して上官の頭ぶち抜いて、グレムリンに罪を押し付けたの。そんなことばっかやってたから、あぁこいつらを危険地帯に連れてくと反逆が怖いなって思わせて、安全な場所に回されるようにしてたわ」
「うわぁ……」
『賢いなー。そりゃ数人は死ぬだろうけど、牢屋に閉じ込めておける人数でもなければ、一族郎党殺そうとしたら反撃されてもっと面倒なことになるだけ。ならあえて安全な任地に飛ばして、自分達から遠く離れた場所に置こうとしたのか』
凄いことを考える人も居るものだと、シェリーはうんうんと頷き続ける。
シェリー達にそんなことを考える余裕はなかった。だが大人は、奴隷でも、管理される家畜でもなかった。いつでも飼い主の寝首を掻こうとする、恐ろしき猛獣へと化けたのだ。
ノービスは、大人という猛獣を檻の中に閉じ込めた上で、少しずつセルウィーを皆殺しにするための効率を上げていった。
猛獣だっていつかは年老いて死んでいく。ならばその時までに子供たちを全部殺して、彼らの未来を奪ってやろうと考えたのだろう。
「アタシの世代は、皆で反逆しようにも数が減りすぎたからそんなこと出来なかったけどね。ならもう、笑って死ぬために出来ることをしよう、って考えたんだ」
「でも、ファルケは死なないよね」
「いつかは、死ぬわよ。今回だって、あなた達が増援に来なかったらきっと、任期満了前に私含めて全滅してたわ。それに――」
「それに?」
「……籠城したって、死ぬ時は死ぬわ。あなた達が入ってきた時みたいに全速力で外に出たところで、またここに送られるだけ。それで、今度こそしっかり死ぬように調整されるの」
「…………」
「本部からの通信がないのは、帰ってくるな、今ここで死ねって言われてるからよ」
溜息と共に、ファルケは空を仰いでそう言った。言葉の割に表情がそこまで重くないのは、きっと
死ねと命令されることに慣れるのは、一体どんな気持ちなのか。それはきっと、死ねと言われ続けてなお生き続けている本人にしか分からない。
「もしアタシ達の位置情報が外に向かって進みだしたら、絶対に死ぬよう無茶な指示が飛んでくるでしょうね。あっちの皆はそれに気づいてるのかしら?」
「……気付いてないんじゃないかなぁ。クレアさん以外は」
「あの女のことは買ってるのね。どう? 使えそう?」
ファルケは、まるで道具の使い勝手を確かめるかのような軽い口調で聞いてきた。だが、シェリーは今更そんな言葉で困惑したりはしない。――慣れたのだ。
「微妙。考えることに集中しすぎて、周りが見えてない。それに、大事なことほど言い淀む」
「あー、だからさっき黙ったのか」
「うん。全滅するまで戦えって暗に言われてることに気付いても、お仲間にそれを伝えようとはしないって思ったの。案の定だね」
ファルケは嬉しそうに笑う。シェリーが思ったより使える人間に育ったことを知れたからだ。
ファルケは、他人だけでなく、自分も含めて全て道具と考えている。使える道具に使えない道具、ムカつく道具に死んで欲しい道具といった具合にだ。
シェリーは、それに薄々勘付いていた。だが、気にしていない。シェリーは自分のことを、他人の生き方や価値観を否定するほど出来た人間ではないと考えている。だから、よほど気に障らない限り揉め事を起こすことはなかった。――これまでは。
シェリーとファルケが話している間も、遠征部隊のグループ通信ではずっとしょうもない、身のない雑談が行われていた。重い空気であろう増援部隊とは、まったく違った雰囲気で。
シェリーは、増援部隊に居た時に感じた居心地の悪さをここにきて全く感じないことに、少しだけ驚いていた。そして、それに気付いていたのはシェリーだけでない。司もだ。
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