第17話

「まただ……っ!」


 片手にはマナで刃が作られたブレードを、もう片手に狙撃銃を持ったまま戦場で暴れているのは、レイであった。

 レイは遠征部隊を狙うグレムリンに後ろから襲い掛かったものの、敵の数があまりに多く、遠征部隊の本隊と合流することは出来なかった。

 銃声からしてすぐ近くに本隊が居ることは間違いないだろうが、もう撤退戦になっているのか、脇道や瓦礫を使ってグレムリンを足止めしながら戦っているようだ。


 標的を変えレイを挟撃しようとしたグレムリンが、何者かの狙撃を受けて動きを止める。だが、レイ以上の射程を持つ狙撃手は部隊に居なかったはずである。


「アイツ、狙撃まで出来るのかよ!」


 移動速度と速射性、射撃精度に加え大火力を持った人間が更に狙撃能力まであるとなると、ならば何に弱いのだと苛立ち紛れにレイは叫ぶ。

 レイの振るうブレードは、前時代の遺跡から回収された、マナで刃を作る特殊なもの。マナの消費が激しく使い続けると数分で燃料切れになってしまうが、その分威力は絶大だ。


「ってぁあああ!!」


 狙撃銃から手を離し、片手持ちしていたブレードを両手で持つ。

 そうすることで一時的に射程を伸ばす機能があるブレードは、5メートルほど離れたグレムリンをまとめて3体、腰から一刀両断した。

 即座に狙撃銃を拾い、腰だめにしたままこちらに向かってくるグレムリンに通常弾頭をぶちこむ。特殊弾頭ほどでないが、大口径の狙撃銃は至近距離で使っても絶大な威力を誇る。

 銃身が長く近距離での取り回しはしづらいが、回転式拳銃より威力は高い。周囲に仲間が居ない状態であるならば、狙撃銃を振り回すことだって出来るのだ。


 ライフル弾の直撃を受け腹部に巨大な穴を開けたグレムリンを押し倒すように壁にし、他のグレムリンからの射撃を回避する。選択を誤れば一瞬にして命を落とす最悪の戦場で、レイは久方ぶりの高揚感を覚えていた。


「……クソッ!」


 しかし、その高揚感を邪魔する者が居る。――シェリーの狙撃だ。

 レイ自身、数十体のグレムリンたった一人で倒せると考えるほど慢心してはいない。狙撃による援護が有難いのも確かだ。

 だが、レイはシェリーを信用出来ず、いつ自分が撃たれてもおかしくないと考えている。そんな気持ちで戦っている以上、シェリーの狙撃によってグレムリンが倒れるたび、レイは複雑な感情が胸中に渦巻くようになっていた。


『効力射、行くわよ!』


 クレアから飛んだ通信を聞いて、戦いながらレイは空を仰ぎ見た。個人携帯火器の限界重量である巨大な砲弾が、空から落ちてくるところだった。仲間の持つ歩兵用迫撃砲による曲射だ。

 レイの右目を覆うスカウターに、クレアの送信した着弾予測地点が表示される。レイはそれを回避し、更に命中位置に居ないグレムリンを射撃によって動かす。


 ――着弾。耳を覆うイヤーカフがなければ鼓膜が破れているほどの爆音は、軽減してもなお身体の中を直接揺さぶる。


「見つけた……ッ!」


 砲撃によって開けたレイの視線に、瓦礫から身を乗り出す女の姿が映る。

 遠征部隊とは通信が繋がっていないので、あちらも今の砲撃でようやく部隊規模の増援に気付いたのだろう。

 ――砲撃の痕跡とレイを交互に見て表情を変えたのは、ファルケだった。


「何!?」


 思わぬ衝撃に両耳を抑えたままファルケは叫んだ。


『迫撃砲ですねぇ! 発射距離は大体1キロ先くらいでしょうかぁ?』

「ってことは、本当に増援来てくれたのね……っ!」


 ブレードを片手に持った男の名前は、確かレイだったか。ほぼ同期で以前は何度も同じ戦場で戦ったが、特に仲良くなった記憶はないし、揉めた記憶もない。そんな彼が増援部隊を率いていたとは意外だ。

