第18話
『イカロスの数は、どれだけ確認してるんだ?』
「さぁ? 最低でも1体。合計数なんて、アタシが知りたいくらいね」
ウィルスと合流したファルケは生き残りを再編成し、一定の間隔で配置し無線通信によって会話をしていた。
全員で集まって話し合いたいところではあるが、イカロスに襲撃される可能性を少しでも下げるため、あえて少人数に分かれて休憩を取っていた。
無線通信を繋げたことで、全体通信による会話にはレイ達増援部隊も混ざってくる。基本的にレイと指揮官であるクレアくらいしか発言しないが、それでもあまり面識のない人間に説明するのは億劫だとファルケは考えていた。
これまでの増援部隊は、数人残してあっという間に壊滅した。また今回もすぐに数を減らすことだろうと予想していたファルケは、増援部隊に統率者のノービスが居ないことにようやく気付く。だが、居ないということは死んだのだろうと追及はしなかった。
「そっちの指揮官は、クレアよね?」
『そうよ』
「――あなた達の行動方針は? こっちの上官は数日前に頭ぶっ飛ばして死んだから、今は本部からの指令待ちなんだけど」
『…………』
「どうして黙るの?」
彼らは、数えること四回目の増援部隊である。
何度も同じ場所に増援を送られている以上、遠征部隊がすぐに壊滅して補充を要請しているということを理解しているはず。
更に上官であるノービスが増援部隊に居ないのならば、あえてこんな死地に来る必要はないはずだ。上官が死にオペレーターからの追加指示がない場合、移動中のセルウィーは都市に帰還する権利がある。
『説明、するわ』
重い口を開いたクレアは、誰が何をしたかを意図的にぼかしてコンテナからの出来事を説明した。名を出すことで一番若いシェリーに責任を押し付けることになると考えたのだろう。
「ふぅん……アタシとしては、帰った方が利口だったと思うわよ」
『そう、
「……
クレアにしては珍しく毒のある言い回しに、増援部隊のセルウィーらは違和感を覚えた。
『4年前、イオリア地区での戦闘のことを覚えてる?』
「……覚えてるけど、それが?」
『私達、そこに増援で向かうはずだったのよ。――でも、私達が行かなかったことで大勢死んだのよね。そこの指揮はファルケさん――あなたが執っていたって聞いてるわよ』
「あぁ……そんなの気にしてないわよ。あそこに
『……っ!』
クレアが唇を噛む音が、皆に聞こえた気がした。だがファルケは、責められたがっている彼らを責めようとはしなかった。
「ファルケ、4年前って?」
「ん? さぁ、何のことだか覚えてないわ」
座り込んでシリアルバーを齧るシェリーに問われ、ファルケはあっさり白状する。
シェリーは目をぱちくりとしてから、声を出して笑う。勿論、ピンマイクはミュートして。
(心当たりが多すぎて分かんないわよ、そんなの)
ファルケは、態度に出さないよう心の中でそう考えていた。
休息期間も無しに戦い続けている彼女は、同い年であるレイと比べても圧倒的に実戦経験が豊富だ。それは、修羅場も多く潜り抜けてきたということ。
増援が来なくて自分を残して全滅した経験なんて、両手で数えきれないほどある。きっと、そのうちのどれかがクレア達の部隊だったのだろう。
ちょっと統率の取れた集団が一つ増えたところで、敵の数が万から千に減ることはない。一人の担当する分が千から百になったところで、普通は全員死んで終わる。
どれだけ高級品に身を包もうが、セルウィーよりもグレムリンの装備の方が高性能だ。ならば人間の中での装備の差というのは、実は大したことがない。装備が良いだけで強いのならば、今頃ノービスはグレムリンから人類圏を取り戻しているはずだから。
戦場で必要なのは、戦い続けた者しか持たぬ技術。命を拾い続けるという博打で、一度も取りこぼさずに勝ち続ける能力だけ。ファルケはそう考えていた。
(にしてもこの子、修羅場を潜ってきたのは間違いないだろうけど、なんか違和感あるのよね)
横目にシェリーを見ながら、ファルケは突撃銃の観測装置を調整する。
休憩時間は30分程度を予定しており、その間に今後の活動方針を決めなければならないが、現状では不確定要素が大きすぎる。
(転移門は確かに起動していた。けど、あの一回で壊れて、調査はあれで打ち切られた。この子の言っている未踏破領域が本当に存在するのだとしたら、そこは宝の山なんじゃないの?)
