第16話

『戦闘音、近いよ』

「ファルケかな」

『さぁ? 音からしたら……なんだろ、高速徹甲弾HVAP? そんなの個人携帯出来るか?』

「……なんて?」

『ハイ・ベロシティ・アーマー・ピアッシング弾――航空機関砲とかに使われる徹甲弾だね。たぶん電磁投射砲それの5倍以上は重い銃じゃないかな? ちょっと携帯するのは難しいね』


 小さく相槌を打ち、シェリーはゴーグルに表示された観測情報を見る。距離は大体3キロ程度、近いというほどではないが、静かなら戦闘音が聞こえるような距離だ。

 先頭を走るレイの進行方向も大体同じなので、音には気付いているはず。ならあえて指示は出さなくて良いかなとシェリーが考えていると、先にレイから全体通信が飛んだ。


『合流するぞ! 遠征部隊の本体だ!』

『生存者の数は分かる!?』

『7! 敵は大体50くらいか……っ!』

『……っ! シェリーさん、レイと一緒に先陣お願い出来るかしら!?』


 クレアから飛んだ意外な指示に、シェリーは目を丸くした。声を出さなかったレイも、きっと同じような表情をしていたことだろう。

 シェリーが最後尾による殿を提案してからの二人の関係は、誰の目にも良好とは言い難い。

 レイをなるべく刺激しないようパルクールで移動し、視界に入らないようにしていたことをクレアが気付いていないとも思えないが、、最も集団戦闘に強い二人を先にぶつけるべきだと考えたのだろう。


 移動速度が落ちたことで隊列が随分圧縮されたとはいえ、増援部隊の集団は、先頭を走るレイと最後尾までで1キロ近く離れたままだ。全員が集合してから行くより、先に行ける者が戦闘に加わった方が遠征部隊の生存率が高いと判断するのも当然である。


『シェリー、どうする? 細かい指示は必要?』


 司はシェリーに問い掛けた。シェリーはしばらく「うーん」と唸っていたが、グレムリンに接近して戦うレイを誤射フレンドリーファイアした時のことを考え、「お願い」と返す。


『オッケー、じゃあ移動ルートに加えて標的の優先度をマーキングしてくね』


 司はそう言うと、移動ルートを大きく変更した。パルクールをしながらも目的地に向かっていた先程までとは違い、突然別の方向にラインが向かっているのだ。

 シェリーはそれに疑問を返すことなく、急旋回して指示通りに移動する。

脇道に逸れたシェリーのすぐ前に現れたのは、下部が崩壊し、隣のビルにもたれかかるように倒れている大きなビルであった。移動ルートは、傾いたビルの壁面を指示している。


「あそこまで?」

『うん、このへんで一番高いから、戦場がよく見えると思うよ』

「……そういうことね」


 シェリーは、てっきり真正面から突っ込むものだとばかり考えていた。

 だがどうやら司は、そのポジションをレイに譲るつもりらしい。相性の良くない二人に近接戦闘をさせるより、片方が遠距離から援護に入った方が幾分かマシという判断だ。


「位置に着いた。D26から援護する」

『26……こんな密集地でも届くの!?』

「届く」


 驚くクレアに対して、シェリーはたぶん届く、ではなく、と断言した。そして、戦場に目を向けすぐに自分の発言を後悔する。


「うぇ……」


 司が狙撃位置に選んだのは、見晴らしの良い屋上――というわけではなかった。崩壊し傾いたビルから戦場を見ようとすると、様々な障害物が視界の邪魔をする。

 伸びた鉄骨、かつてビルであった瓦礫、グレムリンの亡骸――それらの隙間を縫うようにして、僅かだけ戦場の様子が見える位置である。当然、高速で移動しているファルケの姿など見えず、何かと戦うグレムリンが時折視界に入る程度である。


『ほらほら、始まってるよ』


 司に急かされ、シェリーは溜息交じりにゴーグルの倍率を変える。

 司による観測は、障害物を透過したかのように標的を映し、姿を現す寸前に――撃った。

 その弾丸は、あっさりとグレムリンの首元に突き刺さる。

 着弾まで1秒近くの時間を有す長距離狙撃においては、相手が動体である以上行動予測をして撃たなければならない。

 シェリーはグレムリンの噴射孔の向き、移動速度から概算して、1秒後に居るであろう場所に弾丸を放ったのだ。


『一体目撃破、どんどん続くよ』

「疲れるなぁ……」


 司によるアシストは、障害物を透過したように対象の位置をゴーグルに表示する。

 だが、それは人の持つ感覚を遥かに上回る演算能力によって対象を指定しているだけであって、狙撃の照準アシストを行っているわけではない。つまり標的の行動を予測をし狙い撃つのは、単純にシェリーの狙撃技術が成す技なのだ。


(思ったより当たるなぁ)


 戦闘が続き、普段より集中しているというのも確かに要因の一つではある。だが、シェリーは自分の狙撃が想像より当たることを意外と感じていた。

 新宿に居た頃もほとんど狙撃訓練を受けていないから、才能でなく「銃が凄いんだろうな」と短絡的な思考で結論付けてしまっているが、実際のところそうではない。

 これも、彼女の特性である『適応』の成す技であった。

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