 彼のような性格ならば、このような無謀な増援は理由を付けて断るであろうと考えていた。ファルケは、彼らが帰る選択肢を失ったということを当然知らない。


「そっちの数は!?」


 無線機の周波数を合わせていないため、ファルケはレイの元へ走って直接声を届ける。レイは一瞬だけ複雑そうな表情をしたが、残ったグレムリンをブレードで刻みながら返す。


「27人! そっちは7人だけか!?」

「えぇ! もう3人生きてるはずだけど――」


 ファルケは話しながらも回転式拳銃を構え、二人に近づこうとしていたグレムリンを一撃で黙らせた。

 残念ながら、戦場で戦いながら無線機の周波数を合わせる技能を持っているのはクレア一人だけだ。彼女が来るまでまだ数分、それまで増援は――


「イカロスまで居るのか!?」

「……っ! また来たのね!」


 耳をつんざく轟音と共に、風が舞い上がる。見上げた空に居たのは、イカロスと呼ばれる飛行型グレムリンの中でも比較的小型な個体――戦闘用ヘリコプターである。

 イカロスは二人に機銃を向け、一定の距離を保って滞空したまま射撃を開始する。

 個人携帯火器とは比べ物にならないほどの連射性と火力を兼ね備えた機銃だが、レイの超人的な直感とファルケのボールタイヤによる変則機動で、奇しくも回避に成功する。


「アンナ、またイカロスが来たわ! 落とせる!?」

『む、無理ですよぉ! 流石に装甲持ちませんって!』


 アンナの駆動鎧は人型グレムリンと対峙した時には壁として使えるが、イカロスやギガースのような高火力グレムリンと正面切って撃ち合うには心もとない。

 ファルケやレイのような機動性を持たない鈍重なアンナはどうしても固定砲台としての役割が強く、彼女の火力と防御力を失う可能性を考え、ファルケは選択する。


「私が囮になってイカロスを寄せるわ! レイ、あなたはアンナの方に向かって!」

「それは――」


 俺の役目だろう、そう返そうとしたレイは、信じられないものを見た。

 ――遥か遠くから飛んでくる、光線だ。

 光線は障害物全てを貫きながらイカロスに突き刺さり、その身体を一撃で爆散させた。


「な、何今の!?」

「アイツ……ッ! また撃ったのか!」

「アイツってことは、仲間なのね!?」


 事情を知らず困惑するファルケと、事情を知って狼狽するレイの二人を遮ったのは、器用にも遠隔で周波数を合わせたクレアの声だ。


『繋がった! あなたはファルケさんね?』

「そうよ、今のは?」

『こちらのよ。その様子だと、そこに観測出来てないグレムリンは居ないようね』


 クレアはまだ自分の端末のエラーを解除出来ていなかった。故にクレアによる観測には穴抜けがあるが、通信が繋がった二人の様子から周囲に敵は居ないのだろうと判断し、観測情報を皆に送信していた。


『落ち着いたところで合流したいけど、孤立してる3人の救出が先ね。直行出来るかしら』

「えぇ、アンナ、そちらにも届いてるわよね?」

『と、届いてますぅ! 増援! 増援ですよぉ! わぁわぁわぁ!』

「……落ち着きなさい。私達が先行するわ。レイは他の人と合流してから来なさい」

「どういうことだ? 一緒に行った方が効率良いだろ」

「固まって動くと、マナ探知でまたイカロスが来るわ。出来るだけ少人数で、マナは極力放出しないように――さっきみたいな戦い方は避けてくれると嬉しいわ」


 さっき――そう言われたレイには、心当たりがあった。

 マナで刃を作るブレードは、銃火器や駆動鎧とは比べ物にならないほど大量のマナを空気中に放出する。普段はそれで敵の射線を自分に向ける役割もあるが、それによってイカロスが来るでは帳尻が合わない。毎回シェリーに主砲を撃たせるわけにもいかないのだ。


「……あぁ、分かった」


 レイは名残惜しそうにブレードのマナ供給を止め、ベルトのアタッチメントに取り付けた。

 ファルケがレイに背を向け走り出そうとしたところで、ほとんど無音で目の前に着地した影があり、反射的に回転式拳銃を向け、――逡巡の後に下ろした。


「え」


 その時ファルケは、レイの援護があった時以上に驚いていた。


 ――それは、半年前に別れたシェリーの姿だったのだ。


「ファルケ、やっと会えた」


 直接射撃は難しいと知ると、シェリーは許可を取らずに大弾――高出力のビーム砲を放った。それはビルを複数貫通した後にイカロスに突き刺さる。

 司による観測で、危険な位置にグレムリンが居なくなったと知ったシェリーは、即座にファルケに向かって走っていた。そうして、半年以上ぶりの再会と相成ったのだ。


「……生きて、たのね」

「うん、ファルケのお陰で」

「私の?」

「そう。ファルケがあそこまで私を生かしてくれたから、戻ってくることが出来たの。次は、私がファルケを助ける番だから」


 シェリーの装備は、ファルケが以前見た時とあまり変わったようには見えない。だが、マナを視覚で認識出来るという特異な能力を持つファルケは、シェリーが持つ銃や駆動鎧から一切マナが漏れていないことに気付き、旧世界の遺物によって強化されたのだと理解した。


