第12話
『ねぇ、最後の大きいのはどうするの?』
『……レイ、撃てる?』
「撃てと言われたら、撃つ」
レイは、放熱機構の暴走で焼けるような高温になったボルトを掴み手動で排莢し、ポーチに手を掛けそう答える。彼はとうに覚悟は決めていた。だが、選択するのはクレアだ。
『……シェリーさん、さっきの
『なんで?』
『遠征部隊の状況から考えて、合流してからも戦力を落とす余裕は、きっとないの。シェリーさんにはそっちで活躍して貰わないと、もっと大勢死ぬことになる』
『…………そう』
小さな声でシェリーが呟くと、しばらく返答はなかった。
一秒も惜しいこの状況でとっとと決めろとレイが言わないのは、彼女と話しているのがレイでなくクレアだからだ。ここで口を挟むことで状況が好転するとはとても思えない程度には、レイには冷静さが残されていた。
『出来ないこともない。けど――』
『けど!?』
『後ろの方の数人に代わりに戦ってもらうことになる。それでも良い?』
クレアが唇を噛んで泣きそうな顔になったのが、レイには見ないでも分かった。しかし彼女が選択をする前に、会話に割り込む者達が居る。
『任せとけ!』
『そろそろ追いつけないと思ってたから、ここらで残る』
『後で俺らの討伐成績見て驚くんじゃねーぞ!』
それは、レイとこれまでずっと戦場で共に戦ってきた、友人達の声だった。
「お前らが死ぬくらいなら、俺が撃つ!!」
『やめなさい!! レイは銃を休ませればまだ戦えるの!!』
「だからって仲間を見殺しにして良い道理はないだろう!?」
『そうじゃ――、そうじゃ、ないの! レイ、いい加減大人になって!』
ガツンと、レイの芯に大きな衝撃があった。大人になれと、クレアにそう言われたのだと認識するのに、しばらく時間がかかってしまった。
「……待てよ、俺は、仲間を――」
『勝手に殺すな!』
『シェリーさんの援護がありゃ、俺らでもギガースくらい落とせること見せてやるよ!』
『いや結局援護頼りかよ!?』
いつものように陽気に話す友人達の声を聞いて、レイは慌てて観測範囲を拡大する。
最後尾の彼らとの距離は、既に2キロは離れていた。こちらに向かうギガースよりも、もっと後ろだ。
ギガースはその巨体から進行方向に制限があり小型グレムリンに比べると動きが遅いので、全速力で走れば振り切ることも出来るかもしれない。だが、背を向けて逃げれば後ろから一人ずつ撃たれていくだろう。最後まで残るのは、一体何人になるだろう。
『3秒以内に決めて』
『……シェリーさん。皆のサポートを、……お願い』
クレアの言葉に、シェリーが頷いたのが分かった。これから死ぬ者に声も掛けず、冷たいまま、彼女は最も人が死なない
「……任せた!」
通信機に向けてそれだけ叫ぶと、レイは多関節アームをウエストポーチに収納し、後ろを見ずに走り出した。クレアが移動ルートを表示したので、瓦礫の上で後方に銃を向けたシェリーを追い抜くように走っていく。
(俺は、俺は……ッ!)