シェリーは、クレアに新宿での出来事を少しだけ話していた。
司との出会いを意図的にぼかして、友好的なグレムリンに銃を貰ったと説明している。ファルケもその部分に関して疑っているわけではない。どう考えても理解出来ない構造の銃でも、グレムリンの物と思えば納得できるからだ。
故にファルケが疑問視しているのは、その部分ではない。
(銃を貰った程度で、こうも強くなるはずがないのよ。今のこの子は、私が知っているシェリーじゃない。じゃあ、誰なの?)
表情には出さずそう考えているファルケは、シェリーと仲良くしていた
それは、他のセルウィーに対してもそうだ。皆を生き残らせようとどれだけ奮闘したところで、自分以外の人間は皆死んでしまう。故に一線を置いたところで付き合うようにしてきた。
それでも、同じ部隊に配属されたセルウィーのことなら覚えている。
ファルケの知るシェリーは1年目を超えただけあって
ファルケは、先程索敵せず走っていたシェリーが、ほんの一瞬進行方向から目を逸らしたかと思えばいきなり射撃したところを見てしまった。
銃口の先には一撃で首元を撃ち抜かれたグレムリンの姿があり、恐らくステルス状態でじっと動きを止めて待っていたことを察した。
グレムリンのステルスパターンは千差万別だ。背景を透過させるような擬態能力もあれば、目視では見えるが観測装置に映らないことを主としたもの、その合わせ技もあったり、本体とは別の場所に観測反応をさせるものもある。
シェリーが撃ったのはそれらの複合体、高い空間認識能力のあるファルケであっても目視なくては正確な位置が認識出来ないものだった。
――だが、シェリーは撃った。路地の先に居たグレムリンを、足を止めることもなく。
目視したはずがない。走っていたシェリーが路地の前を通った瞬間なんて、コンマ1秒もあれば良い方だ。通った瞬間に路地に目線を向けて気付いたのならともかく、彼女が目線を逸らしたのはそれより前。壁を透過でもしていないと考えられないタイミングだった。
(未踏破領域で見つけた遺物を都市で売って、新たに観測端末を買った? 観測端末を使いこなすには時間が必要だけど、シェリーにそんな時間はなかったはず。なら、銃そのものに観測能力とか射撃補正能力がある? 強いのはシェリーじゃなくて銃ってこと?)
思考がいくら進んでも、結論に辿り着けることはない。
それは、シェリーが意図的に――司の指示通りに説明をぼかし、嘘でない程度にそれらしい説明をしているからだ。
――人は、嘘を吐くと所作に出る。だが、シェリーは今回、ファルケに嘘を吐いていない。
ただ、
それならば、違和感を覚えさえる程度で、核心に至ることは出来ない。司はそこまで考えた上で、シェリーに説明をさせていた。
当然シェリーはそんな細かい駆け引きなど理解せず、自分のことを話されたくないんだろうなと司の意見を汲み取っていたのだが、司は当然、そうなるよう思考を誘導している。
(あぁもう、でもこの子が私を慕ってくれてるのは間違いなさそうだし、裏があるのは誰でも同じよね。そんな考えるだけ無駄か。今は、戦力になるかだけ分かれば充分よ)
ファルケは思考を切り替え、小さく溜息を吐いた。
「皆、そろそろ決めるわよ」
『多数決でも、しますか?』
「それをすると26人居るあなた達が絶対に有利じゃない。玉砕するまで戦うなんて言われても、アタシは断るわよ」
シェリーも間違いなく増援部隊の一員だ。だが、明らかに仲が良さそうな様子はない。少人数に分かれて休憩を取ると言った時、迷わずファルケの方に来たことからそれは明らかである。
既に徒党を組んでる集団に溶け込むのは難しいが、ファルケの知っているシェリーならばそれでも集団に混ざっていたはずだから、これは死線を経て我が強くなった、ということだろうか。
「アタシとしては、帰還指示が出るまでなんとかやり過ごしたい。幸い、任期は残り3か月程度よ。最初の部隊で生き残ってるのはアタシとシェリーの二人だけど」
『待ってください。それを認めると、あなた方だけ先に帰ることになりませんか?』
「さぁ? 本部に聞いてみれば良いんじゃない? まぁ本部と通信が繋がればだけど」
『…………』
遠征地域の中でも、ここら一体はジャミングが強く、よほど高性能の通信機器でないと数百キロ離れた本国と通信することは出来ない。
自前でマナを供給出来るノービスが使う前提の通信機なら別かもしれないが、残念ながらここにノービスは一人も居ない。
戦闘中の近距離無線通信を主としたセルウィーの通信機は、元から遠距離通信の送信機能が弱い。受信に関してはあちらが出力を上げれば済む話だが、送信に関しては端末側の問題だ。
「えっと、部隊がとっくに全滅してるって判断されてる可能性は、ないの?」
口を挟んだのは、シェリーだった。
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