第14話


(んー、成長速度おかしいな)


 司の予定では、20体以上は残してグレムリンの集団を通過する予定だった。その後は後続に任せ放置しておくつもりだったが、実際は13体しか残っていない。

 その読み違いは、シェリーの射撃技術が司の想定以上に上がっているのが原因だ。


(新宿ではこんなに命中率高くなかった。実戦で成長するタイプだったってことかな?)


 シェリーはここに来て、無駄弾をほとんど撃っていない。司が遊び半分でパルクールをさせて尚、一発も外すことなく命中させている。

 クレアと対峙したグレムリンのブレードを撃った時のように、自分の意志で倒さないシーンはあったが、あれは無駄弾とは言い難い。クレアに緊張感を持たせるためだ。なんでもシェリーが倒してくれると思われたら困るから、あの選択は正しい。

 だが、シェリーの技術では移動しながらの射撃は命中率70%が精々と考えていたのである。


『シェリー、今表示したグレムリン、撃てる?』

「どこ?」

『右後ろの方』

「えー……」


 司は先程行っていた命中補正のラインを消してから聞いた。

 シェリーはラインが消えたことをそこまで気にしていないのか、空中で大きく飛ぶと身体を反転させ、司の指定した方向に身体を向ける。

 瞼と瞳孔の動きで倍率を変えるゴーグルによってシェリーが見つけたのは、1キロほど遠方で浮遊していた小型グレムリンだ。


(……あっさり見つけたな)


 司は口に出さず、静かに驚いていた。いくら遠視能力のあるゴーグルを装備しているからといって、裸眼で1キロ先が見えたはずもない。なんてアバウトな指定だけで、シェリーは2秒程度で目標を確認し焦点を合わせるところまで済ませた。


「……当たらないと思うけど」

『別に良いよ、シェリー狙ってるわけでもないし』


 シェリーは疑問を返すことなく、移動ルート傍のベランダの柵を踏んで飛び上がる。

 柵は着地と跳躍の衝撃によってひしゃげたが、シェリーの姿勢に一切のブレはない。空で身体を反転させると、焦点とサイトが重なるほんの一瞬で引き金を引く。

 飛翔した弾丸は、1秒もかからず小型グレムリンに突き刺さった。


「『おー』」


 二人の感嘆の声が重なった。

 こちらを認識していない距離からの狙撃であり、回避行動を取っていなかったグレムリンは、一切威力を落とさず命中した弾丸によってあっさり鉄屑と化した。


(いやいやいや、やっぱおかしいな。


 電磁投射砲の命中精度は、火薬で飛ぶ弾丸と比べるととんでもなく高い。それは火薬による燃焼ガスで飛ぶ通常の弾丸に対し、磁力で飛ぶ電磁投射砲の弾丸は初速が速いというのが一番の理由である。

 二番目の理由としては、火薬と違い反動がほとんどないため銃口のブレが少ないという点が上げられるが、それは雑に使っても当たる、というわけでもない。

 そして、ゴーグルによる遠視機能も同じだ。これは狙撃銃に取り付ける電子スコープの機能をゴーグルで代用しているだけであり、照準を合わせるのが速くなる効果は間違いなくあるが、それは速射に影響する部分であって、命中精度が高まるというものではない。

 だが、当たる。確実に言えることは、これをシェリー以外が使っても、同じ訓練を経ても、シェリーと同じように使えるとは考えられないということだ。


(狙撃の訓練なんてほとんどしてない。ゴーグルに慣れること、動きながら相手を見ることは確かに教えたけど、動きながら狙撃する訓練なんてしていない。なのに、出来る。なんでだ?)


 司の中にある人間像は、司の記憶領域――旧世界に住んでいた人間を基準ベースとしている。

そこにシェリーや他のセルウィーといった追加情報を載せているが、あくまで基準ベースは旧世界人である。故にこの世界、この時代に適応した人類種であるセルウィーを、自分の中の人間像に当てはめてしまっているのだ。

 恐らく、司を生み出す前のネスティならば、情報の更新を行って基準点の変更を行ったろう。だが、司には人間としての記憶と自意識がある。それにより、シェリーはこの時代の人間であると早計な判断をしてしまっていた。

 幾度も滅び、全てが変わった世界に適応した人間が、司の知る人類種と同じであるはずもないのに。


 ――そう、シェリーは適応しているのである。司という異常イレギュラーな存在に。

 その適応力は旧世界人とは比べ物にならないほど高い。旧世界の技術によって作り出されたものを超高速で自分の能力ものとする並外れた適応力は、まさに特異種と呼ぶのに相応しい。

 つまり、この世界において特異種と呼ばれる者は、総じて他人より高い適応能力を持っている、ということになる。


(能力が正確に計算出来ないのは問題だな。思ったより強すぎるってのも困りものか)


 強ければ強いに越したことはない。それだけは間違いないが、司にはネスティ本来の役割である人類保全という使命がある。それにシェリーを利用している以上、シェリーが自分の思惑と違う方向に進んでもらっては困るのだ。

 既にシェリーの能力は司の予測を大幅に超え、恐らく新宿に存在するグレムリン単体では相手にならないほど高くなっている。最悪の事態を想定すると、シェリーを止めるための選択肢が消耗戦しかなくなるのだけは避けなければならない。


(こんなことなら、駆動鎧を外部操作する機能くらい残しておくべきだったか……?)


 旧世界の技術で作られたシェリーの駆動鎧は、シェリーの筋肉の動きを追従するようになっている。

 力を込めればそれ以上の力を、身体を固めればそれ以上の固さを、素早く動かせばそれ以上の速さを与えるよう作られており、そこに外部操作の余地はない。

 元々あったⅢ型ファティマの外部操作はマナという埒外の存在を前提としていたため、それを嫌って機能ごと削除したのだ。今思えば早計だったなと、司は少しだけ後悔する。


(たぶん、俺がサポート全部いきなり切っても普通に動けそうなんだよなぁ……)


 現時点では司のサポートは多岐に渡る。移動ルートの指定も敵の観測も周辺の探索も全て司が行っているが、突然それがなくなった時シェリーはどうなるか。

 恐らく、適応する。それも、司の想像とは比べ物にならないほど速く、だろう。

 ならばサポートを切るわけにはいかない。司の理解出来る範囲にないと、行動を計算によって導き出せなくなる。作られたプログラムでしかない司が、何よりも恐れていることである。


(こうなったらもう、ファルケとかいう人に期待するしかないか)


 実戦を経て司の思惑以上に強くなっているシェリーは、このままでは放っておいても成長し続ける。

 ならば、シェリーが自分より強いと確信しているファルケはどうなのだろう。今でもシェリーより強いのだろうか。場合によってはを計画しないといけないなと、手の空いた司はシミュレーションを繰り返す。

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