置いていく友人達のことを、考えたくなかった。けれど、どうしても考えてしまう。
(これまで死んでいった奴らの名前も顔も、忘れない。あいつらのことも、絶対忘れない。俺が最後に死ぬ時まで、絶対に忘れてやるものか)
レイは自分に向け、心の中で罵倒しながら走り続けた。
*
『シェリー、次は右脚の噴射孔付け根のあたり、言うまで同じとこ狙って』
「どうして?」
司に疑問を返すが、シェリーは指示された通りに狙撃をしていた。司の指示に従わない選択肢はないのだ。
先の質問は、どういう意図か、という疑問である。
『さっきレイ君が開けた大穴見た感じ、制御装置が左右非対称になってるくさいんだよね』
「それで?」
対象との距離は一キロ以上離れている。通常弾頭であれば回避される可能性もある長距離狙撃だが、狙撃銃の倍以上の初速を誇る電磁投射砲にとっては大した距離ではない。
『今後のために、ここのグレムリンの特性知っておきたくてさ』
司の返答が想像していた答えと違っていて、シェリーは思わず笑ってしまった。
狙撃の効果は、どう見ても皆無だ。巨体特有の分厚い装甲板は通常出力の電磁投射砲を余裕で弾く。それでも司が指示を変えない以上、シェリーは弾丸を撃ち続けていた。
『あのグレムリンの最高速度は知らないけど、どうせあの巨体じゃ、瓦礫が邪魔でシェリーには追い付けないんだよね。目的が足止めだけなら、放っておいても後ろの彼らが追いついて標的が変わるから放置しても構わないし』
「どうしてさっきもそれ言わなかったの?」
『だってさっきそれ伝えたら、残るのがシェリーになったでしょ?』
シェリーは司の言葉の意味が分からなかったので、指示通りに射撃を続けながら考える。
(あぁ、そういうことか)
クレアに大弾無しで止められるか聞かれた時、「自分なら一人で足止めできる」と答えたら、間違いなくクレアはシェリーに残るよう指示したろう。従うかは別として。
だが、司はシェリー以外の者が足止めするよう提案した。
それは、司にとっての優先順位が他のセルウィーよりシェリーを上に置いているからこその提案であって、シェリーが遠征部隊との合流を目指している以上、早く合流して貰いたいと考えたからなのだ。
「分かった。そろそろ後ろの人が追いつきそう」
シェリーの電磁投射砲には、スコープが取り付けられていない。
視界拡張はゴーグルの機能によって行われるため、ゼロイン調整――銃口から飛び出してから落下し続ける銃弾を標的に命中させるための照準設定――が一切行われていない。
それでも狙撃距離で命中させられるのはシェリー自身の腕もあるが、電磁投射砲の初速が火薬の燃焼材を用いた通常弾頭とは比べ物にならないほど速く、1キロ程度の距離ならば重力による落下を計算する必要がないからだ。
ゴーグルには、利き目である右目側に拡大表示された遠方の様子が映し出され、中央はそのまま透過し周囲が見え、左目側にはマップデータと共に観測情報が半透明に表示されている。
シェリーはこの表示に慣れるまで随分とかかったが、遠近をぐちゃぐちゃに設定して走り回る鬼ごっこによって鍛えられたので、今となっては両目拡大表示でも食事が出来るほどだ。
『じゃ、そろそろ反転して。レイ君追い抜かないように、ちょっと上通ろうか』
「どうして?」
『刺激しないようにしておきたいんだよね。彼、結構苛立ってるみたいだから』
よく意味が分からなかったシェリーは首を傾げはしたが口には出さず、瓦礫から飛び上がり、傾きつつも自立しているビルの屋上に飛び移った。
「……え、通れるかな」
『大丈夫大丈夫、たぶん』
ゴーグルに黄色いラインで表示された、司の指定した移動ルート。これまでは速度を落とさないことを優先しほとんど直線的に走っていたが、今表示されているのはそれとは随分違う。
まずビルの屋上から思い切りジャンプして、30mくらい先にある電柱に着地し、そこから伝う電線の上を通り、次の電柱で飛んで、近くの瓦礫を踏み台にもう一度飛んで、倒れているビルのベランダに着地してそのまま壁を走る。旧世界の言葉で言うところのパルクールだ。
それは、徹底的にレイの視界に入らないように設定されたルートだった。
仲間が死ぬことに慣れてしまったシェリーは、レイが苛立ってる理由が分からなかった。別に足止めするだけなら死ぬ必要もないのに、くらいに思っていたが、そうとは口に出さなかった。
シェリーが言わずとも、彼らは適当に引き付けてから逃げても良いのだ。それなのに死ぬ前提で話す彼らのテンションが、シェリーには理解出来なかった。
「っとぅ!」
ビルから飛び降りたシェリーは指定された電柱の上で軽く着地し、勢いを殺さず電線に足を掛ける。細い電線はシェリーと司の重量によって一瞬にしてたわむが、千切れる前に走る。
次の電柱に辿り着く寸前に電線は切れたが、電柱に手を掛け腕力で飛び上がる。
「わー」
足を止めず走るシェリーは、案外いけるもんだな、と感想を覚えた。
どこに隠れているかも分からないグレムリンから、司による観測情報無しで逃げ回っていた新宿での鬼ごっこの方がよほどキツかったなと思い出し、それに比べたら観測も移動ルート指定もあるこの状況はなんともないなと麻痺した感覚で考えていた。洗脳教育だ。
「あはは!」
パルクールが楽しくなってきたシェリーは、一歩踏み間違えるだけで即落下死するような綱渡りをしながら、楽しそうに笑っていた。
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