「その装備は、どうしたの?」

「拾った、いや貰った、かな……? 転移した先で、色々あって」

「……そう、色々ね」


 落ち着いた様子で雑談する二人に対し、声を荒げたのはレイだった。


「おい、仲間が待ってんだろ。喋ってる余裕はあるのか?」


 レイにそんなことを言われるとは思っていなかった二人は、顔を見合わせ小さく笑う。


「シェリー、また後で話しましょう」

「うん、今度こそね」


 シェリーは、走っていくファルケの背中をじっと見ていた。

 まるで親でも見るような穏やかな目を向けていることにレイは気付き、見なかったことにした。


「ウィルス、まだ生きてる?」

『お陰様でな。そっちが暴れてくれたからか、ここに居たグレムリンはほとんどそっち向かって、今は優雅なティータイムだ』


 軽口を叩く余裕もあるのだとほっとしたファルケは、ふと頭に引っかかるものを感じてきた道を振り返る。


「……変ね」

『何がだ?』

「このあたりに居たグレムリンの数よ。遅滞戦闘なら、あえて倒さないようにしてたんでしょ?」

『あぁ、下手に倒して脅威度上げられても困るからな』


 ウィルスからの返答を聞いて、やはり計算が合わないな、とファルケは記憶を辿る。


(増援部隊の砲撃で倒したのが20くらい、私とアンナ達で100くらいは稼いだはずだけど、残り50体くらいのグレムリンはどこに行ったの? レイ? でも流石に一人でそこまで倒せたとも思えないし……)


 ファルケは、常人離れした空間認識能力によって周囲に居るグレムリンを認識出来るが、直感的にしか分からないため、突撃銃に取り付けられた観測装置を併用している。

 だが、今回の戦闘を終えてみてようやく、違和感がふつふつと浮かび上がってくる。


(私が気付かないうちに、私が認識出来ない距離から狙撃されていた? 一体誰が……?)


 たとえどれだけ出力が低かろうが、ファルケは目を凝らせば微量のマナ放出を目視することも出来る。セルウィーの扱う銃火器はマナを消費しないものが大半とはいえ、先のイカロスを落としたビームのような非実体弾においてもマナを認識出来ないのは、今考えると異常だ。


(非マナ弾頭、それも遠距離から、つまり最低でも二種類の弾が撃てる銃……)


 単純に、まだファルケの認識範囲外に居るだけ、という線もある。

 だが、どうしてかファルケはそう思えなかった。そうしてファルケの思考は、異常にマナを放出しない装備をした少女に半年ぶりの再会を果たしたことと此度の事象を結び付けた。


(まさか、シェリーがやったっていうの? でもあの子は機関銃手であって狙撃手ではないはず。……いえ、さっき見たあの子の銃はどう見ても軽機関銃じゃなかったわ。二つに割れた銃口は散弾銃用の水平拡散器ダックビルハイダーにも見えたけど、それにしても銃身まで割れてるのはおかしいわ。あんなのじゃ、弾がまっすぐ前に飛ばないはず)


 可能性を一つずつ潰していく。しかしそのたびに、新たな疑問が沸いてくる。


「ウィルス、ビルを溶かす温度の熱線が出る武器を個人携帯出来ると思う?」

『何の話だ? いや、まぁそんなの持ってる奴が居たら、そいつはグレムリンなんじゃないか?』


 ファルケは言葉を失った。もしかしたら遺物かも、と頭によぎったが、それならばよりマナに依存しているはずだと思考を改める。

 一切マナに依存しない旧世界の遺物も稀に発掘されるが、大抵すぐに使えなくなる。それはこの時代に電気という概念がなく、旧世界の電気規格を基準とした電池パックに充電することは不可能だからだ。


(一発限りの使い捨て、それか制限有りの長距離砲。どちらにしても連発は出来ないはずよね)


 ファルケの思考は、間違っているが本質的には正解を見つけている。実際、シェリーの持つ電磁投射砲による最大火力の射撃――ビーム砲は、大量の電力を消費する。発電装置などない状況においては、確かに数に限りがある主砲ではあるのだ。

 しかし、その常識の外に存在するものがある。――グレムリンだ。


(グレムリンの武器は、そのほとんどがマナに依存せず、グレムリンから外すと機能しなくなる。けど、もし偶然使えるものがあったのなら――)


 それは、この世界の常識では考えられない性能を持つのではないだろうか。

 もしも、シェリーの装備がで動いているとしたら。

 ファルケの想像は、あくまで妄想であると仮定しているにも関わらず、近いところまで読めているのであった。

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